第161話 説明して貰おうかお姉さん。

 瑞希さんから発せられた言葉はまさかの一言で、今自分が組み敷いている女性は先程まで何度か話題に上がった瑞希さんのお姉さんだった。

 どういう事だろうと思い、瑞希さんと女性を交互に見てみる。


 「似て……なくなくなくなくなくSAY YEAH!」

 そんなダンスフロアーに華やかな光はないって。

 俺は兄ではあるけどANIではないって。

 野球部時代坊主ではあったけどboseじゃないって。


 「壊れた?」

 ある意味では大胆に抱き留めている事になる女性が俺を見て呟いた。

 ダンスのラストみたいなシーンに見えなくもない。

 ある意味で情熱的なやり取りではあったけど。


 「お姉ちゃん……」

 流石に姉妹で間違ったりはしないだろう。

 この女性は瑞希さんのお姉さんという事だ。


 脳がそのように認識し始めたら、なんだか二人が似て見えてきた。

 脳内補完恐るべし。脳内補完計画とでもいうのか。


 「瑞希、久しぶり。お姉ちゃん、大胆にも抱かれちゃってるわ。」

 何故かダブルピースを瑞希さんに向かって決めていた。


 「そ、そうです。真秋さんお姉ちゃんから離れてください。ではなく、お姉ちゃんを離してあげてください。」

 言い直した。前半は瑞希さん自身の感情だろうか。

 

 「それよりも瑞希、口元拭きなさいな。」

 鞄からタオルを取り出した瑞希さんは慌ててソレを拭い取った。


 

 俺はコンビニの前で二人を待っている。

 瑞希さんの上からの洪水でTシャツがエレエレ状態となってしまったために替えの物を購入してくるとの事だった。


 最近のコンビニは便利で、下着等も売っている。薬局が隣接していれば近藤さんも売っているくらいだ。

 下着が売ってるのは知っていたけど、世の中変われば便利になるものだと思った。


 「あ、ごめんなさい。流石にTシャツとかは売ってなかったわ。予備で持ってたコレ貸してあげる。だから安心して?」

 何も考えずにそれを受け取った俺は急いで着替えた。


 「うわぁ、筋肉思っていたよりついていたのね。だからこそあの時技を返せたわけか。」

 お姉さんは俺のお腹や腕を見て筋肉について語っていた。


 「野球やってましたし、最近は色々あって少し鍛えないといけないかなと思ってお笑い漫〇道場に……じゃない、プロレス道場に通ってるんです。」

 受け身と返し技メインなので、自分や守らなければならない相手のためではあるのだけどね。

 想定していた場面とは違うけれど、実際さっきは役に立ったわけだし。 


 「ス〇ームブレ〇カーは充分攻撃技だよ。寧ろそこから片エビ固めで3カウントでしょ。」

 お姉さんはあっさりと返していた。お姉さんもプロレス知っているのだろうか。


 コンビニ前で立ち話もなんだしという事で再びどこか落ち着いた所で話す事になった。

 話をするのに家にしな事には理由があった。


 あの話をした後に、突然吐き気を催した瑞希さん。

 きっと見える範囲、もしくはどのくらいかはわからないけど近くに例の父の存在を感じだのだと思ったからだ。

 今家に帰れば特定される恐れがあるため、対策も含めて周囲を落ち着いて見渡す必要が感じられた。


 少し離れたビルから、双眼鏡で見られていたとかであればどうしようもないけど……


 瑞希さんが落ち着くといえばあそこしかなく。

 そんなに離れていないので3人で向かう事にした。


 道中、瑞希さんはお姉さんの事を聞きたかっただろうけどそれは叶わなかった。


 「ねぇねぇ。貴方は瑞希の何?恋人?彼氏?身体だけの関係?旦那?って後半二つはないか。それに前半二つは同じか。」


 「ど、どれでもないですよ。」

 俺の返した言葉に瑞希さんは少し残念そうな顔をして下を向いてしまっていた。


 その様子を見たからというわけではないけど俺は言葉を続ける。


 「親友以上恋人未満で、守ってあげたい女性のです。」


 「ふぅ~ん。へぇ……それはタラシスケコマシ発言ですなぁ。守ってあげたい女性の一人という事は他にもいるって事だもんね。」


 あれだけの言葉でそこまで探れるこのお姉さん、実はやり手?

 続けた俺の言葉は救いの言葉ではなかったようだ。


 「真秋君は、恋愛かラブコメジャンルのラノベ系男子って事だね。」


 「あ、お姉ちゃんは腐ってるので真秋さんは大丈夫です。」

 何が大丈夫なのかわからないけど、瑞希さんがお姉さんの事を勝手にカミングアウトしていた。


 「ぷふっ。」

 今の笑い声?は瑞希さんのものだった。

 俺を先頭に、後ろから瑞希さんとお姉さんが付いてくる。

 俺の背中か頭に何か付いているのだろうか。


 気にはなったけれど、店の前なので他の人の迷惑になってしまうので扉を開けた。

 

 「お帰りなさいませ~スケこまキングご主人様~、今日も新たなお嫁さんを連れてくるとはなかなかヤりますにゃ~。」

 カレンさんが開口一番俺のディスってくる。

 そして一部言葉に悪意を感じる。ニュアンスで理解出来てしまうのが悲しいけど、俺は誰にも手をつけていない。

 言い回しがゲスいかもしれないけど……

 

 

