第7話 逆転のない裁判

 「異議あり!!」

 俺は手を挙げて発言権を得ようとした。 

 

 「はい。異議を認めます。真秋君お答えください。」


 「愛している云々について偽りがあるかどうかは知らない。でも正晃の質問に対する一番愛しているに対しての答えではないと思います。」

 「俺を一番に愛していないからこそ、何度も不貞を働き、子を成し、将来離婚して慰謝料ふんだくろうという事が平気で言えるんだと思います。」

 「ついでだから言っておきますが、ともえの親族の皆さんにはこの決別式、暴露宴に対する費用は不要ですので。私や親族は1円たりとも受け取りません。」

 「さらについでに言うと、興信所やらこの式・宴に関する費用は総額でさっき出てきた指輪3個買ってお釣りがくるくらいは掛かってます。でも1円も受け取りません。」


 さらっと何気に暴露する俺だけど、金額を聞いてウチの両親がマジか?という顔をしている。

 今更だけど、ウチの両親とともえの両親は学生時代良く4人でつるんでいた友人関係だ。

 もうこれはここにも亀裂は入ったなと思うが、俺のせいではない。


 「もう一つついでに言うけど、勝手に家の前に金銭や謝罪文を置いても道端の石ころのようにシカトしますので。誰かが勝手に持っていっても勿体ないのでやめてくださいね。」


 「それとこの話を聞いたこの場にいる人はそれを狙って張り込みしないでくださいね。流石にそれは窃盗罪適用されると思います。」

 少しおちゃらけも入れることで重すぎる雰囲気を軽くしようと試みてみたけれど、当のともえ親族は気が気ではなさそうだった。

 可哀想にお母さん泣いてるよ。泣かしたのは俺じゃないんだけどな。


 「というわけで、俺からの異議に対してどうお考えで?」

 小中の頃はともえがいじめられたりしていたら真っ先に助けに行っていたのにな。

 今では俺が追い詰める側となっている。

 

