第38話 番外編「確定悪役令嬢」5
なんとなくこわくなって、ずっと抱きしめていたルース様の腕を、改めてきゅっと抱えなおした。
あたたかくて、女でしかも割と貧弱な私とは全然違う、実に頼りがいのある腕だ。
私の不安を感じとったのか、私に取られているのとは逆の手でおずおずと頭を撫でてくれる大きな手のひらにも、安心感を覚える。
うん、ちゃんといる。ルース様はここにいる。
突拍子もない考えで突然に謎の言動を繰り広げる、全然ちっとも私の予想通りになんて動いてくれない、確かな個性を持つ彼が、大好きな我が夫が確かにここにいる。
世界がどうできたかなんてわからないけれど、私とルース様が今こうしてここにいることは確かなんだから、それで良いじゃないか。
そんな風に、少し落ち着いた。それを見て取ったらしいルース様も、ほっとしたように息を吐きそっと私の頭を撫でていた手を降ろした。ちょうどその辺りで。
「俺はあの作品に深く関わっていたから、特にこの作品と結びついていた自信がある。だからそういうこともあるんじゃないかって考えたんだよ。地縛霊みたいな感じで、俺は死後あの作品に憑りついていたんじゃないかってね」
ラウルはそう付け足し、それからちらっと私の顔を見たかと思うと、気まずそうに視線を泳がせる。
「まあ1ミリも知らなかったあんたはなんなんだって言われたら、なんかほら、開発拠点のすぐ近くに住んでたとか? コピペの瞬間にその辺を通りがかったとか? みたいな、曖昧な感じになるんだけどさ。こうして話をするまでは、俺と同程度原作との因縁があるくらい熱心なプレイヤーだと思ってたんだけどな……」
「ま、まあなんでも良いでしょ。世界五分前仮説って、要するに確かなのは今ここだけだって感じでしょう? 私は今、こうしてルース様といられてしあわせだから、その理由や理屈に関しては、そこまで気にしないことにするわ」
私がルース様を見上げながらそう告げると、私と視線が合った彼が、照れくさそうに微笑んでくれた。うん、しあわせ。
するとさすがに目の前でいちゃつき過ぎたのか、ラウルはどこかうんざりしたように言う。
「へーへー。そりゃ良かった。ま、今言ったのは証明しようのない仮説だ。この世界は乙女ゲームの舞台以外にもどこまでも広がっているし、ここに住む世界の人間はそれぞれ感情があって個性があって、どこまでもリアルに生きている」
うんうん。
「俺達には先祖もいるし、地面を掘れば化石なんかも出るんだろうし、この広大で複雑な世界がいきなりできたなんて信じがたい。ゲームとの一致なんてただの偶然。あるいはゲームの方がこの世界の影響を受けて出来上がった、ネタが天からじゃなくてこの世界から降ってきた。そんな可能性もある」
それも確かに。
ラウルの説明に、私はただ頷くばかりだ。
「ただ、偶然だのこっちの世界が先だの説は、最初に挙げた仮説よりは弱いんだよな。俺からすると、この世界観や各キャラクターの設定は、けっこう紆余曲折あってみんなで決めたものだから。誰か一人がある時ぴしゃんと神託のように全部を閃いたとかなら、こっちの世界が先説を採用しても良いんだけど……」
そう言って難しい顔をしているラウルに、気になっていた事を尋ねてみる。
「設定といえば、ずっと気になっていたのよ。ねえ、この世界の原作のゲームって、よっぽど極まった黒髪フェチが通した企画なの……? なんか、攻略対象者ってこの辺かなって人、全員黒髪かそれに近い色じゃない?」
「あー、そうそう。そうなんだよ。髪色の設定、これな、シナリオ担当のやつが、『攻略対象者はどうしても全員黒髪にして欲しい! できれば長髪の!』ってゴネたとこから始まってるんだ……」
ラウルは、実に遠い目をしてそう認めた。
「で、イラスト担当が、描き分けが難しくなるし、絵面が重暗くなるから全員ってのはさすがにって難色を示した。だけど、シナリオ担当が『あんたの技量なら描き分けできるって! 最悪服で個性出せば良いじゃん! 黒髪は攻略対象者だけでいいから! 他はカラフルにして良いから!!』って食い下がって……」
そこまで続けると、ラウルは、はあああ、と、その当時の苦労を思い出したのかような、すごく疲れた感じの重たーいため息を吐く。
