第59話 業務用巨大シュレッダー

 結局次の日は息行きも帰りもタクシーを使った。

 マイカーを持っていないので仕方がない。

 帰宅後実家に電話を入れておいた。土曜日に一度戻ると。


 正確には妹の深雪に連絡を入れた。

 両親だと何故だか言い辛かったのが正解でおじさんとおばさんの顔がチラつくからだ。

 深雪はやっと帰ってくるのねと最初に一言。


 やっととは言うけれど、先週の今頃はまだ式も宴も開いてない頃だけど。


 実家に戻るのには理由がある。

 ともえの荷物をどうにかしたいという事と、通勤がきついから職場のある最寄り駅に引っ越そうかと思っている事を言うためだ。


 部屋の箪笥に立てかけてある今は寝かせてある写真立て。

 そこには温泉旅行に行った時に撮影した写真が入っている。


 この笑顔が嘲笑うものだったと分かると写真立てを立てておくことは出来なかった。

 大抵の人は抜き取って焼き芋の原料にしてしまうのだろうけど。

 勿体ない症候群と、汚いモノには触りたくない症候群が同居し撤去する事が出来なかった。


 「大概にして重傷だな。」


 ぼそっと呟いていた。




 

 その日はとても夢を見ていた。


 ともえが泣きながら懇願している姿を。

 お願い赦して、もう絶対に裏切らないから、お願いとともえが喉が潰れるのを気にせず叫んでいた。


 ともえのお腹はすっきりしている。

 どうやら出産後のようだ。


 ともえは両手を後ろにしっかりと縛られ、足には足枷がついており走るのは困難となっている。さらには足枷の先には鉄球のような錘が付いている。

 夢の中の俺は自分の隣にいる制服をきた刑務官のような人に問いかける。

 「あれは鉄球?」

 返ってきた言葉は、鉄じゃないけど重いものだということだ。

 どうやら鉄じゃいけない理由があるようだ。


 ともえの立っている位置には横に線が引いてある。

 その下には何やら物騒な穴が開いており、その穴は筒状となりぐるっと90度近く歪曲してこちら側へと向いており、同じように穴が開いてある。

 その穴の先には大きな受け皿のような物が置かれている。


 落ちた穴から中を伝って、こっちから見える穴から出てくるという寸法だ。



 「さ、黄葉様。コレを受け取ってください。」

 隣の男からリモコンのようなものを受け取る。


 そこには開、閉の二つのボタンしかついていない。


 後ろから声を掛けられる。


 「これはうちが開発した業務用巨大シュレッダーですの。」

 横に並んできた人物を見ると、あのお方……田宮未美さんがいた。

 

 どうやらスイッチの開閉はかなり性能が良いらしくチョン押しにもきちんと反応するらしい。

 どういう事かはこれからする事で理解出来る。



 「お、お願い。真秋、いいえ。真秋様お願いします。なんでもします。靴でも舐めます。ゴミと罵って構いません。だ、だから……」


 「だから……い、命だけは……」


 その懇願すらも嘘に見えた。夢の中の俺は残酷にもその言葉を真向から否定してみせた。

 「残念だったねぇ。」


 ポチッ

 開ボタンを押した。


 すっとともえの身体が落ち……る前に閉ボタンを押す。


 すると、ともえの身体が下にあった開閉扉に挟まれる。


 「ぐえぇっ。」


 潰れた蛙のような声を挙げて悶絶する。


 どうせなら全ての関節を外して悶死というのも良いかもしれない。

 龍〇伝の最初の頃の方であったな悶死がどうとか。あの時のシーンでは主人公が助けに来ちゃったけど。

 

