第149話 毒々しい真っ赤な林檎

 「おかえりんご。」


 「ただいまん……って言わねぇよっ。」


 数分前、瑞希さんを203号室に送ると少し休みたいと言い、早々に部屋に入っていった。

 俺は見送った後、自分の部屋である303号室に戻ってきた。

 玄関を開けて出迎えてくれたのは……


 「なんで茜が出迎えてくるんだお前の家は2階床下だろう。」

 エプロンを身に纏うその姿は、見ようによっては奥さんという感じなのだけど。

 

 なぜだろう、茜の場合……裸エプロンというわけでもないのにエロスを醸し出すのは。

 高校時代の茜を知ってる者ならば、人違いでは?と思うに違いない。

 

 実際今も裸にエプロンではない。断じてない。


 「その顔は裸エプロンでなくて残念て感じ?でも色々詰め込んでみたよ。」


 詰め込めば良いって問題じゃないだろう。

 詰め込んで良いのは金と銀の缶詰だけだろう。


 エプロンのひらひらから垣間見えるスク水、でもそのスク水がもっこりしてるんだ。

 理由は第137話のマゾポイント参照で。ってその説明はなんだよ。

 理由は……田宮さんに連れて行かれて茜と会ったあの日に遡る。

 かくかくしかじかで茜に取り付けた、結果的には穴の開いている貞操帯を取り付けた事を思い出す。


 正直すっかり忘れていた。

 そんなものを身に着けた上にスク水だからラインがはっきりと出てしまっている。

 臍までくらいの丈のエプロンなので嫌でも見えてしまう三角地帯の膨らみ。


 流石にオーバーニーソを穿いて、意味の分からない絶対領域とか言い出さないだけマシではあるけれど。



 「なぁ、仮にもドマゾとはいえ女子には言い難い事なんだけど……」


 茜が不思議そうな表情て俺を見てくる。

 俺からすると、俺の家に茜がいる方が不思議なのだがそれは今は置いておく。


 「ちょっと臭う。女子的に大丈夫か?」


 貞操帯が衛生的によろしくない事は少し考えればわかる事だ。

 男用女用問わず、形状こそ様々ではあるけれど穴は開いているとはいえ排泄はするわけだし。

 しかし貞操帯があるせいで性器や排泄機関には直接手を触れる事は叶わない。

 それは即ち丁寧に洗えないという事だ。


 水を掛けたりとかは出来るが清潔に洗浄という意味では不十分だ。

 だからこそ定期的に洗浄してあげるのが主人の務めではあるのだけれど、俺はすっかり忘れていたのだ。

 茜に貞操帯をつけていた事を。


 「そういうのは女子には禁句だけど、私にはご褒美だよ。って触れられないからどうしても不衛生になってしまうんだよもん。」

 いや、だよもんって23歳児が言っても可愛くない。


 「あぁ、すっかり忘れてた。忘れてたじゃないけど悠子ちゃんは?」


 「忘れてたってひどっ。でもそこにシビ……」

 シビれて憧れたようだけれど、茜に悠子ちゃんの所在を聞いた。

 どうやら女子二人で話していたけれど、買い物に出かけたらしい。

 すぐ戻ると言っていたからもう少しで帰って来るのでは?という事だ。


 何を買いに行ったのかといえば、女子会で使うものらしい。

 茜が自分が行こうかと言ったそうだけど、悠子ちゃんは自分が行くから待っててと言って出かけてしまったという事だ。

 

 

 その後じきに帰ってきた悠子ちゃんを交えて、軽く談義をしプチ宴会をして解散となった。

 とは言っても、茜がGO HOMEしただけだけれど。

 悠子ちゃんが買ってきたのは近所の商店街にある駄菓子屋のお菓子だった。


 たまにはお菓子を貪り食べたくなるよねって話の流れかららしい。



 既に帰った茜の事を少し考えてから思った。

 茜の貞操帯は……次に無料券を使う時に外して一度洗浄しようと。

 




