日記を300万文字書いたけれども人生は変わらなかった話

 2004年1月1日『第一章――初まり――カウントダウンがはじまった。3…2…1、お寺の鐘がなり僕は、窓を開けた。さっきまで曇ってたのに月が顔を出した。僕はこの日初めて、天体望遠鏡で月を見た。初めてこんなに美しいものをみた。』


 僕が小学6年生(12歳)のときに書き始めた日記の序文であり、それから12年間、ずっと日記を書き続けている。執筆文字数は、電子化をした2010年以降の分だけでも245万文字に達する。アナログで書いていた分も合わせると、日記の総執筆文字数は300万文字を優に超える。


「日記をつけると人生が変わります!」と主張する自己啓発書を読んだ。子供の頃から歯磨きの習慣のように書き続けてきた身としては、まったく実感がない。日記のおかげで救われたとか、生き方が好転したとか、そのような効果は僕にはなかった。


 むしろ「あのときの僕はなんて馬鹿だったんだ!!!」みたいな後悔の念を呼び起こす作用の方が、日記には多い。


 だけど、日記は楽しい。


 読み返すのが楽しい。


 そこら辺のエンターテインメント小説よりも、自分の日記のほうが遥かに面白いと思うのは当然のことで、なぜならそれは僕の物語であり、僕自身のことが書かれているのだから、面白くないはずがないのだ。自分が主人公なんだから!


 日記は人生を変えない。けれど、良い娯楽にはなる。


「人生をもっと良くしなきゃ!」なんてハードルの高い目標を立てなければ、日記ほど長続きして楽しい趣味はない。というわけで、日記のススメ。



 ◆【日記はパソコンのメモ帳でOK「検索」できた方が面白い】


 読み返すときの利便性を考えると、日記はパソコンの「メモ帳」に書いていくのが最強である。テキストデータだと、日付けや文字列での検索がすぐにできる。


 ある日セブンイレブンに立ち寄ったとき、レジでnanacoカード出した。ナナコ(キリン)の、のほほんとした顔を見て「そういえば最近、リアルでキリン見てねぇな……。最後に僕がキリンを見たのは、いつの日だったか……」と疑問を抱く。


 そんなときこそ、日記の出番だ。


 僕はスマートフォンをポケットから取り出して、Kindleアプリを立ち上げる。Kindleのパーソナルドキュメントに「日記.txt」が保存されているので、ファイルを開けて『キリン』で検索をかける。


 ――――――――――

 2013年04月08日(月)晴れ

『就職活動。◯◯社のグループディスカッションに参加する。議題は「動物園の動物は幸せか否か」だった。僕は《動物園》が《企業》のメタファーであると考え、動物園の動物は幸せであるという方向に話を持って行こうとする。ところが《不幸派》の意見が強く、ひとりが「管理されるのは可哀想だ」と言い出したあたりから場には不穏な空気が立ち込めていた。僕は混乱して、動物園に行ったらキリンもゾウも笑った顔をしていた、と意味不明なことを口走ってしまったが……(中略)……作戦は失敗だった。こんなことなら進行役に立候補しておくべきだった。』

 ――――――――――


 あ、これではないや……。今度こそ……。


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 2012年10月05日(金)晴れ

『フォトコンテストの写真を撮るため、天王寺動物園へ。キリンやカバなどを撮る。笑ったワニが可愛い。ワニがこれほどまでに可愛い生き物だとは知らなかった。帰りに、カップルの男女二人に写真撮影を頼まれる。僕はカメラを引き受けて、ワニのように笑った。』

 ――――――――――


 そうかー、最後に動物園に行ってキリンを見たのは、もう4年も前のことなのかー。と感慨に耽る。


 ネットサーフィンのごとく「日記サーフィン」をしていると、ついつい読み耽ってしまい、時間が過ぎていく。そういう時間が好きだ。



 ◆【アナログももちろん良いものだ……。】


 デジタルのテキストデータで日記を保存すると、バックアップが取り放題だ。txtファイルを放り込めば、Kindleやスマホでも読める。検索機能だって、デジタル日記に敵うものはない。(なにせ、2010年から2016年までのすべてのデータがひとつのファイルに入っているのである。年を跨いでの検索なんてお手の物)


 ファイルサイズがメガバイトを超えると、デフォルトの「メモ帳」だと心許ない。僕はテキスト編集は「サクラエディタ」を愛用している。


 しかし、紙とペンで記録するアナログの日記も、なかなか捨てがたい。


 僕は2004年から2009年までは紙と鉛筆で日記をつけていて、日記にはイラストもよく描いていた。新聞の切り抜きを貼ったり、テレビ欄を貼り付けたり、時間割表を貼ったり、右下にパラパラ漫画を描いたりと、アナログ日記ならではの楽しみ方をしていた。


