僕と小説と、笑うカラス。
かれこれ七年くらい小説を書いていて「五条さんは文章がうまいですね」と大変ありがたい感想を頂くのだが、分かっている。この”分かっている”は、自惚れでも自負でもなくて、それはもう深い反省から発せられる言葉である。
すなわち、文章はおそらく見るには耐えるものなのだろう。しかし肝心のストーリーが、キャラクターが、てんでうまく書けない。というのは、本人が一番自覚している。
五千文字、長くて一万文字未満の短篇ならば、アイデアと筆力で押し切れる。だが長編小説となると、ボロが出まくる。プロット段階では芥川賞も夢じゃないぜってくらいの最高傑作で、意気揚々と書き始めるのは良いものの、だいたいいつも原稿用紙二十枚書くあたりで息切れして、ひどくつまらなく思えてしまう。
行き着くところ、僕の苦手とするのは「人間関係を魅力的に描くこと」であり、創作において抱える自分の課題が、人生そのものだと知ったのだった。
「どうしたらうまく書けるのだろうね」
ペットのロシアリクガメに愚痴をこぼすも、彼女は新調した赤玉土を掘り進めるのに一生懸命で、見向きもしてくれない。このリクガメはほとんど一日中、エサを食べるか、昼寝をするか、穴を掘るかのどれかなのだ。
「仕事を邪魔しないでちょうだい」とカメに怒られた気がした。
仕方がないので、僕はエア友だちの江安くんを連れて、散歩に出かけることにする。
京都河原町から四条大橋を渡って、鴨川沿いに北へと散策する。川ではハシブトガラスが水浴びしており、気持ちよさそうに羽をバチャバチャとさせていた。
その日は風が強く、西から東に風が吹いていたのだが、数羽のカラスが風に逆らうようにして、川の上を低空飛行するのだった。何か変だなと思って観察を続けてみると、カラスたちはどうやら向かい風に乗って飛ぶことで《空中停止》の状態を生み出す遊びに夢中になっていた。
風に押し戻されて川岸に着地するたびに、カラスはさも可笑しそうにケケケと笑った。もちろんカラスはケケケと笑ったりはしないのだけれど、僕の耳にはたしかにそのように聞こえた。
「愉快な鳥だね。ボクも生まれ変わったら鴨川のカラスになりたいよ」
江安くんがしみじみと言う。
ちょうどお散歩中のラブラドールレトリバーが川に向かって吠えかけると、カラスは目元に微笑みをたたえたまま、ワッと空に飛び去った。
ともかく僕も、ケケケ、と笑うべきなのだろう。創作を長続きさせるコツは、何よりも自分自身を満足させることなのだから。
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