第163話 迷探偵真秋の仮説

 「嘘……」


 お姉さんの様子を見るに本当に元恋人の吉川さんだったようだ。

 顔は判別がつかない程損傷が酷く、性器は元がわからないようになっている。

 一体どんな経緯でどんな方法で、どんな想いでいたらあんな事が出来るのか。


 瑞希さんの父の件がなければ、3股中のお姉さん以外のどちらかという線も考えられるが……


 性器をボロボロにしているからそっち絡みかなと想像出来るからだ。

 顔が判別つかないようにするのも、気持ちが昂ったとか、もう2度と見たくないとか、恋愛の縺れの線を逸らすためとか受け取る事も出来る。


 「お、お姉さん?やはり間違いないのですか?」


 恐る恐るお姉さんの顔を見てみる。

 するとお姉さんはガクガクと震えながら首を縦に振る。


 「ち〇こもげろとか腹上死しちゃえとか思ったりはしたけど……本当に死んじゃえば良いのにとまでは思ってない。」

 世の中には言霊というものがあるように、思った事や口にした事が現実に起こる事はあるらしい。

 それは本当にいくつもの偶然が重なったものではあるのだけれど、発した本人からすれば言霊になったと思ってしまっても仕方がない。


 「お姉さん、それは違います。実際3股に関しては外野の俺からしても【もげろ】と思いますし。未だ下半身不能な俺からすれば……」

 「ですが、これは違います。お姉さんがもげろとか思ったからってあんな事になったわけではありません。犯人の明確な目的があったからです。」

 会いたくはないけれど、犯人に会えばそれを聞くチャンスはあるかもしれない。

 会いたくはないけど。


 仮に対峙したとして、何が出来るのか。

 こんな事を平気で出来る相手と面と向かった場合、逃げる一択が最良だろう。

 自分が逃げる、一緒にいる人を逃がす。


 他の選択肢を選ぶのは良策とは言えない。

 それでも万一対峙したとしたら、最低でも一緒にいる人の安全だけは確保しなければ。

 そのために通っているプロレス道場。


 流石に刃物を筋肉で受け止める事は出来ないけど。


 「お姉さんが携帯をなくしたのは具体的にいつですか?別れる前ですか?後ですか?」

 俺は一つの仮説を立てていた。

 もしこの犯人が瑞希さん達の父親だった場合で仮説を……

 そうすると辻褄が合うんだ。

 後は検算するだけ。


 だから仮説通りであれば、発見された身元不明の遺体は連絡のつかない母親である可能性は低い。


 「9月の始めの平日だったと思う。彼とは別れる数日前だったと思うわ。」

 

 「ということは、瑞希さんと行った野球観戦の前って事だよね。」

 瑞希さんに同意を求めるために聞いてみる。

 瑞希さんは頷いた。


 「それでここからは酷な事を言うから小さい声で言います。幸い端っこの席で周囲に声は漏れないと思いますが。」

 別にこれを見越していたわけではないと思うけれど、カレンさんの席選びには感謝しかない。

 ここまでの話をする心算だったら、最初から家でしていたのにうかつだと反省せざるを得ないけど。


 「父親はいつ出所だったのですか?仮なのか本なのかは知りようもありませんが。」


 「それならば先月末、8月末だと思う。強姦未遂と暴行罪で4年6ヶ月だったから。」

 聞いた話だと未遂とは言っても充分強姦だと思われるけど。

 女性器に入れなければ強姦は成立と見做さないのだろうか。


 姦淫とは男性器を女性器に挿入する事をいいます……か。

 旧強姦罪に関して言えば、13歳以上の女子に対して暴行・脅迫を用いて初めて実行行為ありと。

 充分当てはまる気はするのだけど……


 確かに口は性器ではないけども……

 なんかやるせない。


 素人考えでは最高の20年でも良かったのではと感じてしまう。

 弁護士が巧い事導いたのだろうか。


 「随分少ない刑期だなと感じますけどそれは今言っても仕方ないですね。」


 「そうね。慰謝料、もちろん母とは離婚も成立しているし、そこに対する慰謝料も一括で支払われているから。」

 「それに、2度と近付かないと誓約書も裁判所指導の元書いてる。」


 慰謝料一括って凄いな。どこに持っていたのか……

 誓約書に関してはどうなんだろう。

 近付かないと言ったところで、現実には近付く事は可能だと思う。


 二人が〇〇メートル圏内に入ったら大音量アラームでも鳴るとかあれば違うかもしれないけど。

 流石に現代の技術と法ではそれは無理だろう。


 「私が恐怖を感じるようになったのは……真秋さんと野球観戦から帰った夜からです。」

 「最初は何か嫌な視線を感じるなというものだったのですけど、それが何か考えて思い至った時には……」

 身体を震わせながら瑞希さんが思い出したように言った。


 やっぱり……

 これで仮説が真説に近付いてきた。



 「これから仮説を言います。気分が悪くなったら言ってください。それとやっぱり大きな声では話せません。」


 「まずは出所した父親は瑞希さんを訪ねようとしています。理由はわからないので置いておいてください。」


 「しかし当時の家は既に退去している。そして近付く事を禁止されている事は近所にも恐らく知れ渡ってると想定すれば、当時の近隣に尋ねる事は出来ない。」


 「5年前と変わらない事が一つだけあります。それはお姉さんの職場です。」


 「だからきっとお姉さんの後をつけていたものと思われます。つけていればどこに住んでいるかわかりますから。」


 「どこで技術を身に着けたかは不明ですが、恐らくは吉岡さんの家には空き巣に入ったのでしょう。その時に忘れて出掛けたお姉さんの携帯を見つけて奪ったのだと思います。」


 「ただ、普通携帯というか、スマホはロックされてますよね。お姉さん、吉岡さんはロック解除のコードを知ってますか?」

 

