174


『…“気”を練り上げ、敵の“気”を読み……自身の呼吸ひとつ、心臓の鼓動ひとつ、あまさず制御しはいしろ…』


バトスさんの言葉を頭の中で反芻はんすうする。サイクロプスが雄叫びを上げて突っ込んでくる。なりふり構わずといった手斧での猛攻。見るでもなく、聞くでもなく、感じ取る“それ”に合わせ俺は身を躍らせる。目と鼻の先…紙一重で、サイクロプスの振るう刃を処理していく。



「ふーっ……」



凄いな…これ。これが…この感覚が…“気”、か。相手の動きが手に取るようにわかる。“気”を読み、防御に使うことは出来た…次は、これをに使う!



『より速く、より深く…より鋭く!……練り上げた“気”その全てを乗せて…振り切れ!』



ゴーレムを両断して見せたバトスさんの斬撃。…あの威力があれば、コイツにも通用するはず。敵の“気”は感じ取れている…なら、俺にも“気”というやつがあるはず……これか。意識を集中させると朧気に感じ取れるそれ。俺の全身を流れる“気”…さーて、これを“練り上げる”ってのは、どうすればいいのか…。



「っ!!」



気が付くと俺の頭目掛けて振るわれた手斧が目の前に迫っていた!ヤバイ!躱せない…!


重たい衝撃が俺の身体を煽る。手斧を何とか剣で受けたが、勢いに押され大きく飛ばされてしまう。



「……つっ」



捻るように体を回転させ、直ぐに体勢を整える。……なるほど難しいぞ、コレ。自分の“気”の流れに意識を集中すると、敵の動きの感知がおろそかになってしまう。とは言え、まだ自身の気の操り方すら分かっていない俺が、その二つを並列して行うのは無理だ。どうにかして隙を作らないと…。



「……よし」


「…!?おいナギ?…何をするつもりだ!?」



俺は剣を鞘に納め、サイクロプスに接近していく。ミスったら終わるなー、これ。



「グガアアァ!!」



サイクロプスが雄叫びを上げ、手斧を振り回す。…まずは回避だけに集中する。全神経を研ぎ澄まし、敵の気を読み、攻撃を躱していく。不規則に、速く…。手の動きだけを追うな…足さばきも、重心移動の機微も、視線の動きさえも…感知して、掌握する!






一方、バトス視点。



「………」



もう、言葉も出んわ。これが、つい今しがた気の流れを読むことを覚えたヤツの精度かね…?ナギはサイクロプスから離れることなく、攻撃を回避しながら右へ左へと不規則に、せわしなく移動を繰り返す。サイクロプスも身体を捻り、ナギを追っているが…徐々に“遅れ”が出始めている。


今、サイクロプスは目でナギの姿を追うのも一苦労だろう。不規則な動きを止めないナギを目で追った矢先、絶妙なタイミングで進行方向を切り返し、既にその場から逃れている。サイクロプスからすれば、歯ぎしりしたくなるような展開だろうな。


それにしても、恐るべしはナギだ…。気を読むことを覚え、すぐさま試行と反復を繰り返し、応用……ナギは“気を読む”という技術を、“視線誘導”に利用しやがった!既に時折サイクロプスの視界を自身から外せるようになってきている。なるほどお前の狙いはそれか。このままいけば恐らく…


てかアイツ…気を“読む”ことに関してだけ言えば、もう俺より上手くね?…なんかちょっとオジサン寂しいぞ?



「ガッ!?」



サイクロプスの視界から外れ、背後に回ったナギ。サイクロプスの背中をしたたかに蹴りつける。死角からの攻撃に体勢を崩すサイクロプス。すぐさま背後に振り返るが…もうそこにナギはいない。完全にナギの姿を見失い、一時棒立ちとなるサイクロプス。



「……見事だ」






「ふー…」



静かに、深く、息を吐く。サイクロプスは完全に俺を見失っている。今だ!



「………」



俺は姿勢を低くして、剣の柄に手をかける。猶予はほんの数秒…敵が俺の位置に気付く前に…。意識を集中し、俺の気の流れを感じ取る。



「己の全身の気を集めて、圧縮し体の中心…腹に留めるイメージだ!」



!…バトスさんが声を投げてくる。俺はその声に従い、更に深く気の流れに意識を集中。…いいぞ。身体の中心がじんわりと温かくなるような感覚。大丈夫、気のコントロールは出来ている。サイクロプスが俺に気付いた!もう時間が無い!



「留めた気を解放しろ!」


「!!」



抑え込むように押し留めていた気が、弾けるように全身を巡る!さっきより断然強く感じ取れる、俺の全身を包み込むような気の流れ。これが気を“練る”ってやつか!



「ガアアアァァァア!!」



サイクロプスが急接近!待ったなし、だな!



「練り上げた気を全て、一撃に込めろ!」



全身を力強く流れている気を胸へ、肩へ…肩から腕へと流していく。…いける。目の前へと迫ったサイクロプスに合わせて、俺は剣を抜き放つ!


完璧なタイミング。敵の攻撃が到達するよりも早く、俺の剣がサイクロプスの脇腹に届く。刃はサイクロプスの肉を裂き……



「っ!?」



刃が、通らない!?

両断するつもりで放った一撃。黒羽の剣の刃は敵の頑強な肉体に阻まれ、深くは通らず、代わりに押し退けるようにサイクロプスをふき飛ばした!そのままサイクロプスは壁に激突。


サイクロプスを吹っ飛ばした…気を練ることで得られた、凄まじいまでの瞬発的膂力りょりょく。でも…


斬れ…なかった?



「お前の“気”が剣まで。お前の“振り”に、剣が追い付いていないんだ」


「!!?」



いつの間にか俺の背後に立っていたバトスさん。



「来るぞ…集中しろ」



バトスさんは俺の肩に手を置き、囁く。



「練り上げろ…練り上げた気を


「!…」



俺は剣を後方に引き、構え、気を練る。全身を充足された気が駆け巡る。サイクロプスが立ち上がり、再び突進してくる。



「身剣一体……剣の握りから切っ先まで、お前の身体の一部だと思え…」


「……」


「練り上げた気を流し、集め、留めろ…」



バトスさんの声に従って、俺は気を流していく。俺の腕を伝って、黒羽の剣に気が流れ込むのを感じる…。



「…いいぞ、行ってこい」



俺は接近してくる敵に向かって大きく踏み込み、斬り上げた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る