第92話 心の安らぎ
「おかえりなさいませご主人様(お嬢様)!!」
どうしてこうなった。
俺は今、数名のねこみみメイドさんからおかえりなさいませと言われていた。
ご主人様とは俺の事でお嬢様とは月見里さんの事だ。
にこやかな表情のねこみみメイドさん同様月見里さんもにこやかにしている。
お店の雰囲気は可愛い喫茶店といった感じ。
可愛い中にも木材の色が生粋の喫茶店を醸し出している。
メイドさんに案内されて座席に着くとメニューを見て驚かされた。
通貨が円ではなく萌えなのだ。
いや、それはもちろんお店のジョークのようなものなのだけれど……
ここは秋葉原なのかと思ってしまう空間だった。
「驚きました?秋葉原に行かなくてもこの街にもメイドさんは存在するんですよ。」
驚きはしたけれど、引っ越してきてそこそこ日数は経っているけれど、この店の存在は気付かなかった。
もう一つ驚きなのは、これだけ女性がいながらあのセンサーらしきものは反応していない。
偏見かも知れないけど、こういうお店で働く女性は陰では客の男性をボロクソ言っているイメージを抱いていた。
勝手な偏見を持ってごめんなさいという感じでいっぱいだった。
「あの、なぜ月見里さんはこの店を?」
この店を選択したのは月見里さんだ。
お昼を一緒にどうかと提案したところ即刻了承されたのは良いのだけれど。
それなら私の知ってるお店でも良いですか?という事で案内されたのがこのお店とうわけだ。
女性だからイタリアンとかそういうのを勝手に想像していたけれど……これまた偏見だったようだ。
「色々理由はあるのですが、一度来たらはまってしまいました。それと私、そこそこオタクでもあるので。」
ナースエンジェルの話題に違和感もなしに付き合ってくれていた時点でうっすら感じてはいたけれど、本人の口から肯定の意が発せられた。
「まぁ、オタクなのは良いんだけど。偏見かもしれないけど意外だったというか。喫茶店のイメージは似合うんだけど、その……ねこみみメイドさんのイメージは流石になかったよ。」
メニューを見て定番のお絵描きしてくれるオムライスと紅茶らしきものを注文した。
らしきものというのは、メニューの名前が普通じゃなかったからだ。
括弧でコーヒーとか紅茶とか書かれていないとわからない。
紅茶は月見里さんお薦めのラビアンローズにした。
本来は就寝前のリラックスしたい時に飲むのがお薦めだそうだと言う。
待っている間に少し話をした。
その結果、少女漫画とコンシューマ版ギャルゲーが好きだというのがわかった。
これは昨日の合コンでは話せない内容ですねと言っていた。
話している間にオムライスが運ばれてくる。
俗に言う秋葉原のメイド喫茶であるようなのとは違っていた。
何かを描いてはくれるけど、おいしくなーれとかはないらしい。
個人的にはそういうのは恥ずかしいし、何か違う気がするので正直ありがたい。
月見里さんは……
モエ〇んのリ〇アを描いてもらっていた。
なんでもリ〇アの中の人こそが萌え萌えオムライスの第一人者だと言う。
記憶が確かならばそれって大人しかプレイしてはいけないゲームではなかろうか。
そこについては言及出来なかったけれど。
でもコンシューマに移植もしていたからそっちかもしれない。
小説も出ていたし、代表兼シナリオライターや絵師さんのサークルのファンという線もある。
そういった視野がある時点で俺もそれなりにヲタだという事だろう。
俺は何を描いてもらおうか。
じゃぁ同じ会社と中の人繋がりで……・
紗枝を描いてもらった。
使用人であるしメイドでもある。
というか、リ〇アにしても紗枝にしてもどっちも描けるこのねこみみメイドさん……いったい何者?
ネームプレートを見ると「カレン」と書かれておりその上にはオーナー兼店長と書かれている。
俺と月見里さんはお互いに写真を撮ってから、崩すのが勿体ないと言いながら食べた。
オムライスはとても美味しかった。
正直、今朝の病院食でさえ美味しく感じていた。
托卵が発覚してから後、色々なものを食してきたけれど、まともな味がするなと感じたのは今朝の病院食だった。
やはり脳や心が色々おかしくなっていたのだと思う。
食べ終わるとやがて紅茶が運ばれてくる。
カフェインを含まないルイボスにハイビスカスとローズヒップのブレンドで、爽やかな酸味にローズが仄かに香る。色も美しいルビー色をしていた。
一口飲むとその酸味が口一杯に広がり、バラの香りが甘く心を落ち着かせてくれる。
俺に足りなかったのがまるで休息だと言わんばかりに脳の活動を安らかにしていく。
「美味しい。」
それは良かったですと月見里さんは返してくれる。
そしてなぜだか目頭が熱くなってきているのを実感した。
月見里さんがハンカチを手渡してくれた。どうやら目頭が熱く感じたのは不意に涙が出ていたようだ。
「紅茶を飲んで今日はゆっくり休んでください。」
10分程かけて紅茶を飲み切る。
ティーポットの中の分を含めて2杯半くらいだった。
仙台にあったメイド喫茶がこのスタイルだったようで、3杯分くらいはあるとどこかで見た記憶がある。
ティーポットの中でこされて2杯目以降は味が濃くなる。
好みもあるだろうけれど砂糖を入れる事で味の変化も楽しめるし、1度の注文で2度3度美味しいとはこの事だった。
「お礼のための食事だったのに、何だかまた俺が助けられちゃったようだ。」
この心の落ち着きようと少しの清々しさと。
二人分の支払いを済ますと俺と月見里さんとねこみみメイド喫茶を後にした。
月見里さんはちゃっかりスタンプカードを押して貰っていた。
数字が書かれていたのは恐らく何枚目という意味だろう。
二桁だったのでそれだけ通っているという事だった。
もちろん俺の分は俺の分でカードを貰った。
「それじゃ昨日今日とありがとうございました。また機会があれば是非。」
社交辞令のはずのその言葉は、言葉を発した自分自身がそうではない事に気付いていた。
「そうですね。何より黄葉さんが大事に至らなくて良かったです。それに私も有意義な時間が過ごせました。こちらこそ機会があればまたよろしくお願いします。」
「私は少し買い物して帰りますので。それではおやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
お疲れ様とかではなく、昨日会ったばかりの人との別れのあいさつにしては適切ではないけれど。
これが最後ではないとどこかで実感しているせいか、自然とおやすみなさいと出ていた。
俺は名残惜しく思いつつも家の方へと歩き出す。
自宅アパートに着いて思い出した。
「ハンカチ返してない……」
そりゃ最後なわけないはずだ。スーツも取りに行かなければならないし。
その時までに洗って包装しておこう。何かお礼の品も添えて。
心が休まったのは良いけれど、二日後にはともえの裁判が行われる。
嵐の前の静けさという言葉が適切かはわからないけれど、今落ち着いているのは二日後に昂るための前兆か。
この二日で落ち付けた俺はまた醜悪な残酷な毒へと変わらなければならない。
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後書きです。
69話と72話と92話はやらしいタイトルにしたかったとは言えない。
ともえ断罪の前に心を安らげる可能性を見出した真秋でしたが、二日後には再び毒に鬼にならなければならない。
ともえに対する慈悲はないけれど、自分自身の事も少しは顧みるゆとりみたいなのは生まれたかもしれないです。
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