第136話 深雪と悠子と時々茜

 「ごめんなさいお兄ちゃん。」

 メイド服で見事なジャンピング土下座を決めた実妹・深雪。

 

 「うむ。苦しゅうない、面をあげい。」

 意味はわからないけれど、ノリで応えてしまっていた。


 「お兄ちゃんの新居の住所、誰にも言わないという約束だったのに悠子ちゃんに話してしまいました。」

 その件は電話で謝って貰ってるし、今更ぶり返す事でもないのだけれど、深雪は直接言いたかったのだと思う。

 そう思うしかないとも言えるけど。


 「その事はもう良いよ。抑が枷みたいなものだし、深雪にも負担をかけちゃったようだし。」

 しゃがんで深雪の肩に手を置いて顔を上げさせる。

 目線が合う程至近距離で、久しぶりに見たけど我が妹ながら可愛いなと思ってしまう。

 メイド服も似合っている。


 

☆ ☆ ☆


 悠子ちゃんがキンキンに冷えた麦茶を3人分テーブルに置いてくれる。


 「ありがとう。」


 グラスを取ってグッと一気に半分くらい麦茶を飲み干した。


 「それで、そのためだけに来たというわけじゃないんだろう?」


 未だメイド服の深雪に向かって尋ねると、親指と人差し指を開いて顎に当ててにやりとしていた。


 「悠子ちゃんが少しは元気を取り戻せたかなぁって思って。私の所に来た時は本当にこの世の終わりみたいな表情だったから。」


 悠子ちゃんはその言葉に下を向いて視線を落としていたのを確認する。

 

 「お兄ちゃんが来るまでに色々聞いたけどね。お兄ちゃん今3股中だって?少し前までこの世の女性全て消し去りそうな勢いだったのに。」




 「そこまで荒んでねーよ。裏切ったり陰で悪口言うのが我慢ならないだけだって。」

 陰口については自分の耳に情報が入らなければ知りようもないけど。


 

 「それと3股って人聞き悪いな。」


 「わかってるよ。みんながライバルで友人になってるんでしょ。お兄ちゃんは誰も傷つけたくない、それ以前に恋愛出来る状況にないと思ってるんでしょ。」


 「まぁ……多分改善に向かってはいるけど、女性不信のようだしな。」


 俺は8月になってからの事を深雪に話した。

 小澤や月見里さんの事は悠子ちゃんから説明してあるようだったけれど。

 精神科に通って女性不信を診断された事も、自分ではわかってないけど3人の女性に好意を向けられている事も。

 この場にいない小澤や月見里さんの事はあまり多くは言えないけど。



 「誰も傷つけたくないと思ってると、全部がするりと抜けていっちゃうかもよ?」

 二兎を追う者は一兎をも得ずではないけど、気がついたら誰もいなかったという事もありえる話だとは俺も思う。

 俺がこんな状況、心境ではあるけれど好意を寄せてくれているのはある意味では奇跡ともいえる。


 しかしそれは悠子ちゃんがここにいるのに話す内容なのかは疑問だった。

  

