第2話 儚き日々
天女のような女性、桜と出逢った次の日、司は胸の高鳴りと共に目を覚ました。夢の中でも桜に会っていたような気がした。そう、あの美しくも切ない瞳が彼を射貫き、また金縛りにあってしまいそうだった。それでも心臓だけはうるさく早鐘を鳴らしていた。ふと司は思った。昨日の出逢いは現実だったのだろうか。まるで白昼夢を見ていたかのようだった。桜という女性はあまりに儚げで、とてもこの世のものとは思えなかったのだ。
その日は結局桜のことが気になって勉学にも集中できなかった。大学で愛について研究している彼だったが、この桜への気持ちと胸の高鳴りはどんな偉人の言葉でも説明がつかないように思えた。そんな大学からの帰り道、司は行きつけの和菓子店に寄った。桜にもう一度会うのに、手ぶらではいけないと思ったからだ。ガラスケースの向こう側に並べられた色とりどりの菓子たちの中に、桜を思わせる小さく美しいものがあった。司は迷わずそれを購入した。そして桜並木を通って、昨日上った石の階段のある場所に向かった。果たしてそこに山に上るための階段はあるのだろうかと、一抹の不安を抱えながら。
結局、そこに階段はあった。昨日のことが夢ではなかった証拠を一つ得て、司は足取りも軽く階段を上って行った。彼の耳に、昨日と同じ美しい音色が届き、彼の胸を高鳴らせた。急いで階段を上りきるとそこには、美しい桜の大木と天女のような女性がいた。
「桜……さん」
司は小さな声で声をかけた。それでも桜は気づいたようで、笛を吹くのをやめ、瞼を開いた。そして司を認識するとふんわりと、しかし儚げに微笑んだ。
「司様。また来てくださったのですね」
「ええ。約束しましたから。そうだ。今日はお土産があるんです」
どこまで近づいていいものかと恐る恐る桜に近づくと、司は和菓子の包みを開いてみせた。
「まあ。とてもきれいですね。これをわたくしに?」
「はい。この菓子を見たとき、あなたを思い出して……」
そこまで言ってから司は、遠回しに桜が美しいと言ってしまったような気がして顔を紅くした。
「ありがとう。とてもうれしいです」
桜は愛するものを見るような優しい瞳で和菓子を見つめた。
「いただいてもよろしいですか?」
「ええ。もちろん」
桜は司から和菓子を受け取ると静かに口をつけた。その動作さえ美しかった。
「おいしい。とてもおいしいです」
「それはよかった」
司はほっと一息つき、笑みを浮かべた。
「素敵な笑顔ですね」
「え? そうでしょうか?」
「はい、とても」
桜の言葉に司は思わずうつむいてしまった。恥ずかしかったからだ。
「司様、またこうして会ってくださいますか?」
「も、もちろん。そうだ! 今度は西洋の珍しい菓子を持ってきます」
「ふふ、楽しみにしておりますね」
並んで話す二人の頭上に、いつまでも、いつまでも桜の花びらが舞い散っていた。
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