 でもそれは仕方がない事だ。一度か二度寝るくらいは我慢する。

 仕事が危機的状況とはいえ、ろくに構ってあげられなかったのは事実だ。

 その場で言ってくれれば赦したと思うし、子に関しても11週までなら多分降ろす事で赦したと思う。

 21週までだとしても正直に話せば赦したんじゃないかと思う。


 だけど、こいつは俺を騙し、将来離婚して金をふんだくりあのクソ野郎と一緒になろうとしていやがった。

 喜納の嫁も可哀想だ。

 こっちと同じように幼馴染として幼少から過ごし、恋人に発展し、紆余曲折はあったにせよ結婚して子供産んで……


 そういえば喜納の子は1歳だったな。

 本来なら、喋ったはいはいした、クララが立ったーとかやって一喜一憂する時期だというのに。


 「よりを戻して、俺が喜納とお前の子供を育てると思っていたのか?喜納に親権譲ったとして、喜納の嫁が自分の子でもないのに育てると思うのか?恥を痴れ。」


 「お前達は二つの家庭を壊したんだよ。もっと言えば自分とこの実家と、喜納の嫁の実家もだな。4つの家庭を壊したんだ。」


 「さぁ、それに関してはどんな意見をお持ちで?」



 「うぅぐずっ。だって、ずっと仕事ばっかで相手にして貰えなくで、寂しかったんだもん、そんな時にあの人は優しく癒してくれたんだもん。」

 ついに開き直りやがった。仕事が忙しかった事は申し訳ないとは思う。だが俺達は同棲はしていない。

 通い妻状態で週に2~3日一緒に住んでる状態だ。

 もっと言えば実家とアパートは歩いて15分もかからない。

 実家より駅に近いアパートを借りていただけの話だ。

 少しでも出勤時間を短くしたい、けど実家からは離れたくないという事で見つけたアパートだ。


 実家暮らしだったともえが男と一緒にいられない、構ってもらえなくても家族はいたはずだ。

 少なくとも相談相手にはなれたはずだ。


 それと……性悪女の「だもん」は可愛くもなんともねぇ。

 ドブにでも吐き捨ててしまいたい気分だ。


 「真秋の会社がおかしいんじゃない。存続の危機ったって労働基準法すれすれな残業までさせて。帰って寝るだけの3ヶ月とかおかしいじゃない。」


 ついには勤めている会社批判に走った。

 まぁ確かにあの3ヶ月は地獄だったよ。高卒5年目にはな。当然俺よりも若い奴らはもっときつかったろうよ。

 危機を乗り切った時、全員でハイタッチして喜んださ。これで念願の人並みの自由を手に入れたぞーってな。

 あのままの状態が続いていたらブラック企業として名を遺したろうし、過労死で異世界転生とかもあったかも知れない。

 そう思った事もあるほどだ。


 でも、仕事と家庭は天秤にかけてはいけないんだ。

 ましてや結婚前であるならば尚更だ。


 社会人にとっては仕事も家庭もどちらも大切なんだ。天秤にかけた時点でどちらかは破綻する。

 大抵は家庭の方が破綻するが、俺達も見事に家庭達が破綻した。


 そんな時会社側から手が挙がった。


 今日来ている中では一番偉い営業所長……つまりは課長である。


 「おぉっと、会社側からも意見があるようです。そちらの阿武隈課長どうぞ。」

 課長というのが既に敬称のため課長さんというのはあり得ない。

 

 「黄葉君の上司でもある阿武隈と申します。安堂ともえさんのおっしゃる通り、あの時わが社は会社存続の危機にあり、無理を推してでも乗り切らなけらなければならない時でした。」


 「実際奥さん子供に私達と仕事とどっちが大事なの?と言われている社員を何人も目に、耳にしている。そういった電話が掛かってきていた事も事実です。」


 「彼ら彼女ら社員やそのご家族に迷惑をかけてきたことには真摯に向き合い謝罪をさせていただきます。申し訳ありません。」

 でした、と過去形にしないあたりが課長らしい。


 「ただ、それとこれは別モノだと愚考しております。社員・家族一丸となって乗り切れた事はマイナスだとは思っておりません。」


 「実際給料・特別手当という形ではありますが、所詮はお金と思われてしまうかもしれませんが、還元はしております。」

 「乗り切った後の休みに関しても、ある程度社員の融通を利かせられていたと思っております。」


 だからプチ旅行に行けたんだけどな。

 お金と休みに融通が利いたからこそ。


 「ついでに言わせてもらうと、私も妻に離婚届を持ち出されましてね。後は私が判子を押すだけの状態でした。」

 「社員たちはお金と休みという見返りがありましたが、課長職以上の経営側はお金しか見返りがありませんでしたからね。」


 「妻や子供の不満もごもっともです。ただ、それでも私は限られた時間で家族が納得いくよう説得し、どうにか小遣いマイナス1万円で納めてもらいましたよ。」

 いや、課長のお家事情を語られても……と思うけど。

 大変だったんだなぁ課長も、としか思えない。

 でも少しだけ心に来るものがあった、人間やっぱり語らないと話にならないという事が。


 「小遣いを減らされてしまえば普段の昼食代の削減、喫煙飲酒の減、缶コーヒーを給茶機のお茶やコーヒーに変えたりと努力はしましたよ。」


 「若いからまだ理解しきれないかもしれませんけどね。みんな大変だったんです。みんな寂しかったんです。」


 「貴女を責める事は出来ませんが、社が置かれていた事情もまた察して欲しいと思います。」


 まぁ、会社の事はね……極論を言えば運もあるよね。

 仕事がなければ給料は出ないし。給料なければ生きていけないし。

 乗り切るまでは毎日みんなが辞めてーと言ってたもんさ。


 だからこそ乗り切った時にハイタッチして喜んだんだ。

 本当は一緒に分かち合いたかったんだよ、あの時色々発覚するまでは。


 課長が座った時、友人席から手を挙げる者が見えた。


 「異議あり!!」


 目線をそちらへ向けると、件の問題児クズ野郎事喜納貴志だった。


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