 ともえは下の様子を見て一気に青ざめる。

 同時に股間から液体が漏れ出し、足を伝い落下する。


 「ひっ、い、いやっ。こ、こんな最期は嫌っ。お、お願いだから助けて。」


 「一瞬でなかった事になるんだ。これ以上罪の意識に苛まれる事がなくなるのだから。安心して最期にイきな。」



 「じゃあな。かつて愛したモノよ。」

 再び開ボタンを押すと、ともえを挟んでいた扉は全開し、ともえは落下。


 3層に渡ってひゅんひゅんと回るプロペラの刃へと吸い込まれていく。


 聞くに堪えない悲鳴を1秒に満たない時間叫び、ともえだったモノはこちらから見える穴から出てくる。

 

 ともえだったモノはコマ肉となってこちら側の穴から出てきて受け皿へとぼとぼとと落ちていく。



 「どう?業務用巨大シュレッダーは。物理でスカっとするにはもってこいよね。」

 私も使ったのは初めてだけど……と付け加えていた。


 人のミンチなど普通に考えれば嘔吐ものなのだが、この夢の中の俺は達成感を味わっていた。





 目が覚めた。

 酷い寝汗だった。夢の内容が鮮明にこびり付いている。

 二度と会いたくはないと思っていたけれど、流石にあれはないな。


 夢の中の自分は達成感を感じていたけど、現実の自分は流石に気分の良いものではなかった。

 想像もあるけれど、あのお方の恐ろしさの片鱗を味わった気がする。



 俺はともえに死んで欲しいのだろうか。

 孤独に落としてざまぁと思ってはいるけれど、ミンチになって死んで欲しいとまで思っているのだろうか。


 もしかすると、寝る前に見てしまったあの温泉の時の写真が夢に影響しているのだろうか。


 そんな思いを払拭するためにも、シャワーを浴びてさっぱりとしてから準備を進める。


 軽く朝食を食べ、食器を洗うと時刻は予告していた時間まであと少しだった。



 「さて、行くか。」

 


 



 実家への道は少し重かったが問題なく辿り着いた。

 見たくはなかったけど隣の安堂家に目を向ける。

 扉にも門前にも変な張り紙とかはなかった。

 その代わり1階の目に見える範囲は全て雨戸が閉められ、2階は全てカーテンが閉められている。

 10時を過ぎているのにどこも開いていないという事は、奇異な目で見られる事を避けているのだろうという事が窺える。


 目線を自宅へと戻し、そのまま家の玄関を開ける。


 「……ただいま。」


 聞こえるかはわからないが、帰ってきた事を伝えると奥から誰かが歩いてくる音が聞こえる。

 

 ガチャっと玄関から正面、リビングへと続く扉が開くと妹の顔がひょっこりはんしてきた。


 「おかえりんごりらっきょうりゅう。」

 おかえり→りんご→ゴリラ→らっきょ→きょうりゅう、というしりとり繋ぎなのだけれど。

 「らっきょ」じゃなくて「らっきょう」だろうというツッコミを入れると駄々をこねだすので黙っている事にした。


 まぁ我が妹の可愛い出迎えに感謝しよう。

 今朝の夢もあって心が少し気分が重かったせいもあって、少しは晴れやかになった気がするのだから。


 「あぁ、ただいまんとひひじいさん。」


 卑猥な言葉を言ってしまいそうだったのでマントヒヒになってしまい後に続けなくなってしまった。

 それ故にラストに「ん」がつく終わり方という何ともみっともない結果に。

 妹より語彙力のない兄へと成り下がってしまったようだ。


 「お兄ちゃん、なにそれ。まぁ良いや、お父さん達はリビングで待ってるよ。」


 「あぁ。今いくよくるよ。」


 悔しいのでしりとりギャグは続けた。



 靴を下駄箱にしまい、久しぶりの実家へとあがる。



 「ただいま。」


 挨拶をすると両親は「おかえり。」と返してくれた。

 なんてことのない挨拶だけれど、今はそれが何だか心に沁みた。



 テーブルに着くと母が紅茶を淹れてくれる。

 

 「マリアージュフレールののウェディングインペリアルって……今の俺には少し嫌味だな。」


 

