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どのくらい経っただろうか。そろそろこの世界の日付が変わる頃だろうか。

今日は一日中戦い通しだ。スキルを使ってはいないからMPやAPは減ってはいないが、どっしりとした疲労感が身体にのしかかっている。だけど遂に…



「ここがこの階層の最深部…ですね」



狭い通路から打って変わって開けた空間。視界の先にある巨大な石の扉。第一層と同じなら此処でボスモンスターが出現するはず…。



「どうするナギ?今日はもうこの辺できりあげるか?」


「…いえ、この階層までは突破しておきたいです」


「…よし」



俺は巨大な扉へと近づき、そっと手を触れる。



「………」



数秒の後、開けた空間の中央に異変が起こる。地面が隆起し、そこから溢れ出るように吹き上げたのは黒い水。泥のような粘性をもったその水は意志を持っているかのように蠢き、集まり……さぁ、何が出る?



「来るぞ、ナギ」


『強い力を感知。警戒してください、マスター』


「……!」



現れたのは、赤い体表の人型の魔物。筋骨隆々とした身体、両の手に握られた二本の手斧ハンドアックス。耳まで裂けたような大きな口から覗く、鋸状に並んだ鋭く長い歯…そして、顔の中心に収まる



「へー…」



一筋の汗が頬を伝う。武者震い…と言うやつかな?小刻みに手が震えている。



「ギャガアアアァァァァァァアア!!!」



ソイツが天に向かって吠える。その咆哮に共鳴するかのように、空気がビリビリと振動する。



『敵個体の解析完了。レッドサイクロプス、レベル55。特殊攻撃はありませんが、驚異的な身体能力からくるパワーとスピードには充分な警戒を。接近戦、肉弾戦を得意とする魔物です』



サイクロプス…ね。


思わずニヤケてしまう。リラの山道で遭遇したサイクロプスとは見た目がかなり違うな。全身赤いし、そもそもそこまで大きくない…というか普通の人間サイズ。だが、向かい合って感じる威圧感はリラの山道のサイクロプスと比べても遜色ない。間違いなく、強敵。



「ふ…ハハッ……


『マスター?』



以前手も足も出なかったサイクロプスとはずいぶん姿が違うが、サイクロプス戦……リベンジマッチだ!!


俺は鞘から剣を抜き放ち、構えた。







これはいくらなんでも…かな?



向かい合い、共に警戒するナギとレッドサイクロプス。俺、バトスは見守りながらも戸惑っていた。


まさかこんな奴が出てくるとはな。レッドサイクロプス…サイクロプスの変異種。通常種のサイクロプスと比べれば小柄もいいとこだが、その凶暴性と戦闘能力は正に化け物。センターギルドならでクエストが発注されるレベルの魔物。



「うーむ…」



そんな奴を相手にスキル使用禁止の縛り付きで1対1サシの戦闘……いや、ちょっと無茶じゃね?



「っ!!」


「あ、待てナギ!」



そんな俺の思考をよそに、ナギが駆け出した。






「っ!!」



俺は意を決めてレッドサイクロプス目掛けて走り出す。警戒レベルを最大にまで引き上げろ!…敵の一挙一動を見逃すな!全てに反応しろ!


俺とサイクロプスの距離が縮まっていく…まだ距離はある。先ずは様子見…深追いはせず、陽動を織り交ぜた攻撃で…!?


目測でまだ20mは距離があったであろうレッドサイクロプスの姿が…



「は?…」



気付いた時には目の前に迫っていた!速すぎ…!!



「ぐあっ!!!」



面食らった俺は手斧による一撃を何とか剣で受けるが、そのまま吹き飛ばされダンジョンの内壁に激突した。


内壁にヒビが入り、舞い上がった土煙で視界が奪われる。HPの減りは…そこまで激しくないな。俺の耐久力も上がっているってことか。とは言え、今のアイツの速さと攻撃の重さ…ヤバい…



「ナギ!!」


「大丈夫です!まだやれます!」



どこからか聞こえたバトスさんの声に返答しつつ、俺は再び駆け出す。土煙に紛れ、ダンジョンの壁にそって走る。よし、敵側面に躍り出て…!!?


左方向から感じた“気配”。土煙を抜け出た先に、サイクロプスの姿が!


サイクロプスが手斧を振り下ろす!…が、俺は咄嗟に前方へと跳躍し、地を転がりながらこれを回避。空を斬った手斧の刃は深々と地に突き刺さる。ここだ!


俺はすぐさま体勢を立て直し、敵に斬りかかる。しかし、サイクロプスは地に刺さった斧から手を放し、そのまま横殴りの裏拳を放ってきた!



「うぐっ!!」



どうにかその拳を左腕でガードしたが、再び遠く吹き飛ばされ壁に激突する俺。レッドサイクロプスは悠々と地に刺さっていた手斧を拾い上げる。今度も一応なんとか攻撃を防御できたが、一瞬たりとも気が抜けない…これは…ヤバい…



「ゲヒャヒャヒャ…」



余裕の笑みを浮かべるレッドサイクロプスがゆっくりと歩み寄ってくる。あぁ…ヤバい…



「ナギ!一度下がれ!」



バトスさんが俺を庇うように前方に躍り出た。サイクロプスも歩みを止め、警戒している。



「バトスさん…」



俺は立ち上がり、バトスさんの前に出る。



「すみませんバトスさん…ちょっと退いてもらってていいですか?」


「!?…ナギ?」



俺は剣を構え、サイクロプスと睨み合う。

スピードもパワーも間違いなく向こうが上、スキルも使えない、剣一本とこの身ひとつで抗うしかない……あぁ、ほんとに…




「ナギ、お前…」


「ヤバい…



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