 「茜さんじゃないけど、一番じゃなくても……違うかな。一人に絞らなくても良いんだよ、なんて思う事もあるの。」

 悠子ちゃんも中々の爆弾を投下してくるもんだ。

 俺をハーレムの中心にしたいのかなとも思える発言だった。


 「普通の感性なら、私を選んで!と思うものだろうけど。茜さんを見ていたら倖せや安らぎの形は何も一つじゃないのかもって最近思い始めたの。」




 「複数侍らせたりとか……それって喜納とやってる事があまり変わらないんじゃないかって俺は思ってるのは事実だ。」

 「今、恋愛に対して積極的になれないのは自覚しているけど、それでもいつかは結婚もしたいし子供も欲しいとも思ってる。」

 下半身が……不能が治らなければどうしようもないけど。


 「その相手が誰かなんてわからないし、悠子ちゃん達の誰かかもしれない。それはわからないけど、ここ数日は少し心の安らぎを覚えてるのも確かなんだよ。」

 「ほんの数か月前はあんなにやさぐれていたのにね。本当はもう少し一人でいる時間が欲しかったけど、誰かに横に居てもらいたいと思ってる自分も確かにいるんだよね。」


 「正直優柔不断だと思ってる。真摯に向き合わなければなって。だけど、そういうのはもう少しまって欲しい……」



 悠子ちゃんだってもう少しで学校が始まる。

 そっちの問題だってあるわけだし……それは嫌でも直に訪れる事。

 頭の中に3人が存在しているのはそれだけ大事に思っている。


 深雪も悠子ちゃんも言葉に詰まっているのか何も話さなくなってしまった。

 俺もどう繋いで良いかわからず詰まってしまう。

 だから話題を変えてしまう。


 「深雪……そっちはどうなんだ?」

 少し抽象的過ぎただろうか。

 深雪自体は最近どう?という意味と、実家は今大丈夫か?という意味と、安堂家は今どうか?という意味と……


 「私は自分では変わった所はないと思ってるよ。夏休みの宿題も終わってるし。コ〇ケも行ったし。」

 「両親も特に変わらないよ。元気っていえば良いのかな、病気とかはしてないよ。」

 「悠子ちゃんちは……少し寂しそうだけどね。悠子ちゃんまで出ていっちゃったから。」

 怒涛のように深雪は自分と実家について語ってくれた。

 やはり安堂家は危うい状況にあるようだった。


 それはおじさん達が選んだ選択だから俺からどうこう言う事じゃないけどね。

 本音としては、悠子ちゃんをないがしろにするようにはして欲しくなかった。


 「お父さんは残業増やしてでも働いて稼ごうとしていたし、お母さんはお姉ちゃんの子供の面倒で忙しいし……本当の子供なのに私の居場所があそこにはもうなかった。」

 「身体は其処にいるんだけど意識は其処にいないというか。同じ家の中なのに別空間に存在しているというか。」

 「あの場に居続けたら多分気が狂って取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。」

 悠子ちゃんが悲痛そうに当時を思い浮かべながら語ってくれる。

 悠子ちゃんの肩を抱いた後、落ち着かせてあげようとそっと頭を撫でる。


 「そういうとこだよお兄ちゃん。天然ジゴロめ。」

 ぼそっと深雪が呟いていた。


☆ ☆ ☆


 その日、深雪はアパートに泊まっていった。

 小澤と月見里さんが泊まった時のように、悠子ちゃんの部屋に布団を敷いて悠子ちゃんと深雪は仲良く就寝した。


 決して風呂や寝ている所を覗いたりはしていない。いないったらいない。

 逆に俺が入ってる時に侵入されたりもしていない。


☆ ☆ ☆


 休日、太陽の光を浴びようと一人でぶらぶら歩いていた時突然俺の真横で車が止まった。


 そこから出てきたのは田宮さんだった。


 「確保ー!」

 

 車のドアがスライドし、そのまま車の中に放り込まれる。

 

 端から見たら誘拐以外のなにものでもないのだけど、俺は田宮さんに連れ去られてどこかへ向かっていた。


 そんなに長い時間ではなかったけれど、数十分車で走行し何処へと向かう。

 俺は何度かどこに向かってるんですか?とか聞いたけど、「それはヒミツです。」としか返ってこなかった。


 「さ、着きましたよ。」


 田宮さんに連れられ建物の中に入ると、そのままどこかの部屋へと案内される。



 「次は茜の番でしょ?まだ細かい約束はしていないみたいですけど。」

 怖い。きっとこれは先日3人がやり取りしていた事を指している。


 悠子ちゃんの全裸見ちゃった事件に始まり、瑞希さんとのカラオケがあり、次は小澤に何か付き合う事になるような事は勝手に決められていたけれど。



 「怖い事は何もないですよ。茜もあれで真剣に考えてるので、どう思うかはわかりませんがきちんと応えてあげてください。」


 「では、ごゆっくり……」


 扉を開けて部屋の中に入ると……


 高校時代の制服を身にまとった小澤茜が、放課後先輩に告白するかのようにもじもじしながら待っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 茜と強制デートのために拉致られた真秋君。

 深雪の件は正直、突発的に加わった事なので……


 

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