 「まぁそう言わずに。本当なら祝福の意味で買っていたのだけど、あんな事になったからな。勿体ないから普段飲みに使ってるんだよ。」

 父の言葉に納得もした。確かに勿体ない。まさか本当に結婚する時までとっておくわけにもいかないし、深雪の結婚までと言ってもいつかわからない。

 それなら飲んでしまうか誰かにあげるかだけど……

 

 「それにゴールデンチップを含む贅沢なアッサムティ、ショコラとカラメルの甘い香りで癒してくれるだろ?」

 説明書に書いてあるだろう言葉を父は述べた。


 「確かに余計な事を考えなければ良い紅茶だと思う。荒んだ心を少しは癒してくれそうだ。」


 「むー。お兄ちゃんは私じゃ癒されないと?」

 ない胸を背中に押し付け、抱き着いてきた妹がぶぅ垂れてくる。


 「深雪の笑顔が一番の癒しだよ。」



 えっへへと上機嫌になる妹、チョロい。

 いや、チョロいじゃないな。純粋で可愛い、妹ながら愛い奴だ。



 俺の横に深雪、正面に両親が座る。


 「それで帰ってきた要件だけど……」


 理由は深雪から聞いたとの事。

 昨日帰ると連絡した時に深雪には伝えていた。


 「ともえちゃんの荷物だけど……アンカツ達にお願いするわけにはいかないわよねぇ。」

 母の言葉に俺は頷く。本当は少し話をしなければならないだろうし、家族のものは家族がというのが理想ではある。

 でも俺は多分避けている。ともえと同じ顔をした悠子ちゃんを。おじさん達が引き取りにくるという事はきっと悠子ちゃんも来る。

 悠子ちゃんが来るという事はともえとよく似ているために、色々思い出したり込み上げてきたりしそうで怖い。


 俺が気分を悪くするだけならばまだ良い。悠子ちゃんに八つ当たりをしないと断言が出来ない。

 疑似ともえと称して小澤をプレイで痛めつけた時とは違う。本気で何をするかわからない。


 冷める前に紅茶を啜り少し落ち着かせる。


 「そういうわけで安堂家の者は遠慮したい。だからお小遣いをあげるので深雪に詰めてもらいたい。流石に段ボールに詰めてしまえば大丈夫だと思う。」


 「お兄ちゃん、重たいものは持てないよ?」

 首を動かしこちらを見て深雪がさらに首を傾げる。


 「大丈夫だ。重いものはない。衣服と化粧品が殆どだ。」


 「じゃぁ私はともえお姉ちゃんの私物を段ボールに詰めるだけでいいのんな?」

 そんなれ〇げみたいな言い方……にゃ〇ぱすーと言わないだけ良いか。



 続いて次の問題、引っ越しについてだ。


 会社の帰り、満員でもないのに赤の他人の女性と目線があっただけで、妙な被害妄想をしてしまい気分を悪くした事を伝えた。

 全ての女性に対してではないけれど、そんな状態で電車通勤は出来ないので会社の最寄り駅へと引っ越したいと説明する。



 「それについては俺からは賛成も反対も出来ないな。働く一人の社会人としては、仕事に支障を来たす可能性があるのなら引越した方が良いのかも知れない。」

 「でも卒業してからほぼずっとあそこで暮らしているのに想い出とか色々あるのに良いのか?良い時の事も全てなかった事にして良いのか?」


 父の言う事ももっともではあるけれど、現状だと給料の一部をタクシー代に持って行かれてしまう。

 ちりも積もればというやつで、これが結構良い金額になる。

 山手線の一駅と田舎の一駅は距離が全然違う。

 たった5分程度の時間でも、あの空間を毎日耐えるのは正直厳しい。


 「候補はこれから探す。ネットでざっと調べた限りではアパートで月5万円代が相場っぽい。」

 1Kとかのアパートは流石にない。アパートだけど2DKとか2LDKとかが殆どだ。

 3LDKでも7万円くらいであったのを記憶している。


 「まぁ場所と時期が決まったら連絡は入れるよ。」






 それから俺は現在の安堂家の状況について聞いた。

 やはり人は噂好きなのか、どこからともなく話のネタを見つけるようだ。

 俺との結婚が破棄となった事やその理由はある程度広まっているとの事。

 


