第58話 違和感ともやしの魔力は万能です

 一日何もなく普段通りの日常として過ぎていた。

 正直驚いたが、下手に騒がれない方が良い。

 いくら仕事自体は現場に出るとはいっても穏やかではなくなるから。


 それと多くを絡まないからか、女子事務員に嫌悪等は抱かなかった。

 近くに寄らなかったというのもあるかもしれない。

 幸か不幸か、事務員とは少し席が離れているのも一つの要因か。


 考えすぎだったのだろうか。

 

 定時ではないものの早めにあがる事にした。

 出社するのにタクシーを使ったとはいえ、帰りは電車で帰ろう。

 

 駅までの道のりでは性別を問わず色々な人とすれ違う。

 心に特に何の変化もない。

 やはり杞憂に過ぎないのだろうか。


 休み中の3日の思考が、勝手に壁を作っていたのかもしれない。


 改札を通ろうとしたところで丁度目の前で電車が発車してしまい、電車から降りてきた人たちが改札を通り駅から出ていく。

 駅のホームで電車を待つ5分程の間で、コーヒーでも飲もうと自販機のコイン投入口に小銭を入れた。

 迷わずに黄色と茶色の柄のコーヒー、MAXコーヒーのボタンを押した。

 甘いものを摂取したい気分だった。


 商品口からMAXコーヒーを取り出し、お釣りを回収する。

 その時誤って数枚小銭を落としてしまう。


 「あ。」


 拾おうとしゃがもうとしたタイミングで、先に誰かが小銭を拾う。

 小さな綺麗な指だった。姿を見るまでもなく女性だというのがわかる。


 「どうぞ。」

 彼女は拾った小銭を手渡してくれる。


 「ありがとうございます。」

 拾ってくれた彼女に例を言う。受け取る際に少しだけ指先が触れた。


 「どういたしまして。」

 小柄な黒髪の可愛い女性だった。


 先程彼女の指が少し触れた時、特に変な反応は示さなかった。

 これまた考えすぎだったのだろうか。



 「友紀さーん。こっちー。」

 彼女の友人だろうか、目の前の女性に対して声をかけたのだろう。

 彼女はその声のした方を向いて応えた。



 「あ、三依ちゃん。今行きます。それでは私はこれで、失礼します。」


 彼女は軽く一礼し、改札方面へと向かっていった。

 友人と合流した彼女はそのまま改札を出ていく。


 プシッとプルタブを開ける音が響いた。

 徐に飲んだMAXコーヒーは久しぶりなせいか、ものすごく甘く感じた。


 やがてやってきた電車に乗ると、違和感を覚える。

 先程お釣りを拾ってくれた友紀さんと呼ばれた女性や、会社の事務員の時には感じなかったもの。

 その正体はわからないが、混んではないとはいえそれなりに人はいる。

 女性専用車両ではないのだが、女性比率が高い。


 違和感を感じるとすればやはり女性だ。


 段々気分が悪くなってくる。

 お互いに意識をしなくても、嫌でも目に入るのがその時に周囲にいる人間の姿。

 目が合ってしまう事もある。

 

 これは多分被害妄想だ。

 あの人ならコロっと騙せてお金いただけそうだとか、最近彼氏ともしてないし簡単に釣れそう、そのまま金銭もらったりごちそうしてもらったり出来そう。

 という風に思ってるのではないかと勝手に想像してしまう。


 実際にそのような事がないと分かっていながらも、あの女もあの女も俺を嵌めるに違いない。

 そういった考えが出てきてしまう。


 名も知らぬその他大勢の女性が近くにいるというだけで、頭の中がどんどん被害妄想で広がっていく。


 それが段々と頭を押さえつけてくるようになり、気分が悪くなってくる。


 ちょっとした吐き気と頭痛に見舞われながらもどうにか最寄り駅に到着する。


 ホームの椅子に座って5分程すると少しは落ち着いてくる。

 立ち上がって歩こうとすると少しふらふらしているのが自分でもわかる。


 「なんだってんだ。」


 これでは明日も電車通勤は出来ないなと思った。


 ふらつきながらも帰路につく。

 幸い駅からは近いので寄り道しなければ5分とかからない。

 よくもまぁこんな立地にアパートを見つけたもんだと我ながらに思う。

 その分築30年以上ではあるけれど。


 時刻は19時を半分は回ったところ。

 道路の反対側に部活帰りの高校生達が目に入る。

 制服からして母校のものなのが理解出来た。

 

 春休みなのにお疲れさん、と思った。

 その中に見知った顔があったのだけれど、後に教えて貰うまでは気付かなかった。




 家に入るとスーツをしまい、部屋着に着替える。

 水を飲んでソファーに座ると落ち着く事が出来た。

 あの違和感はなんだったのか。あの被害妄想的な思考はなんだったのか。


 考えても仕方ないので夕飯を作る事にした。

 高校を卒業して一人暮らしを始めて、それなりに一人での生活は出来るようにはなっている。


 食事に関しても、栄養価を重視しなければそこそこ作れると思っている。

 今日は気分もイマイチすっきりしないし……チンジャオロースにしよう。

 


 なんてこともなく、もやし炒めにしよう。

 貧乏人のお供、もやし。もやしは万能。

 金髪のくせっけ似非お嬢様っぽいコーヒーみたいな名前の女の子も言っている。


 結局人参、ピーマン、玉ねぎも入ってるのでまぁそこそこだろう。

 米は玄関開けたら〇藤のご飯だけどな。


 夕飯を食べながら思う。

 この調子だと電車通勤は厳しいなと。


 「引っ越し……考えてみるか。」



―――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 MAXコーヒーから友紀と三依が友情出演しました。

 果たして何歳の二人でしょうね。

 そういうのは気にしたらいけません。それがコラボ。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る