第3話 洞窟の中の侵入者

 先程まで泣き叫んでいたメディアは嘘のように今度は笑顔で俺の後ろをついてくる。


「えへ、えへへ……」


 照れくさそうに俺の手をにぎにぎしている。なんだこのかわいい30歳。

 ……俺の冷たい手のどこがいいのだろうか。

 とにかく泣き叫ばずに先に進めるのだから良いこととしよう。

 周囲は洞窟の中とは思えないほどに明るい。これはメディアの魔法の火のおかげだ。通常の松明よりも明るく、光は遠くまで届く。

 しかし快適なのは視界くらいであり、あとは通常の洞窟と変わらない。狭く入り組み、足場は安定せず、段差が多く、上下差が激しい。


「オースティン、大丈夫? 私は平気だけど息苦しくない?」

「まさか。平気ですよ。それよりメディア様こそ大丈夫ですか? だいぶ落ち着いていられるようですが」

「うん、心優しい気遣いをどうもありがとう。手を握っているとすごく安心できるの。これなら私、何が来ても怖くない気がする」

「なんでそう、自らフラグ立てるようなこと言っちゃいますかね……」

「フラグ? なにそれ、おしえてええええええええええええええええ!!?」


 早くもフラグ回収。メディアの大絶叫が洞窟内で反響する。その甲高い声に驚き、大人しくしていたコウモリの大群が何事かと大パニック。


「きゃああああああああああこうもりいいいいいいいいいいいいいいいい」

「なんていう悪循環! ちくしょう、この手は使いたくなかったんだがな!」


 腰を抜かしながらも大絶叫を止めないメディアの顔に俺は覆いかぶさる。


「きゃあああ! オースティン! だめよこんなところで!!」

「うるせー! 今はとにかく落ち着け!! まずは深呼吸!!」

「っひっひふー! っひっひふー! っひっひふー!」


 ちっとも面白くない下らないボケはさておき、メディアは落ち着きを取り戻した。


「もういいか? 離れるぞ」

「えっともう少しだけ……」


 俺はメディアから離れる。彼女は顔を赤らめ、少し涙を浮かべているが許容範囲内だ。


「いきなり叫んで何事ですか? 首筋に水滴でも落ちましたか」

「違う! 誰かが私の首筋に触ったの! すごく冷たい手だった! もしかしてオースティンのイタズラ!? そうやって私を驚かせて性的興奮してるんだ! エッチ変態悲鳴フェチスト!」

「誹謗中傷で魔女裁判起こすぞコラ。頭蓋骨万力の刑だ」

「いだああああいいい!! 裁判起こす前に刑執行とか魔女裁判より野蛮なんですけど!?」


 メディアは俺の手から離れると背中を見せて乱れた髪の毛を指を櫛にして梳く。魔法いらずですぐに元通りのストレートに。

 髪を梳くとうなじが露になるなど実に艶めかしい姿に俺はしばし目を奪われた。だがまあ性的興奮はしないのだが。


「まったく……オースティンのイタズラじゃないなら一体だれが……」

「あれじゃないですか。あそこらへんでふわふわ淀んでるやつ」

「ふわふわ淀んでる? なにそれ可愛い動物?」

「いや、ゴースト」

「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」

「なんだ、石扉が開く音の真似か?」


 メディアは白目を向いて気絶しかける。

 松明を頭上に掲げると天井の高い空間には無数のゴーストが飛び交っている。


「メディアの魔力に引かれてきたんじゃないかな……」


 普通ならゴーストは俺の目では目視できない。しかしここは魔力が満ちた空間。撒き餌に食いつく魚のように集まってきたのだ。


「ひいいいゴーストおおおお生気を吸わないでええええええ」

「いや大魔女。たかが亡霊ごときに生気を吸われないでしょ。むしろ腹を壊すんじゃあないかな」

「もお! オースティンは私のことを何だと思ってるの!」


 さすがにからかいすぎたかメディアは俺の体を押す。


「おっととと」


 バランスを崩して前に出る俺。

 すると無数のゴーストが俺に目がけて飛びかかってくる。何体もの霊が俺の体をすり抜けていく。


「ごめん!! 今助けるね!!!」


 稀代の天才魔女様は浄化魔法もお手の物。両手を組むと彼女の体から眩い光が広がり、洞窟全体を包み込む。


「う、あ、ああぁ……」


 ゴーストは最初は呻き声を上げるものの最後は気持ちよさそうな声を上げて光に溶けていく。

 光が収まるとゴーストたちの姿はどこにも見えなくなっていた。無事に浄化されたようだった。


「さすが魔女様。さまよえる亡霊に救いの手を差し伸べるとはお優しい」

「オースティン!! 体は無事!!? 呪いとか受けてない!!?」


 お世辞なんて聞こえていない。

 今度はメディアが俺に覆いかぶさる。俺は暴力的な乳に窒息死しそうになる。もしくはゴースト同様に成仏しそうになる。いや死にも成仏もしないんだけど。


「は、私ってばはしたない!」

「別に俺は気にしないけど」


 むしろもっとやってくれ。なんて口が裂けても言わないぞ。


「……」

「……」


 メディアは自分の体を抱いて背中を向けている。

 気まずい無言の間。


「……メディア様。こうしている暇はないでしょ? 早くトイレに行かないと」

「そ、そうだね。早くしないとね」


 そう言って彼女はまた俺の手を握った。

 はしたないと恥ずかしがるくせに手はしっかり握るんだな。まあ別にいいけど。

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