第103話 本人が承諾していても親が認めてなければそれは誘拐。

 「お願い。お兄ちゃん、入れて。」

 再度同じ言葉で悠子ちゃんの枯れそうな声が聞こえてくる。



 枯れそうな……?

 そこで気付いた。悠子ちゃんはあまり大きな声を出したりはしない。

 式の時にともえに対してビンタした時が随分と久しぶりに聞いた大声だった。

 そんな悠子ちゃんが枯れそうな声というのに違和感を感じずにはいられない。


 がちゃっ

 何かを考えていたわけではない。今放っておくのは下策だと脳が警鐘を鳴らしただけだ。

 扉の向こうにいる悠子ちゃんは今にも泣きそうで、触れると豆腐のようにそのまま潰れて崩れ落ちそうに感じた。



 「おに……いちゃん。うぅぁ、ううぁぁ」

 今にも泣きそうだというのは間違いで、既に泣いていた。


 考えてみればわかることだ。

 耐えられる許容量を超えたのだ。花粉症のように。

 玄関を開けて人が通れるだけの隙間が出来ると悠子ちゃんは近付いてきて、そのまま俺の胸に飛び込んできた。


 反射的に俺はそれを受け、抱きとめる。そうするしか選択肢はなかった。

 脳に選択肢が出る前に強制的に抱きとめる事しか出来なかった。


 近所に聞こえてしまうなんて事も構わず泣き続けている。

 扉は悠子ちゃんが入ってきたところで閉まっている。


 声は当然先程よりは漏れないはずだ。

 「うぅぁあぁぁぁぁぁううぅ、ぐすっ。」


 3分程経っただろうか、忙しかった時散々お世話になったカップ麺の時の体内時計がこんな状況でも機能していた。


 「落ち着いた?」

 何があった?大丈夫?どうした?それどころかなぜこの場所を知っている?疑問は多々あれど、まずは目の前の悠子ちゃんが落ち着いて会話出来る状況を作らなければならない。


 「ぐすっ……うん。ごめんなさい。ありがとう。」


 


☆ ☆ ☆


 悠子ちゃんを部屋にあげ、ソファに座ってもらう。

 その間に夏ではあるが、少し温めの粉多めのココアを用意した。温度にすれば40度くらいだと思う。


 そのココアを数口飲んでから悠子ちゃんはふぅと息を吐き出した。


 ココアの横には冷えたジンジャエールも用意してある。

 喉には生姜というのは昔どこかで聞きかじった知識だ。正しいかどうかは確証はない。


 カラオケ好きの友人がジンジャエールばかり頼むので聞いてみたら、喉に良いと言っていたから真に受けているだけとも言える。


 「……家出してきた。」

 衝撃の一言が悠子ちゃんの口から飛び出てきた。

 しかし驚きはしない。ともえの事がひと段落したのだから、容易に想像出来た事の一つだった。


 姉が実刑で収監、姉の子供を家に引き取った、その引き取りの場に悠子ちゃんは行かなかった。

 そして友人達が庇ってくれていたとはいえ、イジメとまでは言わないまでも学校での誹謗中傷。

 17歳……今年度で18歳になる悠子ちゃんには多くの事が襲い過ぎていた。


 ともえが収監された事はどこから漏れたかはわからないが学校の人間も知るところとなっていた。

 もっとも遅かれ早かれ実刑を喰らう事は以前の噂の時から誰しもが予測出来た事だ。

 実刑を受けた事で、少し落ち着いていた悠子ちゃんへのいらぬ誹謗中傷が再燃したらしい。

 

 犯罪者の妹という事で、前回のヤらせろ発言等よりも酷い内容を。

 ハンドボール部の井川敬、バレー部の遠山蔣子、漫研の赤星憲子という1年の時から仲の良い友人達を中心に部活仲間達は味方だそうだけど。

 それ以外の女子は殆どが噂や人伝の話に踊らされている。

 確かにともえは犯罪者であるが、家族は犯罪者ではない。

 

 親は育て方がどうのと言われても仕方ないかも知れないけれど、妹である悠子ちゃんには関係ない。


 俺がやり過ぎた結果ではあるけれど、聞いていてあんまりだとは思った。

 机や黒板、ノート等への落書き。所持品の紛失。上履きへの画鋲。


 あ、これ苛めだ。

 

 しかし件の友人達が声高に叫び、度重なる証拠の動画や画像を教師陣に訴え掛ける事で収束へと向かってはいるらしい。

 その合間に夏休みに突入してしまったそうではあるけれど。


 登校日が2日あるそうだけど、行きたくはないという。

 いくら味方がいても嫌だろう。


 そして近所での噂も同じようなものだ。

 学校という縛りがない分こちらの方が厄介だとは思う。


 叱ってくれる教師のような立場の者がいない。

 俺が一件一件何かを言いに行ったところでどうにもならないだろう。


 そして家でも休まる場所がない。

 赤子の鳴き声……はまだ我慢できるそうだ。

 沈んだりやり場のない感情が頭を駆け巡っている時に泣かれると堪えるとは言っているけど。

 それでもまだ、どうにかなるそうだ。生きている証なのだからと。


 両親は、最初自分をないがしろにはしないと約束していたという。

 でも現実はそうはいかなかった。

 おじさん達も悠子ちゃんをないがしろにする気はなかったとは思う。

 ただ、実際にともえの娘を育ててみると想像より大変だったというだけだ。


 自分の子であればミルクは乳が出るのでどうにかなるけど、粉ミルクはそうはいかない。

 子育ての殆どはおばさんが引き受けている現状で、悠子ちゃんにかけられる時間は明らかに減る。


 歯車はどんどんとズレていったけれど、いつからなのかどのくらいなのかがわからないくらいには狂っているという。

 学校にも、外にも、家にも居場所がなくなっていると感じてきて押しつぶされそうで。


 相談相手も部活の友人と妹である深雪くらいしかいないという。

 総勢30人近くもいれば充分じゃと言えなくはないが、悠子ちゃんの周りで起きている状況を考えれば決して多くはない。


 何日かうちの実家に泊めて貰った事もあるという。

 それでも何日もってわけにはいかず結局現実に戻り押しつぶされ……


 耐えきれなくなって、見ていられなかった深雪が俺の引っ越し先の住所を教えたという。


 この件で深雪も悠子ちゃんも責めるつもりはない。

 俺のやり過ぎが招いた事も一理あるからだ。


 気が付けば第4試合は終わりを迎えていた。サイレンが鳴り響き選手達が整列をしていた。

 勝利校の校歌が流れるけれど、俺はテレビを消した。


 悠子ちゃんに学校に関するキーワードにも繋がって思い出させてしまうかもなんて考えてしまったからだ。


 「それで……暫く家を出て落ち着きたいと?」


 コクリと頷く悠子ちゃん。

 そういえばリュックを持ってきていた。


 今の俺が誰かを、ましてや異性を身近に置いておけるとでも?

 色々あって若干変わってはいるけれどともえを彷彿とさせる悠子ちゃんを暫く面倒見れるとでも?


 「な、なんでもするから……」


 「掃除でも洗濯でも炊事でも。」



 未成年の保護は例え本人から来ていても、本人が良いと言っても誘拐になるんじゃなかったっけ。

 ふと思い返してみた。


 しかしいくらあのセンサーが働かないとはいっても、同じ家の中に異性がいるという状況は……



―――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 さて、引ん剝くためのシチュエーションが浮かばないでゴザル。

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