第154話 再会は突然に
「安心……して良いのかな。」
暦の上では既に秋。もう少しすれば半袖は不要となる季節。
それでもまだ台風は上陸するかもしれない微妙な時期。
9月から10月に差し掛かろうかというのに、俺の気分はイマイチ晴れなかった。
暑いとは言ってもベランダに出れば夜は少し冷える時もある。
気付けばコートが必要になるんだろうな。
10月は初旬と下旬でその様を一気に変える。
ベランダから階下を除くと明かりが漏れている。
今日は部屋にいる事がわかった。
瑞希さんとの連絡が付かない事を確認してから数日。
相変わらず連絡は帰ってこない。
以前はばったり会う事もあったと言うのにそれすらもなくなった。
最も職業柄ばったり会う方が奇跡的と言えなくはないのだけど。
日中ベル部屋のベルを鳴らしても出てくることはない。
しつこく鳴らすわけにも行かないので一度に2回くらいしか押してはいないけれど。
何かのサプライズ……だとすると流石にタチが悪いけれど、瑞希さんの性格を考えればそれはないだろう。
サプライズは兎も角、2週間以上返事すらしないというのはありえない。
悠子ちゃんと茜の履歴を確認したけど、俺同様返信がないのは確認している。
来歴を削除するなんて手の込んだ事をするとも思えない。
そこから導かされる結論は……全員避けられている。
しかし避けられる要因は見つからない。
俺一人ならばまだしも、他の人達にまではそれは及ばないだろう。
避ける……若しくは避けなければならない?
考えすぎか。避けなければならないとして何の理由があるのか皆目見当もつかない。
今はただ、日によって部屋の灯りを確認する事で瑞希さん自身が存在しているという事に安心を覚えるので精一杯だ。
☆ ☆ ☆
今日は久しぶりに精神科に来ていた。
月に一度か二度で良いという事は大分快復に向かっているという事かも知れない。
思えばあの発作のようなものは今では週に1度あるかどうか。
最初に気分を悪くしてからの事を考えれば改善しているといえる。
「やっぱり身近な女性との触れ合いが、状況を良い方に導いてくれてるんですかね?」
俺は先生とのやり取りで聞いてみた。
「そうだと思いますよ。周囲の人から見ればリア充爆発しろ、もげろ状況ですけどね。」
最後私怨入ってますよ先生……
「しかし……どういう間柄ならそういう状況になるんですか。」
先生にはあまり包み隠さず報告している。今のは茜との風呂場でのやりとりについてだ。
あまりなので、茜との細かい関係性については話していない。
いくらカウンセリングだからと言って、貞操帯云々を話すわけにはいかない。
「その状態でまだ反応しないという事は、ある意味荒療治も必要かも知れませんよ?」
その言葉にあまり良いイメージは湧かない。荒療治とやらが想像出来たからだ。
「それは肌を重ねろという事ですか?」
俺は少し照れながら先生に聞いてみる。
「端的に言えばそうですけどね。貴方達の関係にもよりますけど、その……接吻とか手淫とかで性を刺激するのは手段の一つだと思います。」
先生……接吻とか言い方が古いですよ。前に聞いた時、先生は年上だけどそんなに離れてなかったはずだけど。
「スーパーカブのエンジンをかける時のようなものですよ、ぐぐっとくる瞬間というか場所を、足探りならぬ手探りで見つければ変わるんじゃないかと考えます。」
その例え、わかり辛いですよ。
「その人達に遠慮する事があるなら第三者にでもしてもらうとか……例えば……私フリーですわよ?」
ヲイ。
「なんて冗談です。私がフリーなのは本当ですけど。」
多分こういう性格だから彼氏がいないのだろう。そう思う事にした。
「黄葉さん、気が晴れました?悩んでる時はなんてことないアホな事言ったりしたりするのも一つの手ですよ。」
それがさっきの冗談だとでも?確かに先生は美人だけどさ。
残念系美人先生という称号を贈りたい。
「あ、今先生の事美しいとか思った?本当の事とは言え照れますね。やっぱり私もハー……」
俺が先生の目を見つめると先生は目を逸らして、ハーに続く言葉を飲み込んだ。
「って冗談ですってば。これも気を紛らわせるためのトークですよ。」
どこまでが本気でどこまでが冗談か怪しい。
ただ、まぁ凝り固まった気分は少し軽やかになった気はする。
「ありがとうございました。」
俺は一礼して病室を出ようと扉に手をかけた。
「私、フリーですからね。」
最後の言葉は右から左へ受け流した。
病室の扉もちょうど右から左へスライドする事で開く。
それにしても他の病室と違ってカウンセリングのお部屋は薬品臭くないので、ここが病院だという事を忘れてしまう。
ちらちらと周囲を見渡すが患者さんの姿しか見えない。
たまに見かける看護師も知らない人ばかりだ。
結局、病院内で瑞希さんとすれ違う事はなかった。
職場のどの当たりかは聞いた事なかったし。
「あ、黄葉さん……」
突然声をかけられたのでその方向を見てみると、そこには見覚えのある看護師の姿があった。
「その節はどうも。」
以前最初に運ばれてきた時に応対してくれた看護師の一人だった。
瑞希さんとは同僚なはず。
「お元気そうでなによりです。それはそうと……仕事中だから多くは語れませんが、最近瑞希……月見里さんの調子が悪いの。何かに怯えているようで。」
「仕事中は集中してるから今の所問題はないけど、休憩中とか出退勤の時は別人のように周囲を気にしたり震えたりしてる時があるの。」
彼女は必死に何かを訴えているようにも見えた。
同僚を心底心配しているかのような……
「理由は聞いたんですか?」
漸く手に入る最近の瑞希さんの情報、少しでも聞けることは聞いておきたかった。
「それが何も答えてはくれないのよね。もし機会があったら力になってあげて欲しいの。公私を交えてはいけないのだけど、あの子黄葉さんには気を許してるから。」
それは多分初日に付き添いした事とか色々あるから筒抜けなんだろうなと思った。
「わかりました。その時は支えになれるように努めます。」
それではお願いしますねと言って別れた。
あまりじろじろ見るのも悪いので一瞬だけ確認したけれど、彼女の名前は河瀬凛子と記載されていた。
そして俺は会計を済ませ、病院を後にした。
☆ ☆ ☆
先程の河瀬さんの言葉が気になっていた。
何かに怯える瑞希さん、もしかしたら避けられているのではと思っていた事に繋がるのではないかと。
「ぁ……あ……ぁあぁ。た、たすけ……」
声が聞こえたので俺は振り向いた。
バンという音と共に俺の胸に何かが飛び込んでくる。
「た、すけて……ください……」
病院からの帰り道、人通りは少ないけれど……突然現れた瑞希さんが俺の胸に顔を埋めて懇願してきた。
抱き付く前に一瞬見えた瑞希さんの表情はとてもやつれていて、少し前に一緒に観戦に行った時のような艶やかさは失われていた。
――――――――――――――――――――――
後書きです。
さて、もう少しで瑞希さんの過去が明らかに。
でないとこの一連の話進まないし終わらない。
真秋、自力で思い出さないのかよとかあるかもしれないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます