第40話 白々しい一週間遅れのバレンタイン

 そういえば籍を入れようだとか式を挙げようだとかの話をしていなかった事に気付いた。

 妊娠に疑問を抱き、探偵を雇い不貞と托卵を発見し、復讐の計画を立てたまでは良かった。

 喜納が敵を作りまくっているおかげで味方は増えた。


 会場を押さえるには時期が遅すぎる。

 ともえが出産してからでは遅いのだ。

 

 いや、遅い事もないのか。堂々とDNA鑑定しましょうとか言えるし。

 だけどあいつらに与えるダメージは出産前と後では違う。

 子供に罪はないので命に別状がある事をしたいわけではないけど、自分の子ではないので不運な事故にまでは責任を負うつもりはない。


 会場を押さえる事も大事だけれど、ともえに式を行おうとか言った記憶がなかった。

 まずはいつ決行するかを決めなくては。

 結婚式という名の決別式を。

 披露宴という名の暴露宴を。

 希望があれば、三次会という名の惨事会を。


 あれ?三次会って同級生や会社の同僚が開くもんだっけか?

 まぁここまで来たら様式美に拘る必要もあるまい。


 惨事会は上手くいった時の俺達への賛辞会、讃美会にもなる。

 巧い事言えなんて誰も言ってないだろうけど。


 そういえばコレに感けてバレンタインすっかり忘れていたな。

 俺もだけど、ともえも。


 ひでーな。


 会社の女子達がみんなに配ったチロルチョコと、少しお高そうなチョコと。

 実家に帰った時についでにだろうけど悠子ちゃんに貰ったチョコくらいか。

 悠子ちゃんのは何故か手作りだったな。


 ともえにも悠子ちゃんの爪の垢でも飲ませてやりたいよ。

 あと、本当についでだけど実家に戻った時に妹からも貰ったな。

 ブラックサンダー……とマーブルチョコとアポロ。

 昼間駄菓子屋にでも行ってそうなラインナップだ。


 悠子ちゃんとは6つ離れてるから17歳、妹とは9つ離れているので14歳。

 年齢だけ見ると俺が犯罪者予備軍に感じるのは気のせいだろうか。

 二人とも妹みたいなもんだしな。実際一人は実妹だけど。


 俺とともえが付き合い始め悠子ちゃんは気を利かせてか俺達から離れたように感じるが、一緒に遊ぶ相手が妹に移っただけでもある。

 今度は近所のお姉ちゃんとして下の子を面倒見る事で色々学ぼうとしたのだろう。


 

 で、一応は恋人関係であるともえからのバレンタインの戦利品チョコはなかった。


 あの3ヶ月期間中ならばこっちが忙しい事を理由に出来ただろうけど、今は違う。


 完全に忘れてやがる。

 ともえが自分の身体に埋め込んで私ごと食べて?なんてやってた過去が超黒歴史だ。

 身体中チョコの味しかしなかった。途中から変わっていったけど。


 俺もチョコバナナをやったけど超黒歴史だ。

 聖夜やホワイトデーはネタの宝庫だ。

 

 今になって懐かしい黒歴史を思い出すのはなぜだろう。

 

 心のどこかで謝ってくる事を期待しているのだろうか。

 

 そんなはずはない。托卵を知ったあの時、天城さんに見せられたあいつらの計画を知った時。

 それらの想い出は灰燼と帰したはず。


 あの頃のともえに似た悠子ちゃんを見たものだから思い出したに過ぎない。



 俺はともえに連絡を入れた。

 「大事な話をしたい。今日会えないか。」と。


 ちなみに今日は2月21日。バレンタインなんてもう先週の話だ。

 バレンタインの売れ残りセールだって終わっている。


 「わかった。20時で良い?」

 

 3時間か……まぁこれはあれだな。用意する時間だな。



 久しぶりにアパートにともえがやってきた。

 今までは自然に感じていた仕草がどうも余所余所しく感じるのは、俺が真実を知ったからだろうか。

 しかし俺は悟られるわけにはいかない。

 全ての証拠は万が一見つかるわけにも行かないので、とある鍵の掛かる所に保管してある。

 天城さん達とのやり取りの証拠や領収書もそこにある。


 携帯も復讐用にもう一台買ってあり、天城さん達や田中達とはそっちを使っている。

 バレても良いように、会社の備品のようにカムフラージュして。

 実際に会社から1台支給されており、万一の紛失時の連絡先等が貼られている。

 同じものを貼ってるだけではあるが、ロックはともえには外せない。



 もう一つ、俺のDNAと子供のDNAの親子関係を調べた結果も。

 俺は父権工程確率0%と書かれた紙も保管してある。

 然るべき日のために、早々に調査を依頼してあった。


 色々検査をしてきたけれど、調査に関してその時に察した医師には当然黙って貰っている。

 憎しみを押し殺して説得するのは骨が折れた。

 しかし先生も、経験者らしく。

 念のため検査をされる夫は多いと聞く。

 それは妻の不貞を疑うというよりも、本当に自分の子だと安心するためだとか。


 言い方が違うだけで意味は変わらないと思うけれど。

 この検査の結果を確認した時、憎悪が殺意に変わらなかったのは不思議ではあるが、二度と顔を合わせたくはないと強く思った。


 その理由は、金堂とその従業員に協力してもらい採取した喜納貴志のDNAを検査した結果。

 父権肯定確率が99.9999999%以上と出たからだ。


 医師が言っていたが、ともえは結構定期的に産婦人科に通っているらしい。

 托卵は自覚していても、子供そのものには関心があるのだな。

 病気や遺伝による悪影響がないかと心配らしい。


 不貞行為をしてしまった事は仕方がない。

 かまってやれなかったのは事実だから、誰かの温もりを求めたり、感じたりする事は仕方がない。

 最も仕方がないというのは誠意を持って謝るからこその事だとは思う。


 子供が出来る事も、仕方が……なくはない。良い大人なんだから避妊しろよ。

 避妊しないという事は子供が出来ても良いと思っているからだろう。


 それでも、もし誠意を持って謝罪するならば、赦したと思う。


 托卵し、偽り、悪びれた様子もない、結婚しても3年で俺を悪者にした上で離婚、慰謝料と養育費を要求する計画。

 本当に上手くいく自信と根拠はなんなんだろうな。

 喜納の父が何かしてくれると思ってるのか?


 喜納の嫁、香奈美氏の父の方が上だぞ。言及するに決まってるだろう。



 色々考えていたらともえは靴を脱ぎ、既にリビングのソファに座っていた。


 心なしかお腹が大分目立っている。


 「順調そうだな。」


 「うん。」

 その言葉すら今では腹立たしく感じてくる。

 可愛く、うんとか言われてもちっとも嬉しくない。


 「その前に先週はごめんね。忘れてたわけじゃないんだけど……1週間遅れだけどこれ。」

 小さな包みを手渡してくるともえ。小さいと言っても6ピースのケーキが4つは入るくらいの箱ではあるけど。


 いや、本当は俺に呼び出しを受けて思い出したからだろうとは喉の先まで出かかったけれど、どうにか飲み込んだ。


 20時にした理由、それは恐らくコレを用意する時間だろう。

 バレンタイン売れ残りバーゲンセールすら終わっているため、市販のものは当てに出来ない。

 手作りは昔からしていたから問題なく作れたのだろう。


 悠子ちゃんやおばさんに見られたかどうかはわからないけど。

 まぁ土曜だし家にいただろうな最低でもどちらかは。


 何か言われなかったのかね。先週渡してないの?とか。

 

 「先週ちょっと具合が悪くて作れなくて。本当にごめんね。」

 駆け出しの役者よりは上手いだろうその心の籠っていないごめんねは、チョコの茶黒さよりもどす黒く感じた。

 