 「……多分知ってたんじゃないかな。私が入浴中にロックを解除したのか、中を見てたっぽい形跡はあったし。」

 アプリで遊んだりはしてないし、正直ほとんど使用していないようなものだから、見られても気にしてないとの事。

 だからパスワードを変えたりとかもしていなかったという。


 「浮気チェックとかするものじゃないよね。最も私の携帯は彼以外はたまに来る学生時代の友人くらいだから面白くもなんともなかったろうけどね。」


 「吉岡さんは多分、スマホの解除のためにあんな目にあったと思います。」


 「でもそうだとしたら最近彼は殺されたという事?」

 俺は首を振った。


 「違うと思います。多分もっと前だと思います。スマホの中に瑞希さんの連絡先、電話番号や住所なんかも入っているのでは?」

 お姉さんは首を縦に振る。


 「恐らく、吉岡さんを拉致なりして情報を聞き出し、瑞希さんの住所を知った。そして近くまで来たのが野球観戦から帰ってきた日だったのではないかと俺は思ってます。」

 そして俺は続ける。瑞希さんもお姉さんも沈んでいるのは伝わってくるけど。


 「吉岡さんは医者だと聞きましたがお姉さんと同じ病院ですか?」


 「同じ病院だけど科は違うから、付き合ってる時でも院内で会わない日が数日続く事はあったよ。日勤夜勤でズレる事もあるし。」


 「そういえば欠勤してたのかも。外科の先生がシフトについて何か言ってたのを人伝に聞いたわ。」


 「多分拉致監禁中、もしくは既に亡くなってた可能性高いですね。そして野球観戦の翌日発見された遺体……」


 「これから物凄く嫌な事を言います。瑞希さんは席を離れてもらった方が良いかも知れません。」


 「いえ、大丈夫……です。多分、私も聞かないといけないと思いますので。」

 首を横に振って否定する。きっと辛い事になるのはわかるだろうに、この時の瑞希さんは気丈だった。

 

 「あれは瑞希さんに対するメッセージだったのではないかと思います。俺はもう近くに戻ってきたぞという。」


 「と、するならばあの遺体は誰かって事ですが……多分、吉岡さんが3股掛けていた他の2人の女性ではないかと思います。」


 「偶然吉岡さんと一緒にいたのか、スマホの中身を調べてなのかまではわかりませんが。」


 「一見して身元不明にしている事と、河川敷で発見という類似点があります。身元不明にすれば恐怖を与えるには充分ですから。」

 「模倣犯というよりは同一犯と考える方が自然ですから。お姉さん、二人の連絡先は知ってますか?」

 

 お姉さんは首を振る。それもそうか、職業を聞いてるだけでも凄いものだと思わなければ。

 幼稚園にしても市役所にしても、無断欠勤が何日も続けばそれなりに騒ぎになるとは思うのだけれど……




 「この過程が真説だと結論付けるには、本人に聞くか。若しくは二人のお母さんに会えばはっきりします。」

 そのためには第三の犠牲者になりえる可能性のある、お母さんと早めに連絡をつけるようにしなければならない。

 逮捕・服役させられた事を根に持っているのならばではあるけれど。


 それに本音を言えば仮説も間違いであって欲しいと思う面もある。

 あの遺体が実は良く出来た人形でしたであればと思う面もある。


 こんな話を瑞希さんの前でしてしまう事に嫌悪しないわけはない。


 もし、仮説通りであるとするならば、亡くなった人は完全にとばっちりです……とは言えない。

 その場合、瑞希さんを傷つける事になる。

 もう、俺の男性機能不能とは比べられない程の傷になる。

 いくら瑞希さんは悪くないですと言ってもきっと素直に納得はしてくれないだろう。


 でも聡い瑞希さんの事だ、もう気付いているのかもしれない。


 「だから話はかなり戻りますが、二人がお姉さんと一緒に暫く住むというのは賛成です。万一鉢合わせた時に戦えとは言えませんけど、一人の時よりは対処のしようもあります。」


 本当の事を言えば、田宮さんに事情を説明して匿って貰うという手もあるのだけれど……

 あの人は面白い事、身に降りかかる火の粉以外には介入しない気がする。

 それは俺の勝手な判断だけど。


 しかし茜も危険に遭遇する事を考えれば介入してくるかも知れない。

 本当に身の危険を感じる事があれば形振りは構ってはいられないけど。


 「それと、もしかすると既に今住んで居る場所はバレている可能性もあります。」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 後書きです。


 真実は常に一つ、迷探偵真秋!!

 対決する日は近い。


 これ、解決したら真秋と瑞希さん普通にくっつくんじゃね?

 元々想ってるわけだし、吊り橋効果的なものもあるし。

 

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