第39話 番外編「確定悪役令嬢」6

「えっと、ところで、悪役令嬢が未亡人ってどういうことなの……? 悪役令嬢は侍女を死なせるような問題児で、カランシアは復讐の炎を燃やしていて、殿下に婚約者はいないところからゲームが始まるっていうのまでは聞いたけど……」


 気になった部分に関して、私がおずおずと尋ねると、ラウルはぽんと手を打った。


「ああ、そうだったな。その先は知らないのか。実は悪役令嬢は、あまりに問題児過ぎるってことで、二学年の時に学園を辞めさせられてサントリナ辺境伯家に嫁に行かされるんだよ」


「はっ? 学園を卒業させてすらもらえずにうちなんかに送り込まれるなんて、どれほどの横暴と暴虐を尽くせばそうなるんだ……?」

 ルース様が思わずといった様子で口を挟み、私もそれに一部同意する。

「ここのうちに関してはともかく、中途退学は驚きね。女神のいとし子様をいじめたってことになってる私ですら、卒業式には出なかったもののきちんと卒業証書は貰っているのに。原作の私はどれだけのことをやらかしたの……?」


「そうそう。王家の名を冠する魔導学園を中途退学とか、この国の貴族社会で後ろ指さされまくりだよな。とても社交界になんて顔出せないくらいの恥だ。ま、俺も今それになりかけてるけど」

 はっはっはーと、本人は笑い飛ばしているけどこちらは全然笑えない自虐ネタを混ぜてラウルが言った通り、魔導学園中退なんてよほどの問題がありますと宣伝しているようなものなのだ。

 あそこは貴族の子どもたちの社交場の役割もあるから、そこからはじき出された人が、その後の場で認めてもらえることはまずない。


「……ごめんなさい」

 原因に心当たりしかない私が頭を下げると、ラウルは慌てて手を振る。

「いやだから、それはうちの母親とそれを止めるどころか手伝った父親が悪いんだって。ゲームの悪役令嬢と違って、俺はどうにか退学じゃなくて転校にできないかあがく予定だしどうにかなりそうだし。そうだろ?」

「まあ、そうね」


 お義母様の件は、今思えばもう少しうまいやり方があったんじゃないかという申し訳なさはあるものの、ラウルの言葉に素直に頷いた。うん。転校できれば良いだけだもんね。

 それにほっと息を吐いて、彼は説明を再開する。


「話を戻そう。悪役令嬢がやったことは、ヒロイン含む下級貴族へのいじめだな。でも、正直これだけなら、公爵家の権力でもみ消せるはずなんだよ。カランシアの初恋の子を死なせた件も、この段階では表立って罪には問われていないしな」


 原作の私、やりたい放題だな……。


「ただ、もみ消すためにも、っていうのと、なにより王太子の婚約者面してやつに付きまとっていた事が問題になって、早めに結婚させて遠方に封じ込めようって話になったってわけ」


 ラウルが続けた言葉に、私は深い納得を覚えた。

 原作の私はやりたい放題でも、私の家族は、そんな傍若無人をただ許すような人たちではない。そこは原作でも変わらなかったらしい。

 いやそんな問題児をサントリナ辺境伯家に押し付けるなよとは思うけど、その辺はきちんと説明するはずだし、辺境伯家も調査はしただろう。中退なんてしていれば問題があることは明らか。それでも魔力の多い娘であれば良いと受け入れたんだろうなって気がするんだよね。ずっとそんな議題があったらしいし、ルース様はあまりに自己評価が低いので。

 なにより、王太子殿下と物理的に引き離してしかも他の人と結婚までさせれば、いい加減現実を理解して諦めるだろうとみんな考えたに違いない。普通は諦める。


「学園にこのままいさせては、更に被害が公爵家でも手に余るほど広まるか深刻になるか、あるいは王家を怒らせかねない、となったわけね。遠方にやるから穏便に済ませてくれという、被害者との交渉もあったのでしょう。うん、それは、退学させるしかないわ」


 うんうん、と頷いた私に、ラウルも同意する。


「そうそう。だけど、当の悪役令嬢はそれがあまりに屈辱だと怒り、辺境伯、つまり兄さんだな、をさっくり毒殺して未亡人になって王都に舞い戻って来て、いとし子たちの敵として立ちはだかる。そんなシナリオだったんだ。だから、悪役令嬢が途中から未亡人ってわけ」