 確かに先週連絡は入れた。その時に具合が悪くて休んでるという返事はきた。

 でも俺は確かめていない。ともえの実家を、休んでいるかどうかなど。

 きっと件のホテルで喜納貴志と休んでいたのだろう。休憩か宿泊かは知らないけれど。


 「ありがとう。」

 こんなに言いたくもないありがとうは初めてだ。

 お互いに心の籠っていない挨拶は、酷く滑稽に感じた。


 子供と同じで食べ物に罪はない。

 俺は開封し、そのチョコを食べた。

 間違いなくこのチョコが最後のチョコとなる。

 来年、お前が俺にチョコを贈る事はあるまい。


 妊婦を雑に扱うのもどうかと思うので、ともえにはベッドを貸した。

 俺はその下に布団を敷いて寝る事に。


 ともえには憎悪しかないのだが、子供を気遣ってしまうのは甘過ぎるだろうか。



 翌日、ともえを実家に送った後天城小次郎から連絡が入る。



 「真秋、お前が調査依頼を追加していた小澤茜だけどな。この辺では有名なそっち専門の倶楽部で人気のらしい。」


 「やめといた方が良いとは思うけど、接触するなら指名で行くしかないだろうな。倶楽部の地下が住居も兼ねているから滅多に表には出ない。」


 「お前が見たあの映像の時は、客が散歩付きを選択した時のものだと思う。」


 「ただな。そこの店、ちょっと高いよ。」

 そういった店が高いのか安いのか俺には判断がつかなかった。そういう店を使った事がないからな。

 俺の下半身の処理はともえか自分自身の手だけだったからな、この人生。


 「なんだかんだ10諭吉は覚悟しないといけないと思うぞ。」

 

 でもな、そんなもんいざ始まれば相手はプロなんだから、慣れてるかどうが一発でバレるぞ多分。


 「HPの紹介によると、雌豚3号は被虐系の痛いのが好きらしい。」

 そんな情報いらん。


 「ちなみに雌豚3号というのは小澤の店での名前な。正確には嬢達に名前はない。」

 

 「最初にやめた方が良いと言ったのも……あの店はあのお方直属の店なんだ。」

 あのお方?一体何があるというんだ?ああいう店だからヤのつく職業の方がバックにいるくらいは不思議ではないけど。


 「ヤのつく職の方々でさえ頭が上がらないあのお方の店に関わるという事は、もしかするとお前も目を付けられる可能性が出てくるかもしれない。」


 「俺はあのアホ二人に復讐出来るのならその後の事などどうでも良い。」


 「そうか。直接会う事は流石にないだろうから大丈夫だろうけど。念のためな……」


 「あのお方は、〇〇組の組長はじめ何人ものタマを一人で取ったんだ。あぁタマって命じゃない。文字通り男にしかないあのタマの事だ。」


 「片方だけ取ってホルマリンに、会社の会議室に飾ってあるという噂だ。」

 そうか、それは怖いな。どういう経緯があってそうなったのかは知らないけれど。

 


 「まぁ小澤一人との関わり合いであのお方が出てくる事はないだろうけど念のためな。知ってるのと知らないのとでは違うだろうし。」


 「色々情報をありがとう。少し多めに振り込ませてもらうよ。」


 俺の勘は正しかった。

 小澤には何かがあると感じたのだ。


 あのお方という者が味方になれば心強いが、それは望めないだろう。

 万一の場合は中立にいて欲しい。少なくとも敵に回したらイケナイ人物だというのは小次郎との電話で理解出来る。


 「小澤茜……一度会話する必要があるな。」

 俺は教えて貰ったHPを閲覧し、偶然公休である月曜日に小澤こと雌豚3号を指名するために出勤予定表を確認し、ウェブ予約を済ませた。

 少し料金は上がるが金堂のホテルのとある特殊な部屋に。


―――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 後は小澤と香奈美で終わります。

 その後は現代に戻ります。

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