第61話 サインが家宝になるようです。
かつてのチームメイトで同じ地域のライバル校だった柊真白先輩と出逢った。
ライバル校だったのは柊さんが入学する前までだったけれど。
少し話そうとなったので偶然目の前にあった喫茶店に入る。
深雪を送ろうと思ったけれど、サインくださいとなったため一緒に喫茶店に入る事にした。
俺が送るのだから良いだろうとなった。
コーヒーを待ってる間に軽く挨拶を済ませた。
深雪はオレンジジュースだけれど。
高校卒業してからドラフトで関西の球団に入団し、ドラ1達を押さえて新人王まで取ったこの街の英雄。
本当にあの球団はドラフト下位指名が活躍するものだと野球経験者なら思う事だ。
俺は続けていてもプロのレベルにはなかったから後悔はしていない。
「黄葉はもう野球やってないのか、勿体ない。」
そうは言ってくれるけれど、ついていけないのにやっていても苦しいだけだしな。
楽しんでやれなくなったら意味がないしと思っている。
「柊さんは新人王取ったし、今ではレギュラーですもんね。たまに柊さんのポップとあ垂れ幕とか街にありますもん。」
コーヒーが運ばれてきてホッと一息。ホットコーヒーだけに。
「そういえばお前……」
柊さんが何を言おうとしているかがわかったため、俺はその先を言わせないように遮る。
「あいつの事は口にしないでください。もう他人なので。」
続いて、あいつの残滓の残るアパートを引き払って会社の最寄り駅に引っ越そうかという話を始めた。
「それなら知り合いのツテで良い所があるぞ。駅からも近いし確か家賃も7万くらいだったと思う。」
そう言って柊さんは大家さんの名前とアパートの場所と簡単な間取りをメモに書いて渡してくれた。
なぜそこまで詳しいかと思ったら友人がそのアパートに住んでるらしい。
立地は良いのに空きがあるから明日にでも連絡入れてみれば?との事だった。
「好条件なのになぜ空きがいくつかあるんですかね?」
「田んぼが近くに一杯あるからじゃないか?最近は虫が苦手な人も多いし。」
なるほど、それは一理ある。Gは苦手でも仕方ないにしても、飛蝗や蟷螂もダメな人が最近では多い気がする。
「ありがとうございます柊さん。あ、そういえば今地元にいるという事は……」
「野暮用だよ。それに今年は開幕が関東だから丁度良かったからな。」
その野暮用については聞かない事にした。
俺とは違って色々順調な彼の心を乱すわけにはいかない。
「やっぱりキャッチボールはしたい派ですか?」
「ん?まぁそうだな。エゴと言われないのならばそうかな。」
これ以上はそれこそ野暮というものだ。彼に彼の物語があるのだから。
ずっと空気だった深雪がここで会話に加わってくる。
俗に言うところの空気を読んで話の腰を折らなようにしていたのだろう。
「柊さん、サインお願いします。【黄葉深雪ちゃんへ】でお願いします。」
「あぁ、後輩の妹さんだからとびきり丁寧に書かせてもらうよ。」
柊さんと別れ、俺は深雪を実家に送り届けるために歩き始めた。
「えっへへー家宝が出来たー。お兄ちゃんも続けてたらプロになれたかもしれないのに。」
妹は柊さんのサイン色紙を空に掲げながら話した。
「残念ながら俺程度の人間はたくさんいるからな。大体甲子園で優勝してもプロになれるかはわからない。」
「俺には草野球が丁度いいのだよ。」
そういえば卒業してからはほとんどやってなかったな。
「あ、着いちゃった。お兄ちゃん、柊さんの言ってたとこに引っ越すの?」
妹の問いに俺は視線を地面に落として考える。
聞いている限り悪い話ではなかった。後は現地を見てどう思うか……だよな。
「どうだろう。とりあえず一度話を聞いて現地を確認してからかな。」
その言葉を聞いた妹は寂しそうな顔をする。
「そっか……一駅なのに随分遠くに行っちゃう気がするね。」
送ってくれてありがとうと言って深雪は家の中に入っていく。
俺はそれを見送り、扉が閉まるのを確認すると安堂の家を見やり、明かりが点いているのを確認すると足をアパートの方へと向けて歩き出した。
やはりまだ関わりたくはない。
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後書きです。
別作品、ヤンデレの真白が大選手になってる……
真白のサインが黄葉家の家宝となりました。
家に着いた深雪は早速神棚にでも飾ったのかな?
そして思わぬところから引っ越し先の情報が。
えぇ、大家と言えばあの家ですよ。
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