第33話 番外編「人の振り見て我が振り直せ」
2022年3月01日に、角川ビーンズ文庫様より、こちらの作品が書籍化します!
推定悪役令嬢は国一番のブサイクに嫁がされるようです
著:恵ノ島すず イラスト:藤村 ゆかこ
定価 759円 (本体 690円 +税)
サイズ 文庫判
ISBN(JAN) 9784041123218
詳細は恵ノ島の近況ノートかレーベル様HPをご覧ください。
書き下ろしもありますので、書籍版もよろしくお願いします。
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母がようやく帰ったその後、私とルース様はソファで寄り添い、引き続きだらだらとお茶の時間を楽しんでいた。
私にはやらなければいけないこともやった方がいいこともやりたいこともそれなりにあるし、たぶんルース様にはもっとたくさんあるのだろうけれど、まあ今日くらいはこのままだらだらしたっていいだろう。
なにせ、せっかく心が通じ合ったというのに、その翌日からは新婚気分を堪能する間もなく私の両親の襲来を受けることになったのだから。
今日くらいは、すべてを放って二人でまったりしてもいいだろう。
執事さんも他の使用人のみんなも私たちをそっとしておいてくれているし、屋敷のみんなもそう思ってくれているのだろうし。たぶん。
「そういえば、なんですが」
ふとルース様にそう切り出され、緩み切ってもはや午睡に落ちそうだった私の意識が、『ルースの声も好きだなぁ。仮死状態で色々聞いてから更に好き!』という思いとともに浮上する。
そして、そっと姿勢を正して、見上げた先の顔面の整いっぷりよ。この人と引き離されなくてよかった。
「……そういえば?」
私が内心の大はしゃぎをどうにか押し込めてそっと続きを促すと、ルース様は少し憂いを帯びた表情で答える。
「夫人に、あの手紙の返事はあり得ないと、お叱りを受けてしまいました」
「ああ、言いそうね。なんでもかんでも気に食わないとばかりに、あらゆることに文句をつけていたものねぇ……。どうにか私を連れ帰りたかったのでしょうけれど、母が、いえ父もね、申し訳なかったわ」
「いえ、ご両親は全うなことしかおっしゃっておりませんでしたよ。私の容姿など、突かれると痛いけれどどうにもならない部分は避けてくださってましたし。ひとえに、あなたがこちらで安心して過ごせる環境を整えたい親心だったのでしょう。謝罪をしなければいけないのは、エマを危険に晒した私の方です」
軽く頭を下げた私に、ひどく慌てた様子でルース様はそう返した。
「そんなことないわ……、って、このやり取り何回もやったわね。やめましょ。無限に謝罪し合うことになるわ。ええと、私の謹慎期間中の文通の話だったかしら?」
「そう、です。あなたがあれほど心の籠った手紙をくださっていたというのに、私はあなたのお気持ちをを無視するかのような返信ばかり……。なんと罪深い行いか……!」
罪悪感からか半泣きでそう言ったルース様はかわいくて、私も母の意見に乗じて彼を責めても楽しいかもしれない、とは、ちょっと思ったのだけれど。
いやしかしそうすると、あこがれのルース様との婚約が決まって浮かれに浮かれていたのにそれを吐き出す手段が手紙しかなかった頃の私が書いた、熱烈な恋文ときどきポエムなあの頃の手紙の内容を掘り返すことになるかもしれない……? やめよう。はずか死フラグが見える。
即座にそう思いなおし、私はできるだけ優しく微笑む。
「けれど、あの頃のあなたは私の手紙の中身を斜め上に解釈していたのだもの。仕方ないのではなくて? 信じられなかった事情はわかるし……、三年待たずに理解してくれたのだから、私はかまわないわ」
「ああ、私の女神は、なんと慈悲深いことか……! これほど素晴らしいあなたが私の妻であってくれる奇跡に、感謝を。感謝を捧げる場として、一刻も早く、この地にあなたを主神と崇める神殿を建立するべきですね……」
