第32話 エピローグ

 さて、ルース様の母の再襲撃からの捕獲劇の後私が昏睡状態から目覚めたあの日一週間が経った、今日。

 私とルース様は、談話室で優雅な午後のティータイム……ではなく、背筋を伸ばす気力すらわかないぐったりとした状態で並んでソファに座り、お菓子を齧りながら紅茶を啜っていた。もはやそうとしか表現できないほど、雑な感じに。


「や、やっと帰った、わね……」

「さすがに公爵夫人にそこまで言うことはできませんが、まあ、エマニュエルを連れて帰られずに済んでよかったです……」

 私とルース様はそう言って、互いの健闘を称えるように微笑みを交わす。


 何日か前まで父が、先ほどまで母がこの家にいたのを、ようやく追い返したのだ。

 というのも、私の両親であるベイツリー公爵夫妻は、私が殺されかけたことを重く見て、私を連れ帰ろうとしていた。

 主犯は捕らえたとはいえ残りの襲撃者もいたし、その主犯はルース様の血縁者。

 父と母が『こんなところに娘を置いておけない』となるのも無理はないと思う。

 通常一週間かかるはずの道のりを、王家が所有している飛竜を借りて文字通り飛び超えて翌日には駆けつけてくれたこと含め、両親の私を思う気持ちにちょっと感動もした。


 けれど私は、ようやく心を通わせることができたルース様と、絶対に離れたくない。

 もうこの地に嫁いできた身だという自負もある。

 だから、それはもう、抵抗した。

 父には叱られ母には泣かれ二人そろって『帰って来たら、エマの大好きなあれもこれも用意する』という趣旨のことを言われても。

 仕事のため私ばかりをかまっていられない父が比較的すぐに、母が今日とうとう、それぞれ諦めて帰るまで、ルース様といっしょになって説得に当たった。

 まあ、説得というか、主にルース様ががんばってすべての襲撃者を捕縛し、隠し通路の対処を完了し、公爵家からの者も含め私の護衛を増やしと、なんとか母が納得できるだけの状態にしたのだけれども。

 ただ、私がここにいたいと望んでいることと、ルース様が私を大切にしてくれるということがきちんと伝わらなければ、条件が整っても母は引き下がらなかったと思う。だから説得であっているはず。


「護衛は増やさなくてもよかった気がするのだけれど……」

 私が今更ながらそう言うと、ルース様がそっと私の手を持ち上げる。

「もちろん、今後は私がしっかりとあなたを護ります。けれど、エマは私の唯一ですから、どれだけ護りを固めてもいいじゃないですか。愛しいあなたを、大切にしたいんです」

 私の手をしっかりと握りしめ、真剣なまなざしで見つめながらそう言われては、過保護とは思うものの文句は言えない。


 最近、私がルース様の顔に弱いことをよく理解されてきている気がする。

 愛称呼びもされるようになって、崇め奉りモードが抜けて少しからかい交じりに愛でられる感じになってきたような……。

 まあ、悪い変化ではないか。


「ルースも自信が付いてきたようで、なによりね。少し前のあなたなら、両親といっしょになって私に帰れと言いそうだったもの」


「そうですね。エマほど素晴らしい女性は、私なんかにはもったいないですから。ましてその身を護れなかったとあっては……。きっと、あちらに帰った方がしあわせだろうと考えたでしょうね」

 そううなずいたルース様がたとえ過去形でもちょっと面白くない私は、とんと体重をかけても彼にたれかかる。


「私のしあわせは私が決めるわ。私はあなたの隣にいたいの。……私の望みは、なんだって叶えてくれるのでしょう?」


「ええ。全てはあなたの望むがままに、私の女神。あなたが私を望んでくれる奇跡に、感謝いたします」

 私が睨んでいるのに、彼はこの上なくしあわせそうな笑顔で微笑み、甘い声音でそう告げた。


 ……くそう。顔が良い。


「あっちの世界に私たちが揃っていたら、相手をしてもらえないのはむしろ私だわ……。ルースを慕う人が多すぎて、近寄れもしないかも」

 あまりに至近距離でまぶしすぎる笑顔を食らった私は思わずそう言って、そっと身を起こす。


「たとえどんな世界でだって、私はあなたがいい。他に誰がいようと、世間の評価がどうだろうと、私の唯一はあなたです。エマでなければ、意味がありません」

 ソファにきちんと座りなおした私の顔をまっすぐに見つめながら、ルース様はそう言った。


「私も同じように思っているのよ、私の唯一、愛しい人。あなたでなければ、意味がないの。『私なんか』なんて、二度と言わないで」


 私の言葉に一瞬きょとんとしたルース様は、私の言葉を理解するにつれだろうじわじわと頬を赤く染め、照れくさそうに笑った。


 推定悪役令嬢の私を、『国で一番のブサイクに嫁がされた』と憐れむ人もあざ笑う人もいるそうだ。

 けれど私にとっては、こうしてこの人が笑い、そして私の隣にいてくれるこれからの日々こそは、絶対に最高のハッピーエンドなのである。

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