最後の夏休み

初夏の青い影がアスファルトに映っている。

僕の足の裏がそこにくっついて、もう何分経っただろう。

ビーチサンダルからはみ出した部分がじりじりと僕を焼く。

1時間前を思い出した。


夏休みなんて退屈なだけだ。

もう3回も読み返した漫画をベッドに放り投げた。特にお盆は友だちも地元からいなくなりがちだ。

家にいても母さんがうるさいだけだし、1人でいることに飽きてマンションをブラブラ出発したのだ。


Tシャツと短パンでミニマムな服装だったけど充分暑かった。マンションの入口で下着みたいな格好に気づいて、少し恥ずかしかった。


足は自然と小学校に向かう。数日前まで毎日通っていた道がもう懐かしい。

校舎の脇にあるセメント造りの古いプール。

その脇を通り過ぎようとしたときに、あいつを見かけた。


サラサラの色素の薄い髪にひょろりとした長い手足。

ノースリーブのワンピースを着たクラスメイトだった。

小学生なのに、騒がず、群れず、変な女だ。

僕も友だちも、その他大勢と変わらず、なるべく関わらないように決めていた。


彼女はプールのセメントの壁にもたれかかって空を見ている。その大人びた横顔に僕は少し怯む。こいつはいつもそうだ。なんだか僕をソワソワさせる。それがよくニュースで大人たちがいう『不快感』だと思った。


彼女の前を、僕は「何にも気づいていないよ」の如く、通り過ぎようとした時、男の野太い声が僕の背中を襲ってきた。


「ここにおったんかい、はよ来いや」


彼女が背中で息をのむのがわかった。

いつもとはちがう、もっと小さな女の子みたいに。こんな彼女を僕は知らない。

振り返ることができなかった。


僕が一瞬立ち止まったとき、後ろで小さな声がした。


「バイバイ」


よく友だちと道ですれ違うときに「バイバイ」と出会い頭から挨拶していて、母さんに笑われたっけ。そんなことが頭をよぎった。

また会えることを疑わないバイバイ。

けど、このバイバイは違う気がした。

振り返ったときには、もう誰もいなかった。


じりじりしているのは日差しか、アスファルトか、それとも。

彼女の脇にランドセルじゃないバッグが置いてあるのも知らないフリをした。

いつも僕に笑いかけるとき、その細い目が三日月みたいに煌くのも、訛りが僕らと違うのも、知らないフリをしてた。


けど、たぶんもう知らないフリすら出来なくなる。


僕は本当はずいぶん前から知っていた彼女の家に向かって走り出した。

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