自責するのはやめてくれたようだが、今度は感激でらしく潤んだキラッキラの瞳でよくわからないこと言い出したわが夫を、どうしたものか。
「いやうん、そこまで言われると困るわ。やめてね。というか、さっきから思っていたのだけれど、リアルに女神様がいらっしゃる国で私を女神なんて言うのは、けっこうな不敬じゃないかしら……?」
「そうですね。あなた以外をいとし子と見出した、愚かとしか考えられない女神ごときとエマを並べるのは、適切ではない気がします」
「逆なんだよなぁ! 私が下って話で……、やめて。ムッとしないで。私は波風をたてたくないの。この話、これ以上は危ないからやめましょう!」
「まあ、エマがそうおっしゃるのなら……」
この人の中の私は、いったいなんなんだろう。
しぶしぶ、本当にしぶしぶ、ものすごく不満が残る表情で引き下がったルース様に、頭痛を覚えた。
私、愛の女神様の祝福のおかげで生還したんだけどな……。
だというのに、元々この地の人は信仰が薄いにしても、どうしてルース様は女神様や神殿に喧嘩を売ろうとするのだろうか。
私が迫害されて追いやられたと思っているから? 違うって何回も言ってるんだけどな。
あ、でも、『自分の妻は女神以上!』って、まあ言葉だけならバカップルののろけの範囲というか、うちの父もよく言っていたな……。行動に移す前に止めればいいだけ、かな? いや本当に……? 修正とか是正とか必要じゃ……?
「ええと、なんの話でしたか。ああそうそう、手紙。至上の存在であるエマからの慈愛に溢れた手紙を賜っていたというのに、無味乾燥な報告書もどきを返送していた愚か者を粛清しなければという話でしたね」
まだ続いていたか、自責。なんでそこまで戻った。
ひどく深刻そうな表情でそう言ったルース様に、遠い目になってしまう。
いちいち極端なんだよなぁ……。やっぱりどこかでなにかを是正しなければいけない気がする。
「もう私がかまわないって言っているんだからかまわないんじゃないの?」
私がおざなりに尋ねると、ルース様はひどく真剣な表情で首を振る。
「公爵夫人は『この件に関しては、きちんと罰を与えられなさい。うちの子健気でかわいそうだったんだから!』とおっしゃっておりました。ならば自害か? と思ったのですが、私は私のすべてをエマのために捧げると誓った身。エマの許可なくエマの所有物を処分するわけにはいかないと思い……」
「なんで平和な文通の結果に自害なんて物騒な単語が出てくるのかなぁ!? ああもう、こんな雑にツッコみたくないのにツッコミどころしかないことばっかり言って……! いやもう、とにかく、わかったわ。罰は今から私が考えるから、自害とか処分とか怖いこと言うのやめてくれる!?」
「ありがとうございます!」
極端が過ぎるルース様は、私の言葉を受けて心底嬉しそうに待ちの姿勢に入った。
なんで罰を与えると言って感謝されているのかしら……。
本当に、そこまで気にすることじゃないと思うのだけれど。
でもまあ母と、なによりルース様が気になるということなら、軽めのペナルティを与えてチャラにした方がルース様の気も楽になるのだろう。
さて、罰、罰、罰……。なにが良いかな。
私のわがままを聞いてもらってもいいかも。
あ。
『もしもこの字で恋文なんていただいたりしたら、私、嬉しさのあまり背中に羽が生えて、辺境伯領まで飛んで行ってしまうかもしれません』
以前母に言ったこの言葉。これだ。
閃いた私は、そっとルース様に告げる。
「それなら、私は、あなたからの恋文が欲しいわ。ルースが以前の返事を悔やんでいるというのなら、書き直してくれたらいいんじゃない? 助けを求める暗号文じゃないとわかって素直に読んだ素直な返事をくれたら……、って、ああ、私は取っておいてあるけど、私からの手紙なんてもう残ってないかしら?」
