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クルド村をシェンフールに占領されて、1か月が経過した。その1か月で18人が殺された。男達に歯向かった者、村を捨て逃げ出そうとした者、に従えなかった者…そのこと如くが捕らえられ、見せしめとして村人達の目の前で殺された。



「…………」



シェンフールが村に課したルールは3つ。


毎週、として一定以上の金品や食料をシェンフールに献上すること。村から逃げ出さないこと。そして、村に余所者が立ち寄った場合はに嵌め、その身柄を差し出すこと。


外部との交易も殆どなく、元々あまり裕福ではないクルド村の生活は、あっという間に苦難に立たされた。村人は税と称した取り立てに喘ぎ、飢餓に苦しみ、逃げ出そうとした者は殺される。



「地獄だ…」



ルーシュは膝を抱えたまま、ぽつりと呟く。その表情には1か月前とは別人と見紛う程に、苦悩が刻まれている。


以来、ルルアを探しに行くこともできず、この村で飢えを凌ぐだけの毎日。シェンフールの連中は、この村の近くのどこかに拠点を敷いているようで、週に2,3度村に来ては税の取り立てや見回りを行う。


税を納めることが出来なかった者はあっけなく殺され、消えてゆく。転移者に殺された者は遺体も残らない。満足に弔ってやることもできない。村人達は次第に尊厳を失い、心まで支配されていった。


稀に物好きな旅人や行商人が村を訪れることがある。その者達をシェンフールから渡された“睡眠薬”で眠らせ、鎖につなぎ、男達へ引き渡す。それを達成した場合、“褒美”として村人全員に僅かながらの食料が配られた。今となっては、嬉々としてこの村を訪れる余所者をおとしいれる村人まで現れる始末。これを地獄と言わず、何と言わしめるのか…



「ルルア…」



ルーシュの頭に、輝くような純白の髪をなびかせ微笑む少女の顔が浮かぶ。彼の正気を支えているものは、何処にいるかもわからない愛娘への想い、ただ一つであった。


必ず、もう一度娘に……


使命感にも似た想いだけが、彼の人としての尊厳を保っている。それほどに彼は憔悴しきっていた。



「アナタ…少しは食べて…」



妻のリリアが料理を運んでくる。具の殆ど入っていない薄味のスープに、傷みかけた果実…。ルーシュは“要らない”と一言こぼすと、横になる。小さな花の模様の髪飾りを握りしめ、ルーシュは小さく嗚咽を漏らした。



「ルルアは…今どうしているのかしら…」



隣に腰を下ろしたリリアが呟くように言う。


ルルアを探し出して助けに行きたい。だが助けて、その後どうする?…この村に、こんな地獄のような場所に、ルルアを連れ帰るのか?…そんなこと…


陰鬱な思考がルーシュの頭をぐるぐると回っていた。そんな時だった。



コンコン――



「?…」



家の戸を叩く音。リリアが玄関へと向かい、扉を開く。



「今晩は…ルーシュはいるかい?」


「ドルージ!…」



入ってきたのはルーシュの幼い頃からの友、ドルージであった。


クルド村は獣人族の中でも猫耳族と呼ばれる、猫の獣人が暮らす村だ。例にもれず、ドルージも猫の獣人なのだが、そのどっしりとした体格と黒い剛毛の髪の毛は、猫というよりは熊を思わせる。


そんなドルージは、ルーシュの顔を見ると…



「やつれたな…ルーシュ。少し酒でも飲まないか?」



そう言って、優しく微笑んだ。



「……ドルージ、調子はどうだ?」


「良い…わけないだろ?このままだとスリムボディを手に入れちまいそうだよ」



少々やつれはしたものの、昔から変わらない親友の軽口と微笑みに、ルーシュはほんの少し、笑みをこぼした。








そんなルーシュを嘲笑うかのように、悲劇は、牙をむくことになる。

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