第37話 番外編「確定悪役令嬢」4

「カランシアって、わんこ系か脳筋系じゃなかったのね……。え、待って。初恋の女の子って……、まさかリリーリア!? リリーリアを悪役令嬢が、私が、殺すシナリオだったの!?」


 呆然として、それからとんでもない可能性に気づいて。

 ガッと詰め寄った私の勢いに若干引いた様子で、ラウルは答える。


「いや、名前は知らないけど……。カランシアの初恋の女の子は、子爵家から捨てられた、アイスブルーの髪と瞳の女の子だよ。拾ってくれた公爵家の役に立ちたくてカランシアの父親に師事して、そこでやつが惚れたっていう」


「うん、それはリリーリアだわ」

 間違いない。

 私は少し落ち着きを取り戻しつつ、うんうんと頷いた。


「その初恋の子を、悪役令嬢が、自分の引き立て役にするためとことんみすぼらしくとメシもろくに食わせないで酷使しまくって死なせるんだ。で、その残虐性が問題になって悪役令嬢は王太子の婚約者候補から外されて、でも美貌と家柄から未来の王妃は自分しかいないって思い込んでるイタイ勘違い女になってゲームに出てくるってわけ」


 ラウルの解説を聞いて、腑に落ちる、と同時に、ちょっと放心してしまう。

 そうだったんだ。そう、そうなのかぁ……。

 いや、原作の私あまりにひどいな……。悪役令嬢の看板に偽りがなさすぎる。間違いなく悪。

 でもまあ、色々と腑には落ちるんだよ。


「なるほど……。あんなにリリーリアのことが大好きなカランシアを、どうやって攻略するのかなとは、思っていたのよ。私と殿下の婚約も、乙女ゲームで略奪愛ってどうなのって話だし……」


「好きな人や婚約者のいる男なんか、攻略対象者になんかにならないって。王太子は特に、同世代にあんた以外に適当な相手もいなくて婚約者がまだ決まっていないって設定だったんだよ、本来。攻略されなきゃだいぶ年下の婚約者ができたはず。……なあ、嫌な予感がするんだけどさ。あんた、まさか……」


 私の独り言めいた言葉とこれまでのやり取りで、とうとう確信を覚えたらしいラウルは、補足の後におそるおそるといった様子で探ってきた。

 うん、気まずい。気まずいけれど、認めないわけにはいかない。


 ぎゅっと更に強くルース様の腕を抱え込んで、彼の肩に半分顔を隠しながら、ぼそぼそと認める。

「……ごめんなさい。私、1ミリも知らなかったのよ、こんな珍奇な乙女ゲーム」


「……っ! まーじかよぉ……。どおりでよくわかんない動きをしていたわけだ……。いや珍奇とか言うなよ。こっちは一生懸命作ったんだからさー……」


 息を飲んで、うなだれて。一気に力の抜けた様子で、ラウルはぼそぼそと愚痴めいた言葉をこぼした。


「あ、ラウルって、前世は制作側の方だったの? それでずいぶん詳しいのね?」

 私が尋ねると、ラウルはだらっとソファにもたれかかったやる気のない姿勢のまま、覇気のない声で答える。

「そうそう。この世界の原作、俺が大学のとき仲間とわちゃわちゃ作ったインディーズの乙女ゲームっぽいんだよ。俺は音の担当だったけど、テストプレイもやったし設定とかシナリオなんかはみんなで話し合って決めた部分も多くて、よく覚えてる」


「インディーズの乙女ゲーム」

 その単語だけを、思わずオウム返ししていた。


 いやだって、インディーズでしょ? それは、私が知らなくても仕方なくない? 知らずに動いてシナリオをぐっちゃぐちゃにしたらしいことは申し訳ないけれど、でも仕方なくない?

 さすがにそこまでは言葉にはしなかったけど、声に出した部分だけで私の内心を察したらしく、ラウルは身を起こしムッとした表情で言う。


「言っとくけど、インディーズはインディーズでも、就職活動が馬鹿らしくなる程度には売れに売れたんだからな? 絵もシナリオも良かったし、声も声優専門学校の生徒の中から見つけた、これぞ! って人たちにあててもらったし。そりゃもう売れて、話題にもなって、メディアミックス……、の話が出た辺りで俺は死んだから、そこからどうなったかは知らないんだけどさ」


 そうなのか。

 申し訳ないな。そんな作品を知らなかったことも、さっき珍奇だのインディーズだのと若干馬鹿にした感じになっちゃったことも、前世の死んだ時の事を言わせてしまったことも。


「……なんか、ごめんなさい。色々」

「いやうん、思わず言っちゃったけど、別にそこまで気にしてないから良いよ。つか睨まないでくれよ兄さんマジで怖い……」

 私がしょぼ……と頭を下げると、若干震えたラウルの声が返ってきた。


 え、睨んでるの? 私がしょんぼりして、頭を下げたから? と考えルース様の顔を確認すると、なるほど美形の静かな怒りの籠った無表情は迫力があって怖い。ラウルもビビるわけだ。