「いえ、全て額にいれて日の当たらない場所に保管してあります」
まさかの額装。残っていないといいなという思いもちょっとはあったので、食い気味の返答に若干複雑な気分になったが、まあとにかく返事を貰える条件は整っているらしい。
「じゃあ、罰はそれで決まりね! やり取りした手紙の量が多いから、全部にじゃなくてかまわないわ。一通でもいいから、あなたからの心の籠ったお返事をちょうだい」
「書き直すチャンスをいただけるのは非常にありがたいですが、それでは罰にならないのでは……。もっとこう、神殿を燃やしてこいとか、王城を落としてこいとかでもかまいませんよ……?」
更に過激な言葉出てきたな。なんで文通の結末が国家転覆に至るんだ。もはや笑えてくる。
私はこほんとひとつ咳払いをしてから、念入りに釘を刺すことにする。
「忘れたのかしら? 私は平和を愛するの。そういう物騒なことは、もう言わないで欲しいわ」
「ああ、申し訳ありません……! ただ、どんな望みでも叶えるという気概を表したかったのです! 私からの手紙など、いえもちろんエマの望みとあらば書きますが、あなたへのお詫びとするには、価値があまりに足りないかと……」
ルース様は顔色を悪くし謝罪したかと思うと、しゅんとしょげてしまった。
そこまで卑下しなくていいんだけどなぁ。
「いいえ。私にとってあなたからの恋文は、王家所有の飛竜よりも価値のあるものなのよ」
「え、いえ、そんなはずはありませんが……?」
私が断言すると、私が母に言った羽が生えて云々を知らないルース様はきょとんとした表情で首を傾げた。
私は笑みを深めて、ゆっくりと彼に告げる。
「あるのよ。どちらかを貰えると言われたら、私は迷いなくあなたの手紙を選ぶわ。私にとっての価値は、私が決めるの。私の手紙なんて詩としてはそううまくもないし、世間にとってはそう価値なんてないけれど、あなたはそれを大切にしてくれているのでしょう?」
なにせ額装だ。約三ヶ月の文通期間にほぼ毎日なのだから、百には届かないが……、いや枚数的にはたぶん届いてるだろうそれらを、ひとつひとつ額に入れるというのは、もう大切にしてるなんてものじゃなかろう。
私もいっしょなのだと、わかって欲しい。
「……なるほど、確かに。しかしそうなると緊張しますね。私に、あの至宝に釣り合うほどの手紙を書けるでしょうか……」
私の祈りが通じたらしいルース様は、ひどく真剣な表情でそう言った。
「あはは、別に内容はなんだっていいのよ! ルースがくれたって事実が大切なんだから! 私、あなたの字も好きなの。あなたの直筆の時点で大幅加点だから、気を楽にして書いてほしいわ」
私が笑い飛ばすと、ルース様は少しだけ気の抜けた表情でうなずく。
「字、ですか。……ああ、国の騎士団にいた頃に、上官にとにかく読みやすく書くようにと指導は受けましたね」
「へえ、おかげであんなにかっちりとした綺麗な字を書くのね。いえそれより、ちょっと気になったのだけれども。ルース、あなた、騎士団にいたことがあるの?」
「ええ。まだ父が元気だったころに、少し。そう長い期間ではありませんでしたが、王都で暮らしていましたよ。国の騎士団で色々なことを学ばせていただいてから、こちらに戻って来たんです」
「見たかった……! 王都にいたというなら、どうして私は若き騎士のあなたを見つけて捕まえなかったのかしら……! え、国の騎士ということは当然城に出入りしていたのでしょう!? どうして私はあなたを知らなかったのかしら!?」
かなり真剣に悔やむ私に、ルース様は苦笑を返す。
「あ、あはは。私のように見目の悪い騎士は、基本的に人前には出さないものですから……」
「ぐぬぬ、髪色至上主義め……! そんなに魔力が豊富なやつが偉いか……!」
