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バトスさんはゴーレムに向かって駆け出し、高く跳躍。ゴーレムの肩口から、落下の勢いそのままに斬りつけた。



「ガガガゴ!」



ゴーレムの巨体に傷が刻まれ、HPが減少する。しかしすぐにその傷は塞がり、ゴーレムのHPも回復してしまう。



「今の一撃は別に手を抜いたわけではない。紛れもなく全力で放ったものだ…ただし、…だがな」



ゴーレムの反撃を意にも介さぬ様子でひらりひらりと躱しながらバトスさんは言葉を続ける。…凄い、動きに全く無駄がない。



「では次だ」


「ゴガッ!?」



ゴーレムの拳を剣で弾き返し、距離を取ったバトスさん。剣を鞘に納め、前傾姿勢で構える。



「殺気、心力、念、覇気、チャクラ…呼び方は様々だが、俺の生まれ故郷ではを“気”と呼ぶ…」



構えを取ったまま話し続けるバトスさん。なんか、雰囲気が…変わった?…



「“力任せに振るうだけの剣は剣にあらず”…俺の師匠の言葉だ」


「ガガガ」



体勢を立て直したゴーレムがバトスさんに向かって行く。



「…“気”を練り上げ、敵の“気”を読み……自身の呼吸ひとつ、心臓の鼓動ひとつ、あまさず制御しはいしろ…」


「ゴゴゴガアァァ!!」



ゴーレムの口が開き、魔法陣が出現。アレは!…土魔法が来る!



「より速く、より深く…より鋭く!……練り上げた“気”その全てを乗せて…」


「ガアアァァァア!」



ゴーレムの眼前の魔法陣が光を放ち、魔法が放たれるかに思われた次の瞬間…



「…振り切れ!」



スパン――――


放たれたのは、居合斬り一閃。頑強なゴーレムの巨体が、縦真っ二つの一刀両断。切り裂かれたゴーレムの身体から飛び出した赤く光るコア。そのコアにヒビが入り…軽い音と共に砕け散る。



「な……」



圧倒されて声も出ない。コアを失ったゴーレムの身体は砂となって崩れ落ちていく。



「今の一撃はスキルではないぞ?己の経験と鍛錬で培ってきた技術と“意志”をのせた、…だが威力は、ご覧の通りだ」



バトスさんは剣を鞘に戻して、歩み寄ってくる。



「お前さんは高い戦闘センスを持っている。敵を視て学習し、戦闘を組み立てる…悪くはない。悪くはないが、初めて相まみえる強敵を前にして、じっくり視ている暇があるか?」


「‼…」



…ない。マイルやノノ…仲間がいればまだしも、1対1、はては複数の敵を相手にする場合はそんな悠長な暇なない。そこを補ってくれていたのが、スキルや仲間の存在だった。それらを失った状態で戦って、俺の弱点が浮き彫りにされたのだ。



「敵の気を読めば、相手の攻撃を封殺できる。自身の気を操れば、お前の剣の一振りが、お前の一挙一動が“技”となる」



つまり…これから俺が身に着けるのは、実際の、現実の…。



「はは…」




…クルド村で何も守ることが出来なかった。手も足も出なかった…。どんなゲームで負けるよりも悔しかった。


…いいね、やってやる!やってやろうじゃないか!



「お願いします、バトスさん…俺は、強くなりたいです!」


「良いだろう…まずはこの“気”を操る術を叩きこむ。それが修行のだ。チャンバラごっこは卒業してもらうぞ、ナギ」


「はい!!」



重たい音を立てて、閉ざされていた扉が開く。その先には、更に下へと続く階段が…。



「では行くか…この先もスキルの使用は禁ずる。やれるか?」


「…はい!」



俺達は、ダンジョン第二層へと足を踏み入れた。





王都クランツ センターギルド



「ハリスさん、こちらへ!」


「どうした?ルルアに何かあったのか!?」


「それが…とにかく見ていただいた方が早いかと…」



マイネに先導され、ハリスはセンターギルドの一室へと通される。そこはクルド村での事件以来、眠ったままのルルアの病室だった。



「……」



ルルアの意識は依然戻ってはいないが、ベッドで眠るルルアは静かで穏やかな呼吸を繰り返している。



「…なんじゃ?何かおかしいところでもあるのか?」


「これを…見てください」



そういうとマイネは掌をルルアの額にかざす。マイネの掌から淡い光が零れ、ルルアの額を照らす…



「‼…これは!?」



光に反応するかのように、ルルアの額に黒い紋様が浮かび上がる。鎖と蛇が絡み合っているような図柄と幾何的な文字の、黒い紋章。



「ハリスさん…これは一体?」


「…解らぬ。見たことのない術式じゃ…。この事をリリアさんには?」


「まだ伝えていません」



マイネが掌をかざすのをやめ、光が当たらなくなるとルルアの額の黒い紋章も消える。ハリスは神妙な面持ちでルルアを見つめる。



「容体は安定しています。いつ目を覚ましてもおかしくないはずなのですが…」



その時、ドアが開く音がしてハリスとマイネは会話を中断。中に入ってきたのは、ルルアの母、リリアだった。



「あぁ…ハリスさん」


「リリアさん…少し休んだ方が良い。ほとんど寝ずにルルアを看ておるのじゃろう?」


「いえ…私は大丈夫ですので、ありがとうございます」



その時だった。



「…ん……」


「「!!」」



ルルアが僅かに声を漏らし、表情に動きが見えた。



「!…ルルア!?ルルア!?」



リリアがベッドに駆け寄り、声をかける。だが、ルルアは再び眠るような呼吸を繰り返すだけで、反応を示さない。



「今、少し表情が動きましたね…大丈夫、もうすぐ目を覚ましますよ」


「はい!…はい!ありがとうございます」



マイネがリリアの肩に手を当て、優しく声をかける。リリアは涙を浮かべながら、何度も頷いた。



「……ではリリアさん、あまり無理はなさらんようにのぉ」


「はい…ありがとうございます」



ハリスはマイネに目で合図を送り、二人は部屋を出る。歩きながら二人は声をひそめて会話する。



「どうしましょう…ハリスさん」


「術式の正体がわからん以上、手が出せん…」


「悪いもの…なんでしょうか?」


「…どういう効果の魔術かはわからんが……間違いなく“呪い”のたぐいじゃ」


「そんなっ!」


「とにかく、リリアさんにはまだ伝えるな…あの術式については色々と調べる必要がある」


「…わかりました」




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