 ふとページを開けたら、何処ぞで拾ったカラスの羽がセロハンテープで貼り付けてあって、ぎょっとした。さすがにデジタルでは真似できまい。


 今となっては便利なデジタルからアナログに戻すつもりはないけれども、手書き時代の日記も良かったなぁ……と、今読み返してしみじみと思う。朝顔の観察絵日記なんかも見つかって、本当に懐かしい。


 一方でデジタルは「追記」を自由に挿し込めるメリットが大きい。たまに僕は『未来の自分へ』という手紙を日記中に仕込んでいる。そして何年か経ったのち、返答を(2016/07/09:追記)といった感じで書き入れる。


 さらにその追記が「過去のもの」となった時点で改めて読み返すと、複数の時系列の《自分》を俯瞰できて、大層面白い。まるでタイムトラベラーになったような気持ちになれる。



 ◆【夢日記が見せる明晰夢】


 高校3年生から大学2年生くらいにかけては、現実の日記と合わせて「夢日記」をつけていた。夢日記をつけると、夢が日に日に鮮明になってゆく。夢を自在にコントロールできる「明晰夢」や、現実世界のような空間を遊び回れる「体外離脱」ができるようになる。


 明晰夢も体外離脱も、どちらも夢の一種に過ぎないのだけれど、そのオカルト的な神秘体験は凄まじいショックと中毒性を持ち、僕も一時期は現実を疎かにして夢の世界に溺れ浸っていた。


 さきほどの《キリン》で検索をかけると、夢日記のほうもヒットする。


 ――――――――――

 2013年06月29日(土)晴れ【夢日記】


『動物園のなか。ライオンの子供があくびをしている。ワニたちが大喧嘩をしている。失恋したキリンが神獣となって檻を抜けだして、人々をパニックにさせる。雷鳴。


 僕は、動物園内の皮製品のショップを見ている。(死んだ動物の皮が剥がれて売られている)こんなことをするからキリンが怒るのだと僕は必死になって訴える。


 刃物を研ぐ職人さんが、笑って昆虫標本を見せる。蝶が串刺しにされている。


 バス停にいると、眼鏡をかけた男の人から声をかけられる。最寄りの駅への行き方を訪ねられたが、僕にもわからなかった。


 一緒に歩いていると、男性が「もしかしてTwitterされてます?」と聞いた。私は、笑みを浮かべながら「えっ、誰のことですかねぇ。◯◯さん」と返す。※仲の良いフォロワーさんの名前』

 ――――――――――


 ……というふうに、フロイトやユングに見せたら何か分かるかもしれないが、僕には意味不明だ。ここまで支離滅裂だと小説のネタとするのも難しく、シュルレアリスム文学の可能性はあるが……あまり生産的とも思えぬので夢日記は今ではやめてしまった。


 夢日記をつけていた頃は、けっこう精神不安定な時期で(それが夢日記の弊害とは限らぬが)とにかく夢日記は精神をそれなりに消耗する。


 なので手放しには、夢日記はお勧めできない。



 ◆【短歌を書こう!】


 日記を読み返していると、短歌やポエムもたくさん見つかる。そのほとんどが黒歴史だが、後で読み返すとクスッとなるものも多い。


『泣く君の笑う姿が見たいから 僕は恋路の橋渡し役』(2012年10月20日)


『明日でも変わらず僕は生きている 夢と希望は自己愛と共に』(2012年10月21日)


『価値観を作って壊して貼りあわせ破って繋げて明日も生きる』(2012年10月23日)


『闇惑い因果で巡り逢う君と 中二病でも恋がしたいと』(2012年10月30日)


 ってクスッとじゃなかった……な、なんたる黒歴史……!!!



 ◆【日記は役に立たないけれど、面白い】


 ここまで読まれた方は「ああ、たしかに日記ってあんまり人生には役立ちそうではないな」という感じを掴みとってくれたかもしれない。少なくとも僕が12年間で300万文字を書いた実感で言うと、日記は人生に役立つものではない。


 たぶん、日記を書く時間を試験勉強にでもあてた方が、人生を変える力は大きい。


 それでも、日記を書くのは楽しいし。日記を読み返すのは面白い。


 それで良いんじゃないかと思う。


 見返りはいらない。


 自分専用の娯楽小説を書こう。自分のためだけに。


 読者は自分ひとり。僕が太宰治のような文豪にならない限りは、世に公開されることはないだろう。


 そういう物語がひとつやふたつあっても、良い。

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