「そこで全員集合して会議よ。『いやなんで攻略対象者だけはみんな黒髪で他がカラフルになるんだ? どう理屈を通す?』ってね。そんであーでもないこーでもない話し合って、『攻略対象者ってのは、ずば抜けてハイスペックと相場が決まっている。黒髪=ハイスペックな設定にすればいけるんじゃなかろうか』ってことになった」
ラウルが語った経緯を聞いたルース様は、実に複雑そうな表情だ。
当然だ。黒髪から遠いところにある彼が、どれほど理不尽な目にあってきたか。その原因が、そんなノリで決まっていたなんて。
兄の様子に気づいているのかいないのか、ラウルはぐっと両手でガッツポーズをきめて言う。
「ま、結果としてここに転生することになった身としては、良い設定だったなと思ってる。俺は、このアドバンテージを活かして、この世界で理想の俺の嫁を手に入れてみせるぜ……!」
ラウルの場合、理想の(巨乳の)嫁でしょうが。
いや、ルース様を狙うライバルがまずいないこの状況が正直ラッキーだなと思わずにいられない私としては、ラウルのことを非難しづらいところではあるのだけれど。
でもさっきさんざん胸の話をされた上での今の発言は、ちょっとな。
胸最優先で性格は二の次とまで割り切ってる彼には、下心しかないんじゃないかとか思ってしまうわけで。正直応援したくない。
まあ、今回は胸云々と直接は言わなかったから流しておくか。
こんなこと言っておきながら、案外恋に落ちるときには胸なんか見る余裕もないうちに落ちるかもだし。そしたら指さして笑ってやろう。
ラウルは最低だけどなんか憎めない子なんだよな、と苦笑したところで、そんな彼がガッツポーズを解いて口を開く。
「そうそう。あと、もう一つのこっちの世界がゲームより先とするのは変だという根拠は、名前だな」
「……名前?」
私とルース様の疑問の声が、ぴたりと揃った。
兄夫婦に揃って尋ねられたラウルは、そうそうと頷きながら説いていく。
「ヒロイン、攻略対象者、悪役令嬢なんかの名前と、あとそれぞれの家名あたりだな。ゲーム作る時、とりあえずカタカナでーって縛りだけで、みんなでテキトーに決めたわけ。で、名付け親がバラバラなせいもあって、名前の元ネタとかが色んなとこにまたがってるんだよ」
元ネタ。なんか家名がお花関連っぽいなというのはわかるんだけど……。
「その結果、聞くやつが聞けば、日本人にわかるたとえをすれば
なるほどそれは気持ち悪い。
ラウルの説明に、私はものすごく納得して頷いたが、傍らのルース様は今ひとつわかっていないらしく首を傾げている。
そりゃそうか。この国の人間からすれば、今の例の姓名全部なんかエキゾチックな感じ、としか聞こえないのだろう。
「でもとにかく、そんな言語としての一貫性もないテキトーな名前が全員完全一致しているだけでも、偶然だのこっちの世界が先だのは、ないかなって。有名キャラと被ってるって気づいて急遽名前変えたやつとかもいるし。で、完成版に揃ってるし」
「なるほどね……」
そう声に出して頷いた私の顔を見て、今思い出したというように、ラウルは言う。
「あ、ちなみにあんたの名前の由来を話しておくと、悪役令嬢は途中で未亡人になることがシナリオ的に決まっていたんだ。途中から夫人呼び予定、じゃあ、エマニュエルしかないよなーって決まったんだぜ」
「わ、わざとだったの!?」
ケラケラと、笑い話のテンションで暴露された事実に、私はぎょっと目を見開いて叫んだ。
そんな。エマニュエルに夫人の組み合わせは、想定外の罠じゃなくて、制作者たちがふざけ半分でわざわざ用意した罠だったなんて……!
けっこうなショックを受けている私を、あっさりとラウルは笑い飛ばす。
「そーそー。っつっても他キャラとの距離感的に苗字の方での夫人呼びにしかならなくて、結果としてエマニュエル夫人ってテキスト一回も登場しなくて笑ったんだけど。仕込んだネタがいきなかったなって」
「人の名前で遊ばないで欲しいわ……」
「すまんな。人の名前のつもりじゃなかったんだわ。人権もなにもないキャラでしかないつもりだったからさ」
ショックのあまり弱弱しくなってしまったがそれでも文句を言った私に、ひどく軽い調子でラウルはそう謝罪した。
……まあ、それはそうか。そうだよね。仕方ないっちゃ仕方ないのか。
いやそれよりも気になった部分がある。
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