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「ルルアももうすぐ10歳になるんだな…」



ドルージはそう言うと果実酒を口に含み、風味を楽しむ。



「…やっぱり、香りが薄いなー」


「仕方ないさ…出来の良い酒は全部奴らに持っていかれちまったからな」



ルーシュとドルージは静かに言葉を交わしながら酒を飲む。ドルージはグラスを手に持ったまま立ち上がり、家の中を見渡す。



「おっ!懐かしいなー、名も無き英雄の物語か!」



ドルージが本棚にあった一冊の絵本を手に取る。



「子供の頃よく読んだよなー!この絵本の英雄に憧れて、ごっこ遊びしてたな!」


「あぁ…その絵本はルルアも好きでな」


「へー!かっこいいもんなー、英雄…」



ドルージは絵本を開く…






『名も無き英雄』



むかしむかしのこと


この世界に住まうものたちは、よく争いを起こしていました。


人族、獣人族、竜人族、魔人族…様々な種族の人々が同じ世界に住んでいる。


ただ、それだけのことなのに争いが無くなることはありませんでした。


星の数ほどの人々が暮らす世界。


争う理由も星の数ほどあるのです。



そんな世界のとある国で、いずれ“英雄”と呼ばれることになる男の子が生まれました。


ですが、その男の子はお父さんもお母さんも知りません。


自分の名前も知りません。名前があるかどうかもわかりません。


皆が争いに夢中で、男の子は生まれて間もない頃に捨てられてしまったのです。


それでも男の子は必死に生きました。皆が命を奪い、奪われる中、男の子は自分の命を一所懸命に拾います。



そして、彼は大きくなりました。


彼は世界を旅してまわります。旅をしながら、色んな種族の人達とお話しました。



彼は魔人族にたずねます…


「あなたはなぜ争うのですか?」――「髪の色が違うからだ」


彼は竜人族にたずねます…


「あなたはどうして争うのですか?」――「瞳の色が違うから」


彼は獣人族にたずねます…


「どうして争うのかだって?…アイツらが奪うからさ」


彼は人族にたずねます…


「なぜ争わなければならないの?」――「私達と違うからさ」




なんてつまらない世界なのだろう。彼はそう思いました。


彼は考えました。そして彼は思い付きます。


皆が仲良くなれる、とっておきの方法を……







ドルージは数ページだけ流し読みしてパタリと絵本を閉じる。



「…この物語みたいな英雄が現れてくれたら良いのにな」



ドルージは悲しげな笑みをルーシュに向ける。



「英雄…か」



ルーシュの頭にルルアとの思い出が蘇る…







次の日…



「…シケてんなー。今日の税はこんなもんか!?」



今日もシェンフールの男達が村にやってきて、取り立てを行っている。村の中央に陣取っている男達に、村人がそれぞれ貢物みつぎものを受け渡していく。



「……よし!」


「アナタ?…」



ルーシュは気合を入れるように一言放つと、男達のもとへと向かっていく。そして…



「お願いがあります!!」


「あ?…」



ルーシュは地に膝を着き、頭を下げる。



「私の娘が行方不明になっております。…どうか、探しに行かせてください!」


「は!?お前、何言ってんだ!?この村から逃げ出すとどうなるか…」


「必ず戻ります!もちろん、アナタ方の事はセンターギルドにも口外しません!…どうか、どうか娘を探しに行くことをお許しください!!」



ルーシュは地に額を擦り付け、懇願する。シェンフールの男の一人が剣を抜いてルーシュに近づく…



「アナタ!!」



リリアが慌ててルーシュに駆け寄ろうとしたその時。



「私も、お願いしたい!!」


「!!?」



ルーシュの隣で、膝を着き頭を下げる男。



「お前…」



それはルーシュの友、ドルージだった。



「私の息子も、隣の男の娘と一緒に行方知れずになっています!…どうか、村へ出て探すことをお許し頂きたい!!」


「ドルージ?…」



ルーシュは混乱する。それもそのはず…


ドルージに息子などいないのだから。



「はぁー…馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんなもん信じると思ってんのか!?まだ逃げ出そうと考えるヤツがいるとは、“見せしめ”が足りないみてぇだなぁ!!」



二人を見下ろす男が剣を振り上げる!!



「待て」

「!!」


紫の頭髪に、複数のピアスが目立つ男、ザイが言葉を発する。



「子供を救いたいだなんて、泣けるじゃねぇか…おい、剣を下ろせ」


「は、はい!」



ザイに制され、男は振り上げた剣を鞘に戻す。



「そ、それでは…お許し頂けるのですか!?」


「あぁ、良いだろう」


「!!」



ルーシュとドルージは顔を見合わせて喜ぶ。



「だが…村から出れるのはどちらか一人だ」


「「!」」


「今からお前等二人で“ゲーム”をしてもらう。勝った方が村を出ることを許してやろう」


「そ…」

「それで構いません!ありがとうございます!!」



ルーシュの言葉を遮り、即答するドルージ。


ドルージ…お前、一体何を考えてるんだ?


ルーシュは隣で頭を下げる親友の横顔を見つめていた。

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