 私の視線に気が付いたルース様が、ニコ、と微笑んでくれたのでニコ、と微笑み返してから、ラウルに向き直って話を変える。


「どうしてこの世界は、その作品にそっくりなのかしら……?」

「さあ、なんでだろうな。まあ一応、俺の中でこれかなーっていう仮説はあるけど……、聞いてみるか?」

 ルース様の怒りが逸れたことにほっとした様子で、ラウルは私の疑問に問い返してきた。


 仮説かぁ。明確な答えではないのは残念、だけど、原作のことをたった今知った私としては、仮説すらも考え付かない。


 だから、こう返す。

「仮説……、だとしても、聞いてみたいわ」

「なら、話してみようか。俺らの前世の世界にあった考えなんだが、世界五分前仮説って、知ってるか?」

「ええと……、ごめんなさい。知らないわ。その、私、前世かなり体が弱くて……、もう既に、前世よりはだいぶ長く生きているくらいなの。この世界ではきちんと教育を受けさせてもらったけど、前世の世界の知識に関しては、まともに学校もいけなかったし……」

「よし分かった任せろ兄さんのためにも俺が一から説明してやる」


 恥ずかしくて、気まずくて。

 再び俯きかけた私を遮って、ラウルは力強くそう言った。いや、ルース様は、今回は怒ってないっぽいのだけれど。怒らせるかもと怖くなったのだろうか。


 ぱん、と空気を切り替えるように気合を入れるように一つ手を打ってから、ラウルは語る。

「世界五分前仮説、とは、哲学における、思考実験の一つだ。『世界が、そっくりそのままの形で、住人たちが五分よりも前の偽の記憶を植え付けられた状態で、五分前に始まった』という仮説を、否定することはできない、といった感じのな」


 こう説明されると、なんか聞いたことがあるようなないような……? なんかの本で読んだかも……?


「記憶も先祖も国も歴史もありとあらゆる万物すべてが、ある時にそういう形でぽんとご用意されたものだって言われても、反証のしようがないだろ? いや逆に五分前とする根拠は? と問われればそれも何もないわけで、所詮こんなのはただの思考実験なんだけど」


 はあ、と、若干疲れたような苦笑を浮かべ、彼は続ける。


「個人的に、こういうのをとことん突き詰めて考えると『もうダメだなにもわからない怖い疲れたよし死のう』みたくなるからあまり好きじゃないんだけどな。へーそんな考え方もあるんだねーくらいに流して良いし、こんな偏屈な屁理屈覚える必要もないさ」


 今のは、知らないと言った私へのフォローだったかのもしれない。

 ふいに真剣な表情に切り替わって、ラウルは言う。


「ただ、神がある時にぽんとこの世界をこういう風に作ったのかもしれない、という可能性を否定はできない、という話をしたかった。神、女神、……この国にいるよな、女神のいとし子とやらが。あんたがどれだけシナリオをぐっちゃぐちゃにしても、そいつのしあわせだけは少しも揺るがなかったヒロイン様が」


 ディルナちゃんの無邪気な笑顔が、神をも魅了しそうな魅力的なあの子の笑顔が、ふと思い浮かんだ。


「たとえば、たとえばだ。ある時にふと神とかいうのがさ、『あーいとし子かわいいー。魂を手元に置いて愛でるのも良いけど、この子は人間だし、やっぱり人生ってやつを歩む姿を見たいな。そうと決まれば、まず良い感じの世界を用意してあげよう』ってなったとする」


 そんな、動物園の行動展示みたいな。

 ラウルの言葉に、今度は円筒形の水槽を上下に泳いでいくあざらしの姿が、私の脳を支配してしまう。


「で、まあビックバン起こすとこから始めても良いんだろうけど、どうせ用意するなら、それよりはまあ、もう人間がいて、ある程度文明が進んでいて、っていうところにいとし子をぶち込んだ方が、人生とやらを眺めるには都合が良いだろ?」


 まあ、それはそう。

 ラウルの問いかけに、私とルース様はほぼ同時に頷いた。


「というわけで神が『よし、適当な世界をポンと用意しよう。いやでも、一から考えるのはダルいな人間の生態とかよくわかんないし。そうだ、なにかをモデルに……、あ、このお話なんかうちのいとし子ちゃんにふさわしいかも!』なんて、どこぞのインディーズゲームの世界を模倣してこの世界を創った、ってのはどうだ?」


 どうだ、と訊きつつも、今回の疑問符は答えを求めてのものではなかったようで、ラウルは滔々と語り続ける。


「それでまあ、神がその物語が存在していた世界、俺たちが生きていた世界からその設定をひっぱって来る際に、なにかしらをコピペしたんだかなんだか知らないけど、俺らの魂も巻き込んで持って来た状態でこちらの世界を創造してしまった。ってところじゃないかな。ってのが、俺が考える仮説だ」

 最後はニッと笑って、彼はそうまとめた。


 そう言われると、ちょっとそんな気がしてきたな。

 

 ただ、正直よくわからないというか、世界五分前仮説の解説を聞いたあたりからそうだったのだけれど、あまりに壮大過ぎて、ちょっと呆然としてしまっている。


 ディルナちゃんのために、こうなった状態の世界を神様がご用意した、か。

 それは先代の女神のいとし子様が生まれる五分前かもしれないし、ディルナちゃんの親世代あたりの頃かもしれないし、ディルナちゃんが生まれる五分前かもしれないし、乙女ゲームのストーリーが始まる五分前……、は、その前に私がリリーリアとカランシアの設定を壊せているから考えづらいかな。

 いやでも、ちょっと壊れた状態でご用意した可能性も……? いやむしろ本当にほんの五分前にこの世界がこの状態でできた可能性だって……。


 あ、本当だ。ラウルが言っていた通り、これあんまり突き詰めるとわからなすぎて疲れるし死にたくなりそう。やめよ。

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