 不貞の相手でもある喜納グループが全国ニュースに流れるほどの惨事だったのだ。

 噂が出て来ないほうがおかしかった。

 直接面と向かって卵を投げつけられたり、知らない自称近所の人から暴力や暴言を吐かれるといった事はないらしい。

 その代わりある程度離れたところから、ひそひそ話はされているそうだ。


 面と向かって何もないからそういったヒソヒソ話が恐怖と不安を掻き立てる。

 だからこその雨戸を全て閉めたりの処置を取っているそうだ。


 それから両親達の元にはおじさん達は毎日謝罪に来ているという。

 噂が広がるのはそんな安堂家の姿を見ているからというのもある。


 両親が安堂家の者を家に招き入れる事はないのだが、それもそろそろ限界だという。

 4人は幼馴染であり親友でもあるのだから、無視したり追い返したりするのにも精神をすり減らしてしまう。


 こちら側は被害者の位置なのだから変に気負ったり悪いなと思う必要などないのだけど


 さらには悠子ちゃんはあれから一度も外に出ていないそうだ。

 誹謗中傷の目に合うのも怖いし、どの面下げて黄葉家の人の前に顔が出せたものかと少し塞ぎ込んでいる。

 

 「せめて新学期始まったら学校にはきちんと行って貰いたいな。」

 それは率直な意見であり感想だった。ともえのせいで色々破綻している安堂家。


 「今日はこっちに泊まっていかないか?別に変に構えなくていい。久しぶりの家族4人だからな。」


 父の提案に少し迷った末に出した結論は……



 「そうだな。今日くらいは良いか。深雪には明日ともえの荷物整理してもらいたいしな。」


 それからは他愛もない話をして、話が終わるとテレビで開幕したばかりのプロ野球中継を見て。


 風呂に入って……お兄ちゃんと一緒に入る~という深雪をどうにか宥めて。


 久しぶりの家族全員での夕飯は心に来るものがあった。

 少なくとも今朝見た酷い夢の事を忘れる程度には団欒があった。



 もうすぐ6年振りとなるかつての自室での就寝。

 昔はカーテンを開けると向かいはともえの部屋だった。


 今はこのカーテンを開けるのを戸惑う。

 中高生の頃と違いこのカーテンを開けてもその先にともえはいない。

 いたら怖いけど。


 何故だか怖くて電気を全部消して寝る事が出来なかったので豆電球だけ残して布団に入った。


 暫くすると部屋のノックが聞こえる。


 「お兄ちゃん寝てる?」

 その問いにどう答えろと言うのだろう。普通は起きてる?ではないだろうか。

 返事を待たずに扉が開いて……再びの深雪のひょっこりはん的な登場。


 深雪はそのまま俺のベッドに向かってくる。

 「今日は一緒に寝よ?」


 やはり返事を待たずに布団を少し捲り身体を潜り込ませてくる。

 俺が返事をしないからだろうか、深雪は独り言を続けた。


 「私はお兄ちゃんの味方だよ。妹だから性的に癒す事は出来ないけど。」

 「こうして抱きしめて安心してもらう事くらいは出来るよ。」 


 入浴から時間が経っているはずなのに、深雪からは仄かな安らぎの匂いと安心感を受け取ったような気がした。


 そのせいかも知れないけれど、中々寝付けなかった。

 くぅ~という可愛い寝息を間近で聞きながら悶々と羊を数えた。


 (羊さんが……匹。あ、羊さんが手紙を食べた。って食べちゃったから手紙の内容が気になって眠れねー)


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 深雪は残念ながらヒロインにはならないと思います。

 ただ癒し系キャラにはするつもりです。


 深雪的には翌日に手伝うともえの荷物整理に対する単価の前払いとして真秋の布団に潜り込んでおります。


 深雪は悠子ちゃんっこであると同時にお兄ちゃんっこでもあるのです。



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