第63話 引っ越しおばさんとか懐かしい

 君がいないとなんにも出来ないわけないだろう。

 ヤカンに火をかけたけど紅茶のありかもコーヒーのありかもわかるぞ。


 ほら朝食も作れたもんね、だけどお前(ともえ)より美味しい。

 お前が作ったやばい飯なら文句も今なら怒声の如く言えるのに。


 托卵発覚後一緒にいる時は窮屈だったけど

 暴露宴で第一ざまぁして自由を手に入れた

 俺はとっても喜んだ


 捨てないでと言ったお前の気持ちは全く理解出来ないけれど


 豚パンダキョンシーになったお前を見る眺めは良い

 上から堂々と見下ろして笑みが零れてるよ


 もしお前に一つだけ強がりを言えるのなら

 もうお前みたいな女と恋なんてしないと決めたよ絶対


 


 朝一番にまっきーのCDをかけたら頭の中に浮かんだ。

 俺も大概にして毒されているな。 

 精神は不安定なのかも知れない。


 その他大勢の女性を見れば吐き気を催すし、ともえのシュレッダーな夢は見るし、悠子ちゃんが訪ねてくればろくに話も聞かずに追い返すし。

 

 そして本当に自分の作った朝食の方が美味しい。伊達に一人暮らしはしていないのだよ。



 二本並んだ歯ブラシも一本送りつけて一本になってるし。

 あいつの服も物に罪があるわけじゃないから送り付けたし。

 まぁ男らしくはないかも知れないけど妹頼みの俺は他の誰から見ても中途半端だろう。


 段ボール3箱のあいつのぬけがら集めて、あいつの実家に送り付ける事でやっと束の間の倖せを知った。

 あいつ宛ての郵便なんて届くわけないし、迷いがあるとすればよく似た悠子ちゃんを無下に追い返した事。

 あいつの真のざまぁへの答えとはいずれ出会える。


 お前も今回で身に沁みたあのお方が魅せてくれるから。


 こんな替え歌ちっくに今朝の行動を表せるくらいにはかつては好きだったけど。

 もうお前を突き落とすのに躊躇いはない。


 こんな替え歌にしてごめんなさい。

 でも今朝の気分でCDをかけたら浮かんだものは仕方がないので勘弁してほしい。

 家の中で勝手に口ずさむのは自由なんじゃないかな。



 さて、出発する準備は完了したしそろそろ時間でもあるし行こう。


 玄関を開けると……流石に悠子ちゃんはいなかった。

 一晩経ってるし当たり前だけれど、もしかしたらという線は否定出来なかった。

 

 

 電車で一駅。

 逆方面なので平日休日問わず乗車率は低い。

 それと、一日一日少しずつだけれど少しは緩和されていると思いたい。


 5分もすると電車は隣駅へ到着する。

 終点だから乗客は全員が降りていく。

 ホームの反対側にはさらに田舎方面へと向かう始発電車が待機している。

 そちらに向かう者と階段を上がり改札へ向かう者と半々だった。


 やはり見知らぬ女性……年齢問わず、近くにくると気分が悪くなる。

 殆どの降車した乗客を見送ると俺も階段を上がっていく。

 改札を抜け東口方面へ。


 ボートピアへ行くバスと隣県隣町の教習所のバスがロータリーに止まっている。

 

 「そういや3県が跨る地域でもあったな。」

 

 歩いて10分もしないで目的地へと辿り着いた。

 紹介されたアパートと大家さんの家は隣同志だった。

 まずは大家さんの家を訪ねる手はずとなっている。


 呼び鈴を押すと若い女性の声が聞こえる。


 声だけでは違和感や嫌悪感を感じなかった。

 やがて扉が開くと小さな女の子が出てくる。


 「ままーお客さんだよー」

 