「なるほど、そうだったの。毒殺というのはなにやってくれてるのよ原作の私、と怒りたいところだけれど……、私とルースが結婚するのは、ある意味運命だったのね」

 きゃっとルース様の肩に顔を埋めながら私がそう言うと、色味こそ違えどよく顔の似た兄と弟が、兄は照れくさそうなはにかみ笑いを、弟はなんとも生ぬるい笑顔をそれぞれ私に向けた。


「はいはいしあわせそうでなにより。しかし、妻からの毒殺されフラグが折れたと思ったら、妻の方に刺殺されフラグたつとか。兄さんあまりにかわいそう過ぎてウケるよな」


 いや笑い事じゃないけど。

 ラウルの言い草にむっとした私は、ルース様の腕にぎゅっと強くしがみついて宣言する。


「殺さないし殺させないし死なせないし死なないわよ。絶対に」


「そうだな。それが良い」


「ありがとう、エマ。私も、末永くあなたのお傍にありたいと思います」


 今度はとてもよく似た、ふわりとやわらかな笑顔でラウルとルース様にそう言われた。

 うーん眼福。ラウルって、やっぱり顔だけは良い。というか、顔はルース様によく似てる。


「そういやさ、これはただの興味で訊くんだけど、当て馬っていったいだれだったんだ? 二番手の攻略対象者がいただろ? 女神のいとし子覚醒の現場で死にかけてたやつって言えば、わかるか?」


 ここまで色々なこちらの疑問に答えてくれたラウルに今度は逆にそう問われ、私は首を傾げる。


「二番手の、攻略対象者……? そんなの、いなかったと思うのだけれど……。いとし子ディルナちゃんがいとし子として最初に覚醒した現場で死にかけていたのは誰かっていったら、私だし」


「え、は、マジ? あ、あんたが死にかけたの? あんたが、悪役令嬢が死にそうになって、それを止めるためにヒロインが覚醒したわけ?」

 ラウルは半笑いで、そう問いかけてきた。


 いや、そんな半笑いで訊かれても。もしやそれほどに変なことだったんだろうかと思えども、その問いには頷くしかないんだけど。

 だって、事実、私が死ぬと思ってディルナちゃんが覚醒って聞いているもの。

 助けてくれたルース様のことしか見てなかった私にとっては、完全に後から聞いた話ではあるけど。

 でもあの場で、私以外の誰かがピンチだったなんて話は少なくともない。

 当て馬と呼べそうなほど、ディルナちゃんに特別な感情を抱いていたりディルナちゃんと特別親しかった男性なんて、王太子殿下以外にいないし。いや、殿下は当て馬じゃなくて本命だけど。


 ぎこちなくも頷いて認めた私を見てごくりとつばを飲み込んでから、そっとラウルは尋ねてくる。

「じゃ、じゃあ、嫉妬イベントも、終盤二人の男の間で揺れ動く展開もなにもなしだったわけ?」


「ああ、私とディルナちゃんが仲良すぎて、ほんのり殿下が嫉妬している気配は感じたことがあるけど……。揺れ動いては、まったくいなかったわね。ディルナちゃんも殿下も」


「マジかよ……。本命に据えるより当て馬に置いた方が輝くキャラとかいたのに……。けっこうこだわったところだったのに……。っつーか、ヒロインから悪役令嬢への好感度が高すぎるだろ……。意味がわからない……」


 私が正直に答えると、その返答に、ラウルはショックを受けた様子で頭を抱えた。

 まあ、ヒロインが王太子殿下を除くどの攻略対象者よりも、悪役令嬢のことを好いていたというのは、これだけを抜き出すと確かに変だけど。でもさ。


「ゲームなら楽しいかもしれないけれど、実際問題王太子妃ないし王太子妃候補が他の男と王太子を天秤にかけてふらふらするような人だったら、大問題じゃないかしら。私ならただの女友だちだから、どれほど仲良くても大丈夫だけど」


「そんなことがあれば、私が全力で燃やしてましたよ」


 私の言葉にぼそりと重ねられたルース様の問題発言に、場の空気が凍った。


 それ、(噂や評判的な意味で)炎上させるって意味よね? 炎上(物理)じゃないわよね?

