第44話 離婚届って何枚も貰えるものなの?

 駄々洩れ涙をお色直ししたドレスで拭くもんだから……袖エライ事になってるじゃん。

 化粧も……あ、あかん。これみたらあかんやつ。

 生粋の関東人……だけれど、ツッコミ入れてたらたまに西の言葉になっちゃうのは仕方ないよね。

 そういえば西といえば、西の方の蝉の鳴き声って「シネシネシネシネシネシネシネ……」と聞こえるのは気のせいかな?

 少なくとも九州はそうだよね。



 上〇動物園の人いますかー。ここに逃げたパンダおりまっせー

 と、叫びたい。


 ともえだから名前はトントンかな。龍〇昇打てない方ね。


 いつの間にか標的が喜納貴志からともえに変わっていたけど気にしない。


 この衣装……弁償かな?あのお方コワイ……あ、今くすくすと笑ってる。 

 

 今更だけど、この会場のスタッフは全員あのお方の息の掛かっている従業員なんだよね。

 だからこそ、こんな無茶が出来る。

 ほら、同級生以外のスタッフの首元見ると何かキランと光ってるの見えるでしょ?

 あれネックレスじゃないんだぜ?


 さて、それよりも……


 「ねぇ、トントン……」

 あ、さっきパンダの件を妄想したから間違えちゃった。


 「ねぇ、ともえ……」

 「おおっとぉ、言い直しました。先程の誤りは、化粧が崩れてパンダに見えたのでしょうかぁ。90年代後半のヤマンバでもいいかもしれません。」

 高橋もそこに実況はいらないよ、いくらアドリブで良いとは言ってもさ。



 「俺はあの頃ずっとともえだけを見ていたんだよ。当然女はお前しか知らない。」

 「そんな俺の事を嘲笑っていたの?喜納と比べたりしてさ?」


 「酷いよね。女性は胸とかの事ですぐ文句言うのにさ。小さい方がとか大きい方がとかさ。」


 「女性だって男性のモノを大小硬度持続力で判断してるじゃん。そう言う事でしょ?」


 「俺のはお前の中にはピッタリ納まらなかったという事でしょ?」

 あ、段々下品になってきた。いけないいけない。

 招待客の皆様も引いてしまってるではないか。

 誰も飲食物に手を付けずにぽかんとお口を開けている。


 「泣いてばかりいるのは子猫ちゃんだけで良いよ。犬のおまわりさんも今日は非番だし。」


 「説明していただけませんか?先に進めないので。」



 「違う。嘲笑ってなんかないっ。真秋が相手してくれなかった時、心も身体も埋めてくれたのが貴志なんだもん。」


 あ、また開き直った。アジの開きを更に開いたら元に戻るのか?戻らないよね。


 「この状況で開き直るのって凄いな。あの3ヶ月、忙しくて相手出来なかったのは申し訳ないと思う。」


 「だけどさ、事情は説明していたし、途中告白したよね。ストレスではあったけど勃起不全になったの。10月に多忙から解放されたら治ったのまで知ってるよね。」


 「ちなみにコレ、診断書ね。」


 「日付が7月なのわかりますか?これ駅前の病院の診断書ですよ。皆さんもこの街に住んでる人なら知ってますよね。〇〇病院。」


 治った時に完治証明的なのはないけれど、念のため病院に行って確認して治った旨も一筆書いてもらってる。

 それも添付っと。


 スライドに移るのは恥ずかしい勃起不全の診断書。


 いや、恥ずかしいじゃないな。深刻だったんだから。

 「こんな状態の俺をほっぽッてさ、自分は他の男に股を開いていたってのはさ……」


 「馬鹿にしてんの?見下してんの?コケにしてくれてんの?とにかく酷いよね。そっちの事情は一切教えてくれなかったよね。」


 「どういう事かな?結婚を視野に入れているカップルだったんだから相談しても良いよね?俺はしたじゃん。」


 パンダだったのにさらに涙が出てくるものだからもはやキョ〇シーだよ。

 誰か衣装借りてきて、あとテンテン借りてきて。即・退・治!


 「ともえの性欲が強いは知ってるよ、だから勃たないと分かった時に相談したじゃん。でもお前はの一点張り。」


 「そりゃ喜納という相手がいれば大丈夫だよね。どうやら互いに性欲がお強いようで、満足しあってたくらいだからね。」


 「で、あれか。夏海に行ったというのも友達とではなく、喜納とだったんだろ?あぁある意味では友達か。エロ友達、かっこよくいえばセフレ。」

 一気にまくし立てていたので喉が渇いてくる。

 テーブルに置かれていた水を一気飲みして潤した。


 「もういくつ質問したか覚えてないよ。だってお前答えてくれないじゃん。下手糞な言い訳ばかりで、俺や香奈美女史の質問には答えていない。」


 「ねぇ、お前まだ俺と本気で結婚したいの?その答え次第では……DEATH OR DEATH。あ、どっちも死じゃん。」

 「まぁ死は流石に冗談として、結末の一部は変更しても良いとは思ってる。」

 誰も赦すとかは言ってないけど。

 

 


 「わふ……わ、わ、わたしは……」

 そんな占い〇バアみたいな出だしはイランよ。


 「あぐぅ、ずずーっ、わ、たたし、わたしは……」


 「おい、ともえ。お前今から何を言う気だ?」

 喜納貴志が自身の周りにしか聞こえない程度の声音で呟いている。

 