「いえあの、その序列において一番偉いのは黒髪のあなたですよ……?」
思わず怨嗟を吐き出した私に、ルース様はそろーっとそう問うてきたが、私の怒りは静まらない。
「なればこそ、私は嫉妬からではなく、本心からそれをくだらないと断じてやりましょう。ああ、腹立たしい。ルースの実力ならば、王子の警護にあたってもよかったのに。そしたら、もっと早くに私はあなたに出会えていたのに……!」
「私どもは年齢差もありますし、エマは王太子の婚約者であったのですから。早くに出会えてたとしても、あまり意味はなかったのではないかと……」
「サントリナ家には、元々魔力の多い姫君を嫁がせる必要があると言われていたのでしょう? 父に泣きついてでも陛下を説得してでも、その辺りはどうとでもできたししたわよ。というか、それがどうにもならなかったにしても、せめて一目でもあなたの騎士としての姿を目に焼き付けたかった……!」
そう、結局そこに帰結する。
今のルース様もステキだけれど、きっと若かりし頃の騎士団で鍛えられている最中の彼だってステキだった。悔しい。
本気で悔しがる私の頭を、ルース様は困ったような表情をしながらぽんぽんと慰めるように撫でる。
「けれど、容姿のことを抜きにしても、私はいずれこの地に戻ることが決まってましたから、貴人の警護よりも魔獣の討伐をメインで行う部隊に属していたのです。そこにいたから幼いあなたには会えずに王都を去りましたが、そこにいた縁でその部隊の人間とともに、あの時学園に駆けつけたわけですから……」
言われてみれば。基本的に領地を離れないはずの彼があの時あそこにいたのは、そういった理由なのか。
もっと昔に出会えなかったことは悔しいが、私の婚約解消の直前というある意味最高のタイミングで出会えたとも言える。
私が子どもの頃に出会っていたら、今ですら畏れ多いみたいな扱いをされているのに、更に手を出してはいけない子どもとして、更に恋愛対象から外されていたかもしれない。そこからのスタートは、相当厳しい。
「そうね。過ぎたことを悔やんでも仕方がないわね。ごめんなさいねルース。少し……、いえだいぶ、取り乱したわ」
私がため息を吐きながらそう言うと、ルース様もほっと息を吐いた。
ううむ。別に彼に対して怒っていたわけではないのだけれど、委縮・困惑させてしまったようだ。申し訳ない。
まあでも、私も普段彼の暴走気味の愛情に、たびたびツッコミ疲れているしな。お互い様のような気もしてきた。
「そう、ですね。過ぎたことを悔やんでも仕方がない、ですので。やり直しをさせてくれるというあなたに感謝して、私の精一杯の思いを、手紙にして渡します。……その、物騒な表現は、できるだけ書かないように気を付けながら」
どうやら私が怒りをあらわにする姿を見て、『めちゃくちゃなこと言ってるなこいつ……』とドン引きすると同時に、『もしや自分も同じことをしていた……?』と反省したらしいルース様は、そうまとめた。
ちょっと複雑な気分だが、愛する人をないがしろにした何かに怒りをぶつけるよりも、その分まで愛する人をいつくしむ方が、よほど建設的で健全だ。
愛情を受け取る側としては、その方がより嬉しいし。
彼がそのことに気が付いてくれて、良かった。良かったということにしておこう。
そう思うほど私の言動がみっともなかったなんてことは、ないと信じたい。
「手紙、楽しみにしてるわね。私も額の準備をしておいた方がいいかしら」
そう、恋文を貰えば、幻滅されたかもなんて不安は吹き飛ぶはず!
そんな願いを込めてそう告げると、ルース様は少し困ったような照れ笑いを浮かべた。
やっぱり、ラブレター額装は恥ずかしいよねぇ。
かつての私の手紙も、せめて人に見られないところに保管してくれると嬉しいのだけれど……。
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