第64話 引っ越し祝いの手土産って定番です。

 実家への連絡を忘れていたのは頭の中であれこれ考えていて、中々伝えるに至らなかったため。

 色々あっても伝えないのはやはりおかしいと思い、事後承諾にはなるが両親と妹には一報としてメッセージを送った。

 引っ越し先の住所と荷物整理が完了したら一度連絡を入れると。


 昼前に件の引っ越し屋が到着し荷をトラックに詰めていく。

 どんどん減っていく部屋内の様子にどうしても感慨深くなってくる。


 5年過ごした場所を離れるというのは、ともえのことは別にしても寂しいものがある。

 多くの近所付き合いをしてきたわけではないけれど、隣家や階下の人とはそれなりにドラマもあった。


 挨拶は済ませてあるのでこのまま作業を続けていく。


 「本当に決めちゃったんだな。」

 社会人になってからのほぼ全てがこの部屋に詰まっている。

 良い事も悪い事も。

 がらんとなってきているこの部屋のように、自分の心の中も空洞になっているのを実感する。


 落ち着いたら家族だけでなく、高橋や山本にも連絡をしないといけないなと思った。

 まだ完全に終わったわけではないのだからこのままドロンというわけにもいかない。


 さて何もなくなったな……

 

 カシャッと何度かシャッターの音が響く。

 その音は耳と心にやたらと響いた。


 「流石に心霊写真とはならないな。」

 バカな事を言ってしまったけれど、入居前にも空の部屋を撮影してたのだから出る時も撮影したくなるのは仕方のない事。

 旅行先のホテルの部屋を撮影するような感覚。


 次の契約者が現れれば、もうここはその誰かのモノ。

 たかが人一人の引っ越しではあるけれど、その一人一人には人生があってドラマがある。


 次の契約主がどのような物語を魅せるのか……ここを出る自分には知りようもない話だった。


 この部屋から見る外の景色も、部屋の中の情景も今日で終わり、新しいものに変わる。

 幸いにして今度も大家さんは良い人だ。

 隣人も一言しか会話はしていないけれど、悪い感じはしなかった。


 「さよなら、俺の5年間。」


 ガチャッと扉を閉めて鍵を掛ける。

 もうこの部屋の扉を開ける事はない。


 そう思うと込み上げてくるものがあった。

 場所や記憶に縛られ過ぎなのは理解している。

 一度行った観光地なんてのも、行ってしまったばかりにまた行きたくなる。

 観光地であればまた行く事は可能。

 しかしそれが住んでいた場所となれば、次の入居者が済んでしまえば不可能となる。

 近くて遠い場所。


 引っ越しを繰り返す人はこのような思いになる事はあるのだろうか。

 

 最後にアパート全体の写真を撮影して引っ越し屋の車に乗り込んだ。




 

 電車で5分でも車だと15分少々は掛かる。

 流れゆく景色はそのまま自分の記憶も流れていくように感じる。


 向かいや今追い抜いていった車の人達にも何か感慨深い思いを抱きながら移動している人はいるのだろうか。

 ゼロではないだろうけれど、そこまで想いを込めて運転移動している人はいないだろう。


 

 あっという間の移動時間。

 誰がどんな事を思い描いていようとも、世界は変わらず流れていく。

 

 こうして歳を重ねていくのか。あの爺さん達もそうだったのかな?なんて歩道を歩くおじいさんを見ながら考えてしまう。

 

 あらかじめどこに何を置くという事を伝えてあるので、到着するなりバンバン運び込まれていく。


 その前に何もない部屋の写真撮影は忘れていない。

 荷物が運び込まれている間にアパートの写真を深雪に送信する。


 

 家具や段ボールが運び込まれると後は封を開けて整理整頓をするだけだ。

 それが大変なのだけれど。


 暗くなる頃には大方の荷解きが終わる。

 物理的に圧迫していたのはヲタ関連だったのでそこ以外さえ終わってしまえば、大方終了なのである。


 レイアウトにはこだわりはないけれど、ラノベはきちんと本棚に収めたい。

 少し家具は増やしても良いかも知れないと思った。

 実際部屋が若干広くなったので、スペースに余裕が出てきている。

 本棚の数を増やしても良いかも知れない。


 さて、お隣さんに挨拶しに行こうか。


 このために前日に用意しておいたアレを持って部屋を出ていく。


 ピンポーン


 呼び鈴を鳴らすとインターホンで挨拶をすると玄関の扉が開いた。

 出てきたのは先日一度あった事のある小倉七虹で間違いなかった。


 「今日303号室に引っ越ししてきました黄葉真秋です。今後よろしくお願いします。」


 「丁寧にどうも。改めて小倉七虹です。お隣同志よろしくお願いします。」


 「これ、定番の引っ越し蕎麦ならぬ水屋うどんです。それと、地元の日本酒・豊明です、桜バージョンとら〇☆すたラベルです。」


 「あ、あぁ。ありがとう。非常に言い難いのだけど、私の出身も幸〇なんだ。もっとも地元の特産を買う機会はほとんどないのでお初にお目にかかりますではあるけど。」


 4月のこの時期は権〇堂で桜まつりをやっている。テント張ってるお土産コーナーに売ってた地元の名産品が引っ越しの手土産に良いかなと思い購入したのだけど……


 まさかの同郷なんて。



 「なんか申し訳ないです。」


 「いえいえ。こういうのは気持ちですし、地元の物って案外食べたりしないものですし。」

 それでも今更ながらら〇☆すたラベルの豊明はほぼ初対面にはやり過ぎたかと思った。


 「何はともあれ今後よろしくお願いします。」




 部屋に戻った後、もう一つのお隣304・305号室に同じ引っ越し祝いを持って部屋を出た。

 


   



 


 



―――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 自分は一度しか引っ越ししていないので、都度哀愁を感じるのかわかりません。

 かつて住んでいた団地の部屋は最初は同じ5階に住んでいた後輩分が入居していたので最初こそ感慨深いなんてことはなかったけど。

 今はどこの誰が住んでいるかわからないし……


 そろそろかつての団地と今の家での生存期間がイコールになってきたような?

 

 それと特産品を調べるついでにらき☆〇たネタを出したけど、作者の出身が幸〇なのは知っていたけれど、1個上とは思わなかった。

 出身小中学校が記載されていないのでわからないけど、パイセンだった可能性あり?


 2個下の友人は同じ高校通ってたから、在学中は知らずとはいえ1年は同じ学校におったわけかと。


 他に出身者の中には本因坊が3人いたり、幼稚園の先生の旦那である元市長が載っていたり。うぃきぺでぃあこえぇ。


 従兄弟の通った小学校はA〇rの聖地だしな……世間狭い。

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