 「わたしは……わ、わからない。ど、どうしたら良いの。」

 ヲイ

 一番ダメな答えだろ。


 ここは俺か喜納の二択な場面だろ。


 そんなにも場を、この場の人達を、俺を搔き乱したいのだろうか。

 誰一人としてこいつの発した言葉に賛同も共感もしている人はいない。

 お前何を言ってるんだ?という視線を送っている。


 誰かパイ持ってきてくれませんかね。今から全員でともえに向かってパイ投げようよ。


 某動物みたいにう〇こ投げても良いよ。

 

 膨れた腹の中の子が可哀想だな。こんな親じゃ勉学も道徳も学べやしないだろ。

 


 これみよがしに右手でお腹を押さえるその姿が喜納貴志以外の全員をイラっとさせる。


  

 「お前、なんなん?ここは喜納貴志と結婚したいですという場面じゃないの?」



 「熨斗つけてくれてやるわよ。」

 天道さんかと思いましたよ。香奈美女史がここでカットインしてくる。


 香奈美女史はカツカツとヒールの音を靡かせて、喜納の元へと歩き出す。

 

 胸の中から1枚の紙を取り出し、それを喜納の目の前に出した。


 「離婚届けです。貴方の被害者の方々への謝罪は別ですが、貴方とは離婚です。両親にも話してありますし、ここに弁護士先生との書類もあります。」


 「あとは貴方が判を押すだけです。」


 あ、ここにも決別式があった。



 喜納はわなわなと震えながら離婚届を両手で握る。そして……


 びりっびりっと何枚もの切れ端へと変えてしまう。


 「ふ、ふ、ぷじゃけるなっ。」


 「あら、ふざけてなんかいないわよ。娘の親権は私。貴方の浮気による離婚ですもの。弁護士先生がきっちり算出してくれた私への慰謝料はこれだけ。」


 再び胸から電卓を取り出し喜納に見せつける。四次元ポケットかあの胸は。

 ともえと同じくらいない胸なのに。


 「ぷじゃけるな、こんな払えるかっ。」


 「あ、ちなみに離婚届は1枚じゃないわよ?ほら。」

 再び胸から離婚届を取り出す。


 破る、取り出すを数度繰り返し……


 「何十枚と離婚届を書いたけれど、年賀状を書くより苦ではなかったわ。」


 もっとも、喜納から得る慰謝料は被害者に配るつもりだけど……と小さく呟いていた香奈美女史。

  


 「先に進まないんでとりあえずサインコサインして貰えませんかね。」

 司会の高橋がどうでもよさそうに促した。


 「どうせ全てが終わったらともえと結婚する心算だったんだろ?3年後に俺から慰謝料と養育費を踏んだくってよ。離婚届を書くのが今か、3年後かの違いだろ。」

 その後の意味も人生も効果も真逆だけどな。


 俺と香奈美女史を嵌めて得るはずだった人生もお金も得るどころか失うんだ。


 「貴志、お前が彼女を少しでも思うのならば、その離婚届けに記入と捺印をしなさい。」

 後ろから兄貴喜がそっと囁いた。

 「彼女の人生を開放してやるのも贖罪の一つではないだろうか。」


 お兄さん、かっこいいこと言ってる風だけどそれはこいつのタメにはなりませんよ。

 もっとも、先に進まないのでさっさと書いて判を押して欲しいのは満場一致の意見だと思うけど。


 兄に諭され、渋々離婚届に名前を記入し、香奈美が持参してきた喜納自身の判を押した。


 「みなさまーここに今、一つの夫婦が決別致しました。盛大な拍手で祝福してください。」

 高橋よ、祝福は流石に言い過ぎではないか?どっかからクレームが入るかもよ?


 しかし会場からは割れんばかりの拍手で埋め尽くされていた。

 香奈美女史の瞳には一つのエンドを迎えた安堵で、優しく潤っていた。


 ついていけていないのは、俺とともえの両親と喜納の兄と俺の上司くらいのものだった。

 この際だから種明かしをするけれど、会社の人間も実は関係者である。

世間は狭いと実感したよ。そして喜納と関係があり、俺とある程度仲の良い相手を良く調べてくれたよ。天城さん優秀過ぎだろう。


うちの会社にも喜納の被害にあった者がいる事に驚きはあるが、考えてみれば喜納は高校時代に処女100人斬りしていたんだ。

彼女らが大人になり付き合ったり結婚したりする相手や、彼女らの家族だったり親戚だったりする者がいてもおかしくはない。


なんせそんなに大きな街でもないのだし。


 だからこそ、ヤジもいちゃもんもクレームも飛んでこない。

 

 全部終わった後で両親には怒られるかもな……




 香奈美女史により切り捨てられた喜納貴志は必然的に放心し、地面に手を着く。

 「こんなはずでは……くそっ」


 膝から崩れ落ちたために、「orz」となっていた。

 人生終わった……とでも思っているのだろうけど、こんなのが復讐なわけがあるまい。

 こんなのがざまぁなわけあるまい。


 香奈美からのざまぁはおまけに過ぎない。


 更なる煽り……言及は続いていく。

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