 すぐに出てきた若い女性がこの子の母親だろうか。まだ20代に見えた。


 居間に案内されると、大家さんが姿を現した。

 大家さんも若い……40代ではなかろうか。

 でも初対面の女性に年齢を聞くのも失礼だし、そもそもアパートを借りようかとしているだけの人間が聞くものではない。


 だけどこの人絶対40台だ。

 話の流れで先程の20代と思しき女性は娘さんだという事がわかった。

 ということは最初の女の子は大家さんの孫という事になる。


 「入居を考えてるという事で話を進めて構いませんね?」


 「そのつもりで連絡しましたので。」


 図面を見せて貰った。話に聞いていたので大雑把には知っていたけど実際に図面を見ると少し昂ってくる。


 そういえば大家さん一家の人とは初対面なのに変な感情を抱く事はなかった。

 一体どういう事だろう。


 3DKで6万なら良いんじゃないだろうか。

 寝室とヲタ部屋とリビング扱いで。それとなんだか柊さんから聞いていた家賃より安くなっていた。


 今のアパートより1万以上安くなって職場が近くなるのであれば文句はない。

 床が抜けるとかなければ……



 さっそく空いている2部屋の内覧をお願いしてみる。

 余程の事がなければどちらかに決めてしまおうかとも思っているくらいだ。



 大家さんに連れられて隣のアパートへ向かった。

 娘さんと孫娘は自宅警備員に戻った。

 主婦と幼女に戻ったというのが正解であるが。


 徒歩1分でまずは301号室から。

 間取りに変化はないけれど、角部屋と中部屋では日の当たりや防犯や隣の部屋との生活音の差が違う。

 

 前部屋が東側にベランダがあるために、部屋によってそんなに変化はないようだ。

 強いて言えば、少年がアパートの壁を使ってボールの壁当てをしたら響くなという感じか。


 続いて303号室へ行こうとしたところで偶然外から帰ってきた302号室の住人と出逢う。

 なぜわかったかというと大家さんが声を掛けたからだった。


 「七虹ちゃんこんにちは。こちら302号室の住人の小倉七虹ちゃん。」

 そういって紹介してくれた。個人情報は?


 「こちら住人になるかもしれない黄葉真秋君。」


 「あ、どうも。」

 不思議とこの小倉七虹という人相手にも嫌悪感のようなものは抱かなかった。


 挨拶を済ませると彼女は部屋に入っていった。


 「これ以上は個人情報ですし後は住人となって仲良くなってからね。」

 別に色眼鏡で見てませんよ。これでも現在はともえの件もあって当分一人で良いと思ってるからね。


 そして303号室の内覧を始める。

 やはり部屋に変化はないので、こうなってくると後は単純に好みの問題となる。

 角が好きか嫌いか。

 

 中が好きか嫌いか。


 ただ部屋と家賃を考えるとここで良いかという思いは強かった。

 本来であればもっと色々調べた後に決めた方が良いのだろうけど……


 「ちなみに304と305はウチの娘が使ってます。住居にしてるのは305の方なので隣の304は殆ど生活音のようなものは気にならないはずよ。」


 という大家さんの言葉で実質近所付き合いは減る事がわかった。


 「正直悩んでます。ここにしたいとは思っていますがどちらの部屋が良いか悩んでます。」


 「早々決まるとは思わないけど、売りには出てるので押さえておくとしても数日しか出来かねますよ。」

 不動産会社を介していないので、契約に関するものは全て大家さんへの連絡のみなのだけれど。

 

 

 「今週中に結論を出すという事でも構いませんか?」

 この引っ越しシーズンに空き家があるという事だけでも儲けもの。

 普通の人ならば駅から近いこの物件は悪くはないはずだ。

 不動産会社が絡まないからネットなどに情報が出ない分知名度は少ないのかもしれないけれど。


 一度家に戻ってじっくりと検討してみる。

 正直301と303での差はないように思える。

 強いて言えば階段を昇って最初の部屋が301号というだけ。

 近所付き合いを全くしたくなければ301だろうけど。


 304がほぼ無人という事を考えれば303でも変わりはない。




 「よし決めた。」

 

 翌日の日曜日、一週間待ってくれると言ってくれた大家さんに連絡を入れた。


 そして契約を早々に済ませ翌土曜に入居する事にした。

 引っ越し屋は運良く空いていた。

 なんでもキャンセル(正確には日にちの変更)が出たために捻じ込めたらしい。

 荷物整理していて良かったと思う。

 

 さて……

 実家には引っ越す事を何も言っていない。

 今後の事(あのお方によるともえや喜納達の裁判)もあるので黙っていなくなるわけにもいかない。

 実家くらいには伝えておかないといけないなと思った。


 思ったけれど、引っ越しの当日になっても未だに連絡出来ずにいる。

 誰も知らない遠くに行くわけではないけれど、誰とも関わらずに生きて行くなら黙っているのも悪くはないのではないかという考えが僅かでも残っていた。




――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 引っ越し、引っ越し、さっさと引っ越し、しばくど!


 ヤンデレから七虹ちゃん登場。ヒロインではないですが、隣人として。

 ともえの回想でメグナナの名前は出てますからね。

 ナナの方の七虹です。そうです、若い頃はヤンチャだった七虹です。

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