ポケモンGOと孵化する格安スマホ
ポケモンGOには「卵を孵化させる」という機能がある。2km、5km、10kmと、歩いた距離に応じて生まれるポケモン(のレア度)も変わってくるらしい。僕もさっそくこの卵ちゃんを孵化させようと、ポケGOを起動させて六甲山を歩きまわる。
スマホをスリープすると、孵化に必要な移動距離がカウントされない。仕方なくスリープ機能をOFFにして、画面つけっぱで登山することにする。六甲山はウリムーとかがいっぱいいそうな雰囲気があるが、あれは新ポケだったか。山から下りてきたイノシシが、チューリップをよく食い荒らすのだ。
さておきそうして歩いていると、だんだんとスマートフォンが温かくなってくる。いや、温かいというレベルを通り越して、ホッカイロのようにホカホカしてくる。カバーを外して直に触れてみると「熱ッ!」と火傷してしまいそうなくらい。
僕はすっかり感心してしまって(なるほど……こういう原理で卵を温めて、孵化させるわけか……)と納得。最近のゲームは凝っている。音や振動でリアリティを与えるだけでなく、ARで現実と空想とを繋げてしまう。それだけでなく「温度」までもリアリティを追究するとは。
灼熱を帯びるスマホを片手に、僕は心配する。ポケモンが孵化するまえに、茹で卵になったらどうしよう。
六甲山の麓にある公園でひと休みする。汗を滝のように流し頭をクラクラとさせてくつろいでいると、僕の親友である
「焼身自殺をはかる吸血鬼ごっこでないとすれば、キミはいったい何をしているんだい」
江安くんが皮肉口調なのはいつものこと。平常運転だ。大学時代からの付き合いで、彼がどんなに悪いジョークを言ったとしても僕は気を許している。
「なにって、ポケモンGOだよ。今、卵を孵化させているところなんだ」
スマートフォンは熱くなりすぎていて、持つのも辛いくらいだった。頑張る。こんなことなら軍手を用意しておけばよかった。ハリポタのハグリッドも、ドラゴンを孵化させるときに手袋的な何かを装着していた。あんな感じのでハフハフしたい。
「へぇ……。意外とミーハーなんだね。で、なんのポケモンが生まれるんだい?」
「何ってそりゃあ、生まれてみるまではわからないよ。たぶん、中に入っているのは炎タイプのヒトカゲかブーバーだと思う。こんなに熱いってことは」
生まれてみるまではわからない。
生まれてみるまでは、わからない。
我ながら良い言葉だと思った。小説原稿だって、生まれてみるまでは傑作なのか、駄作なのか、判断のしようがない。未完の原稿は、まだ生まれていない卵と同じなんだ。孵化させるのに熱が必要なのと同じように、原稿を完結させるのにも、熱がいる。
ツンツン、と江安くんが、スマホの画面をつつく。や、やめろ。卵が割れちゃうじゃないか。
彼はしかし首を横に振って、アイロニカルな表情を浮かべた。
「これは熱暴走だよ。やめた方がいい。多分、ポケモンが生まれるより先にスマホがぶっ壊れる」
「な、なんだって。スマートフォンが割れて中からポケモンが出てくるだって!?」
錯乱。僕は卵を孵化させるつもりが、誤ってスマホを孵化させていたようだ。
江安くんは僕の手から無理やりスマホを取り上げる。液晶に指を走らせて、何やら調べている。
「なるほど。エイサーのLiquid Z530か。格安スマホのひとつだね。ジャイロセンサーが搭載されていないから、アプリのバッテリーセーバーモードが効かないんだ。にしても、ここまで熱くなるのは危ない」
そう言ってスマホの電源を切ってしまった。僕の手に返してくれる。
電源を切っても、スマホはしばらくの間ホカホカ石焼き芋状態だった。ポケGOアプリに問題があるのか、格安スマホに問題があるのか、両方なのかもしれないけれど。問題といえば今年の夏の暑さこそ問題であった。
「なんてことだ。僕の格安スマホでは、卵の孵化に耐えられないのか……。こうなったらiPhone8を買うしかないのか……そう、iPhoneなら!!」
「いや、おとなしく秋まで待つといいよ。少なくとも真夏はポケモンの産卵シーズンじゃない」
「そうか、秋まで、か……」
その頃までに、僕の心のなかの「熱」が残っていればいいけど。あと某所に連載している未完の小説を完結させなきゃなぁ……。
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夜。クーラーのよく効いた部屋でポケモンGOを起動させると、ズバットが次から次へと湧いてきて「わあい」と思った。モンスターボールがなかなか当たらず、運動会の玉入れを思い出す。あるいはズバットは、ドッジボールで避けるのだけがうまかった当時の僕によく似ている。
ズバットをゲットしてポケモン図鑑に登録する頃には、手持ちのモンスターボールをほとんど使い切ってしまった。
遠くから猫が「ニャオ」「ニャオ」と鳴く声が聞こえる。
ポケモンマスターへの道は遠いな……。かつてゲームボーイカラーで、ポケモンを遊んだ日々。あの頃に戻りたい。僕はその温かさを確かめるように、自分の左胸にそっと拳をあてた。
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