半額の王様

 ダメ出しをされるのには慣れており、おのれの未熟さをよくよく自覚している。しかしそれでもショックを受けるのが人間で、ある日、なにげなくエゴサーチをしたときに見つけてしまった。


『五条ダンというやからはライター失格だ。文章がなっておらず読むに堪えない。聞くところによると《自称ライター》とのことで、ああやっぱりなという感じだ』


 読者から頂いた記事へのコメントは、おおよそそのような内容だった。効果は抜群。豆腐メンタルが儚くも砕け散る。


 ショックだった。だがそれは自分が不当な評価を受けたことへの憤りではなく、不安定なアイデンティティの急所を突かれたことによる揺らぎであった。


 ライター、失格。


 大学時代、就職活動に失敗したボクは、何者にもなれなかった。何者にもなれないまま、何とかしがみついたのがWebライターの職であった。


「ライター」の肩書きは自信と安心を与えてくれたが、そんなものは誤魔化しだ。ボクには出版社で働いた経験もなければ、本を出した実績も無い。本職のライターの半額以下の報酬を提示して、ようやく仕事を貰えている立場に過ぎない。


 そのような自分が「ライター」を名乗るのは、とてもおこがましいことで、ともすれば反感を買うものかもしれない。


 ボクは、何者でもない。


 きっと何者にもなれない者には生存戦略が必要である。


 何者かになること、何者かであろうことに苦しむのではなく、頑張るのではなく、何者でもない自分が心の底から何を愛し、何を成し遂げたいのか、正直に、真摯に、真剣に、目を逸らさず、等身大の自己の気持ちと向き合わなければと強く感じた。


 今日、十二月五日は関西でも真冬並みの気温で、駅舎を抜けると街灯の光を浴びた吐く息が白く濁った。


 駅前の百貨店は、地下がスーパーマーケットになっている。夕食もとい夜食を買って帰ることにした。夜の七時を過ぎるとさまざまなお総菜が半額で売り出されるのだ。


 エビフライもお刺身もコロッケも半額価格で買うことができ、懐が寂しい身としては大変ありがたい。両手にスーパーの袋を引っさげ、駐輪場へ向かう。このとき一階に上がって、フロアを通り抜ける必要があった。


 百貨店の一階フロアは、ブランド服や腕時計、宝石を扱う高級店がきらびやかに並ぶ。閉店間際の八時少し前になると、スーツ姿の店員さんがずらりと出てきて「ご来店ありがとうございました」と深々お辞儀をして客を見送るのが慣例となっている。


 そのなかをボクは、半額お総菜の入ったレジ袋を引っさげて歩くわけだ。まるで自分が場違いな世界に紛れ込んでしまったような気がして、そわそわと気恥ずかしくなる。


 一歩進むごとに店員さんからの丁寧なお辞儀を受け、何だか自分が「半額の王様」であるような気持ちになるのだった。

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