☆ ☆ ☆


 観戦デート?から数日が経過し、日常を何の変哲もなく過ぎたある日。


 勤務を終え、病院からの帰り道・・・…瑞希はいつもと変わらず帰路についていた。

 仕事が終わり、疲れているにも関わらず整った歩き方で歩道を進んでいた。




 「思わぬところで思わぬ人物を見かけたもんだな。」

 その男は病院を出たところから瑞希の後方を、一定距離を保って着いて来ていた。

 端的に言えばストーカー行為と称されるその行動。

 明らかに瑞希をターゲットにしている事は、第三者が絶えず見ていれば理解出来る。


 しかし残念な事に数人はすれ違ったり同一方向を歩む者はいても、その男のように数百メートル以上も一緒な者はいない。


 曲がり角も直進も者間距離も変わらず一定。

 男は何かを確認するかのようにじっと瑞希を凝視している。



 鉄道会社と同じように病院も一般会社とは勤務体系や勤務時間は異なる。

 9時始業17時終業というわけではない。

 故に瑞希が帰宅する現在時刻、真秋は働いている。


 瑞希は後方から着けている男の事に気付く事なく病院から帰路につき、スーパーで買い物をしてアパートへ向かう。

 スーパーの中でさえ一定距離を保ってついてくる男には周囲の者でさえ気付かない。

 意識の外にある。

 

 俗に言うモブというのは通行人Aのような、スポットすら当たらない存在を指す。

 何気ない存在である通行人Aを意識の中に置くという事は、それは既に通行人Aでもモブでもない。

 はっきりとした役どころを持った誰かという事になる。


 故に周囲の人達も気付かない。その辺の買い物客程度の認識の範疇を出ない男を、一人の女性の後をつけている人物だと理解する事はありえない。


 もちろん気配の消し方が巧いという事もあるのかも知れないが、漫画じゃあるまいし意識して出来る事ではない。

 そう感じる事が出来るとするならば、それはその男の技能・技術……そして執念がなせる術だろう。



 瑞希がエコバックを少し重そうに腕に下げて歩いている中、男はスーパーで購入した果物ナイフと果物を鞄に詰めていた。



 公園の脇を通り、アパートへ一直線。

 近所の子供や奥様とすれ違い挨拶を交わす瑞希。

 その笑顔はとてもさわやかなものだった。


 一方一定距離を保ち離れている男の表情は……恐ろしい程に無表情だった。



 瑞希がアパートの階段を昇ると、カンカンという靴が鉄製の階段を叩く音が響く。


 そして瑞希が部屋に入るのを確認すると男は自らが見た部屋番号とポストを照らし合わせる。

 ポストに名前が記載されていないのを確認すると、男は少し残念そうな顔をするが直ぐに足を動かす。

 瑞希の部屋の前に立つと表札を確認する……が、そこにも名前の記載はない。


 建物自体がオートロック製ではないため、防犯のため苗字の記載すらしない家庭は多い。

 瑞希も現代の防犯の流れを汲んでいるのか、表札にもポストにも名前を出してはいなかった。


 男はそれでも何かの確証を得ていたのか、もう今日は良いかと思ったのかアパートを離れた。


 そしてアパートが見える公園のベンチに腰を掛けると先程購入した果物ナイフと果物……毒々しい真っ赤な林檎を取り出した。


 林檎にナイフを入れると綺麗に桂剥きで皮を一枚で剝ぎ取った。


 「この皮のように剥いて……ぐしゅっ」

 無造作に林檎を噛み、砕き、磨り潰し、舐め、咀嚼し、舌を転がし、愛おしそうに味わいながら喉の奥に流し込んでいく。


 「あ、やべ。もう少しでイくところだった。勿体ない勿体ない。」


 「レロレロレロレロレロレロレロレロ……」

 残りの林檎をさくらんぼのように転がしている男の姿が、近所の人から数名目撃されていた。


――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 おまわりさーん、やべーやつがいまーす。



 バイトもしていない悠子ちゃんの資金源は、最近忘れ去られている両親です。

 一応口座に振り込まれております。

 お小遣いが……

 

 

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