 私から婚約者を奪っただけじゃ飽き足らず、他の男まで侍らせているなんて言語道断、地獄の業火に叩き込んでやるってことじゃないわよね……?

 あ、ダメだこれは確認するのがこわい。ルース様の目があまりにガチすぎる。


 この話やめましょう。

 そうだなやめよう。


 サッ、サッ、とラウルとそんな意図を込めたアイコンタクトを交わし、頷きあう。

 ラウルは話を切り替えるためにだろう、そこでコホンと一つ咳払いをした。


「えっと、これでお互いに、だいたい気になっていたことは話し終わった、かな? 改めて、これからしばらくお世話になります。兄さん、辺境伯夫人」


「いや距離感ー。ここまでこれだけ気軽に話しておいて、なんで私の呼び方が辺境伯夫人のままなのよ。あんたとか普通に言うくせに、それはおかしくない? もっとかしこまらない感じでいいのに」


 頭を下げたラウルに反射的にツッコんでから、ぐにゃ、と崩れ落ちそうになっている私が抱えたままの腕の主、すなわちちょっと嫉妬深くてすぐネガティブになってしまう我が最愛の夫ルース様の存在を思い出す。


「あ、待ってルース、絶望しないで! その、ラウルって、ルースに似た顔立ちで、私に近い色をしているでしょう? だから、将来私たちに子どもができたらこんな風かしらって思わずにいられなくて……。ルースに似ているからこそ、転生者仲間であることを抜きにしても親近感が湧くだけなのよ!」


 私の主張を聞いたルース様は、私、ラウル、私、ラウルと見比べて見比べて、どうやら納得してくれたらしく、ほっと息を吐いた。

 ただし、ルース様はほっとしてくれたが、ラウルは若干引き気味のようで、「いや母親気取りかよ……」なんて嫌そうに呟いているが。


「そのことに、なにか、不満が? まさかラウルは、エマに男として見られたい願望でもあるのか?」


 す……と冷たい目に変わって静かにそう尋ねたルース様に、ラウルは満面の笑みで元気よく答える。


「ないでーす! いやあ、家族として見てもらえるなんてうれしいなぁ! 光栄だなぁ!」


 実に手のひらが軽やか。小物臭がハンパじゃない。

 ルース様は、そんなラウルを仕方のない子だとでも言うような慈愛に満ちた苦笑を浮かべ見つめている。ルース様も、けっこうラウルのことを気に入ってる気がするな、これ。


「うん、そこまで言ってくれるなら、家族の距離感でってことで、ねえさんって、呼ばせてもらおうかな。つか、そういや勢いで既に呼んじゃってるけど、兄さんも兄さんで良いか?」


「ああ、もちろん。……三ヶ月後、専門学校に編入できたとしても、帰省先はあった方が良いだろう。これからは、ここを我が家と考えてくれてかまわない。よろしくな、ラウル」


 ラウルの問いかけに、ルース様は笑顔でそう答えた。

 ルース様、やっぱりラウルのこと、かなり気に入ったんだな。弟だもんね。仲良くできるなら、それがなにより。

 私も、ルース様に寄り添い、笑顔でうんうんと頷いておく。


「……ありがと、兄さん、姉さん。俺、この家には迷惑かけないようにがんばるよ。あっちで学んでパワーアップして、自分の食い扶持くらいは……、いやそれ以上にガンガン稼いでやるから楽しみにしててくれ」


 不敵に笑って、そんな決意表明をして。

 こうしてルース様の弟ラウルは、新たに我が家の一員となったのだった。



 ――――――――――――――――



【あとがき】

 こちらの番外編「確定悪役令嬢」、書き始めた当初は前後編くらいの予定だったのですが、

 なんだかのびのびと好き勝手してくれた新キャララウルによりのびにのびて、結果六分割になりました……。

 途中でタイトルが(前編、中編等からナンバリングに)変わって混乱された方もいると思います。申し訳ありません。

 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

 ここまできたらもういっそこの勢いのまま明日も更新して一週間連続更新にしてやろうと思います! よろしくお願いします!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る