ライトノベルの主人公にはなれないと悟った二十歳の誕生日

 二十歳を過ぎた自分が想像できなかったので、僕は二十歳になる前に死ぬのだと思い込んでいた。中学二年生の頃からその思い込みは真実性を帯びていて、やがて自分のもとに《死神の少女》や《灼眼の戦士》や《撲殺天使》が訪れることを信じて疑わなかった。来たる日に備えて、毎朝、木刀で素振りの練習をしたし、夜になれば魔法陣の研究に励んだ。あるいは太陽に手を掲げ呪文を唱えてみたりなどしたが、何一つイベントは起こらなかった。そうこうしているうちに、二十歳の誕生日を迎えた。


 何かとてつもなく大きなものを失った気がした、マイバースデイ。放心状態で街を徘徊し、まだ一月の凍った大気のなかを彷徨い歩いた。空を仰ぐと新規建設された高層マンションの屋上が目に飛び込み、異世界のヒロインはもう二度と天から降りてこない、自分がライトノベルの主人公たり得る権利を剥奪されたかのような絶望感に目眩がする。もっと夢を視ていたかった。


 社会人になる従兄弟は「お前も今日から酒が飲めるな」と明るく言った。「そうですね」と答えたが、親をアル中で失くしている身としては、アルコールだけは死んでも一滴足りとも飲むものかと、そういった気持ちの方が強かった。僕は話題を変えるために「あ、アダルトゲームだってできますし」と一言付け加えた。せめて成人した証拠となるようなものが欲しいと思った。自分専用のパソコンを持っていないのでゲームは買えない。せめて、官能小説を買いに行こうと決心した。


 日が暮れかけていたが、もう一度街へ出かけて、今度は駅前の古本屋に向かう。古本屋にはアダルトのコーナーがあって、そこは一度も足を踏み入れたことがなかった。なんとなく背徳感にそそられて、タイトルに《妹》のつくアダルト小説を十冊ほど両腕に抱え、レジまで持って行った。本の表紙にはアニメ調でエッチな二次絵が描かれてあった。本の点数を数える店員さん(若い男性のアルバイトの人だった)の顔は苦笑いに歪んでいて、僕は耳の先まで真っ赤になった。けれども、このイニシエーションをクリアしたら、自分も大人になれる、そんな期待感でわくわくもしていた。


 深夜、日付が一時を過ぎた頃、学習机の蛍光灯に照らされ、黙々とアダルト小説のページを捲る。読んでいるうちに、だんだんと失望の色が強くなる。これじゃない、これじゃない、これじゃない、僕の求めている物語は――、《死神の少女》がいて《灼眼の戦士》がいて《撲殺天使》がいる物語なのだ。


 カーテンを開けて、満月の浮かぶ夜空に《My Desire is Darkness for Underground…》と呟いた。

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