 「あんなに大胆に濃厚に抱きしめたのに?ちょっとじゅんってきちゃったというのに?」

 その言葉にカレンさんの表情がニヤソと悪い笑みに変わった。


 「誤解を招く言い方しないでください。」 

 それからそこはせめて「きゅんときちゃった」でしょうが。

 なんだか茜がもう一人増えたような気がする。

 

 「ご主人様はネタが尽きませんね。私は高いにゃよ~。」


 そして席に案内される。

 どういうわけか、席まで移動する間に客の目が一度俺の背中を見つめては戻している。



 席に着いて注文を済ませると、瑞希さんは向かいの席に座るお姉さんに向かって真面目な顔をして話始めた。

 

 「説明してもらいましょうか、お姉ちゃん。」


 「この二週間余り、連絡が着かなくて心配で心配で仕方なかったのですから。」

 


 あははーとお調子者っぽい態度から一転、お姉さんは覚悟を決めたのか瑞希さんの質問に返し始めた。


 「実は……とんでもない大事件が起こっていたの。でも私はそれを大事件と認識していなかったの。」


 「二週間ちょっと前に携帯なくしちゃってね。病院支給の携帯があるから仕事上では困らなかったから、停止するとか買い替えるとか忘れちゃってて。」

 瑞希さんのお姉さんはどこかおっちょこちょいなのかな?それともズボラ?


 「じゃぁ、なんで今こっちに帰ってきたの?勤務先は東京でしょう?」


 「あぁ……それなんだけどね。先週彼氏と別れちゃった。あのマンション彼氏のだから同居していた私は行くあてがなくて。」

 最初の数日は同僚のところやビジネスホテルに泊まっていたんだけどねと続けていた。

 流石に何日もそれを続けるわけにもいかないので、実家に戻ろうかもしくはこっちにいるであろう妹の元を訪ねようかと思って、地元に戻ってきたという事だった。


 「それなら連絡入れてくれれば良いのに。」

 瑞希さんの言う事ももっともだ。事件や父の事はともかく、いきなり戻って来ても生活というものがある。

 

 「携帯なくしちゃったから電話出来なかったんだよね。実家の番号も忘れちゃったし。」

 だめだこりゃ。

 

 「まぁ、いきなり戻ってきたら驚かせられるかなと思ってだんたけど……私の方がびっくりだよ。」

 「こんな殿方とお近付きになってるなんて。」


 こんなとはどういう意味だろう。


 「冷静に考えてみれば、さっきのアレ。瑞希を庇ってたわけでしょう?自分が汚れる事もおかまいなしに。」

 大抵の彼氏は吐き終わった後に紙とか渡すくらいだよと言っていた。


 「昔見たんだけど、電車の中で泥酔していた彼女が嘔吐して、汚れた床をを拭くのに自分の着ていたTシャツを脱いで掃除していた彼氏を見た事があってね。」

 「それこそ大抵の彼氏なら、ティッシュで彼女の口を拭き取る事くらいしかしないだろうと思っていたところでの行動だったんで。」


 「吐くほど飲むなとは思いながらも、その彼氏の行動が素晴らしいと思ったし、だからこそ周囲の人も嫌がらずに彼氏の元にティッシュを袋ごと渡す乗客も多数現れたんだよ。」


 「酷い人なら、その彼氏のように掃除も何もせず次の駅で降りてしまうだろうしね。」


 「だから咄嗟に動いたというか。動いたからって何が出来たわけでもないんだけど。不安を取り除く事と考えたら抱き留める事かな?って。」


 「このタラシめっ。」

 さっきからたまにお姉さんが辛辣になる。揶揄ってるだけなのだろうけど。



 「そして姉妹丼を目指してる……と。」

 こらお姉さん。そんな事は一言も言っていない。

 そんなアバ丼だかルナ丼だかみたいなノリで言わないでくれ。

 (ルナティックドーンってゲームを20年くらい前ルナ丼と呼んでいた。)

 

 「少しトイレ行ってきます。」

 顔を洗いたかったというのが素直なところ。

 似てると思い始めてからは、もう似てないとは思えない二人の見た目。

 性格は正反対のようだけど。


 そして軽く流されていたけれど、彼氏とは先週別れたと言っていた。

 そこについて言及出来ていない。

 夫婦やカップルの別れ話については誰得という事もあり聞く事でもないけど。


 さっきのニュースでの事。

 瑞希さんは同姓同名の別人の線は薄いと言っていた。


 単純に知らないだけなのだろうか。

 携帯をなくして連絡先もわからない、そして別れていたとなれば連絡を取る事もない。


 考えても仕方がないので荒立てる必要もない。

 どこかでそんなタイミングも出てくるだろう。  

 


 トイレで当初の要件を済まし、出ようと身体を反転したところで漸く気付いた。

 店に入る前、何故瑞希さんが噴出して笑ったのか。


 俺の背中には文字が書かれていた。

 正確には、お姉さんから受け取ったTシャツの背中部分に文字が書かれていた。


 【貴腐人】と。

 ヲタ向け兼外国人のお土産的Tシャツだった。

 そんな名前のワインが存在してなかったっけ?と記憶を漁った。 

―――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 お姉さん、携帯なくしただけでした。

 アプリで遊んだりしていないので、なくても不便を感じていませんでした。


 それとお姉さんの名前、まだ出てませんがMAXコーヒーで少しだけ登場していたりします。

 真人さんが運ばれたあの病院です。

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