第23話
私が涙目で殴った拳を、カランシアが涼しい表情で殴られたあごを、それぞれ撫でさすっていると、ふいにリリーリアが首を傾げた。
「そういえばグラジオラス様は、近衛騎士をクビになったんですか?」
問われたカランシアは、慌てた様子で首を振る。
「いや、クビにはなっていない。ああいや確かに近衛ではなくなったんだが、王国の騎士職には引き続き就いている。勤務地の異動を願ってこの地にやって来ただけだ。今後は国境の防衛任務にあたる」
「へえ、そうなんですね」
リリーリアは自分で訊いておきながら全然興味のなさそうな声音で、無感動にうなずいた。
ううーん、それはまあ事実だけれど、そう無感動に流してもいい事態じゃないような……。
「でもカランシア、あなたせっかくの出世コースから外れてしまったでしょう。近衛を続けていれば安泰だったのに、王都から地方に飛ばされるのは基本的に左遷扱いでしょう? それもこの地はサントリナ辺境伯家の力が強いから、国の騎士の仕事なんて一応の見張りと国への定期報告程度の、閑職も閑職じゃない。それを自ら望むなんて……。まあ、それだけリリーリアへの愛が深いということでしょうけど……」
「ええ、なにそれこわ……」
私の指摘を聞いたリリーリアは短くそうとだけ呟いて、そっと私の背後へと隠れた。
瞬間、カランシアはがくりとうなだれ、普段は私の目線よりもだいぶ高いところにあるその濃いワインレッドの髪も心なししおしおとしている。
「えっと、リリーリア、確かにちょっとこわいけれど、一応はあなたを追いかけてきたわけで、少しは感動とかしてあげてもいいんじゃないかしら?」
「エマニュエル様は小児性愛の変態の味方ですか」
カランシアをフォローしようとした私を冷めた目で睨み、そっと距離をとったリリーリアに、ついでに私の心まで折られそうだ。
「しょ、小児性愛の変態って、カランシアは私と同い年だもの、リリーリアより年下じゃない! ……まあ、見た目は完全に大人と子どもみたいっていうか、体格差エグいなとは思うけど……」
ごにょごにょとした私の言い訳っぽいものを聞いたリリーリアは、重たく長いため息をひとつついてから、淡々と語る。
「エマニュエル様、私に寄ってくる異性というのは、少女に見えさえすれば美醜は問わない少女だったらなんでも愛しいという種類の変態だけなんです。というか、むしろブスだし年増だからこそ、手荒く扱ってもかまわない少女っぽい生き物にうんとひどいことをしてやりたいという極まった変態の可能性すらあります」
極まった変態かもしれないと評されたカランシアは、顔面を蒼白にさせて首を振る。
「ち、違う! 俺はただ、リリーリアさんの性格や生き様が好きなんだ! うちは騎士の家系だから、従者的立場の人物に共感を抱きやすい。だから俺は、リリーリアさんのエマニュエル嬢への忠誠心の高さに感銘を受けて、憧れていて……」
そこまで言ったところで気まずげに視線を逸らせた彼は、ぼそぼそとトーンダウンして続ける。
「いや、その、少女っぽい容姿で中身はむしろ老成しているというか、色々達観しているというか、芯が強いというか、とにかくそこらへんのギャップもリリーリアさんの魅力ではある。が、俺はリリーリアさん以外の少女っぽい姿の人物にも少女にも一切興味はない! リリーリアさんだから好きなんだ!」
真っ赤な顔で情熱的に言い切ったカランシアに対して、どこまでも冷めた視線のリリーリアは冷笑を返す。
「口ではどうとでも言えますよ。言っておきますが、私は生身の人間です。感情もあれば経年劣化もします。この少女っぽい見た目だって、そう何年も保てません。食事が必要ですし排泄もしますし、誰かの思い通りのお人形になんて、絶対になれませんから」
「知っている。エマニュエル嬢のためにはどこまでも苛烈になれるあなたのその秘めた情熱も、実に魅力的だと思っている。人形じゃないからこそ、あなたは美しい。そして全然自慢にならないことだが、俺やうちの人間や騎士だのという野蛮な種族は、はっきり言って容姿には無頓着だ。年を重ねたところで、あなたの魅力は少しも揺るがないだろう」
重ねてきっぱりと言い切ったカランシアに、リリーリアはぐ、と言葉に詰まった。
いやうん、全然自慢にはならないけど、彼らが容姿に無頓着なのは事実なんだよね。
グラジオラス家や騎士の方々は、この髪色をやたらに気にする世界で、平気で実用性重視で短髪でいたりするからな。筋肉を褒め合う謎文化もあるし。
だから実際、リリーリアの容姿なんてものは、カランシアもカランシアの家も気にしないだろう。
というか実際、彼女ほどの実力者であればむしろ喜んで迎えたいと、彼の父が言っていたことがある。
というのも、リリーリアは、いざというとき私を守れるようにと、けっこう鍛えている。
カランシアがリリーリアに惚れたきっかけというか2人が顔見知りな理由は、騎士団長にして王国最強の呼び名も高いカランシアの父に、リリーリアが師事していたからだ。
リリーリアは、小柄な女性であるにも関わらず数多いるカランシアの父の弟子の中でも頭ひとつ抜けた実力者で、それはひとえに私への忠誠心から来る異常なまでの情熱と根性で集団に食らいつき鍛え上げた結果、らしく。
傍で修行の様子を見ているうちに気づけば惚れていたと、学園でカランシアと一緒になったときによく聞かされたものだ。
「というか、先ほどからいやに具体的な気がするんだが……、リリーリアさんを少女に見える人形として囲おうとした変態が、実際にいたのか?」
ふとカランシアが尋ねると、リリーリアは苦々しい表情でうなずく。
「ええ、まあ。とっくに絶縁したはずの実家から、3度ほど見合いをさせられまして。いずれも、相手はそういう方でした。まあそういう方だったので、遠慮なく殴り飛ばして帰ってきましたが」
「よし、その変態どもは俺が斬ってこよう」
カランシアがそう言って完全に目を座らせて剣を握ると、リリーリアはあきれたようなため息を吐いた。
「相手も知らずにどこに行く気ですか?」
そのまま歩き出そうとした彼の背に、リリーリアはそっと尋ねた。
「……教えてくれ」
すすすと戻ってきて情けない声音でそう懇願したカランシアを、リリーリアは鼻で笑う。
「この流れで教えたら、立派な殺人教唆ですね」
「ああ、リリーリアさんを犯罪者にするわけにはいかないな。仕方ない。あなたから聞き出すのは、あきらめよう」
苦々しい表情でうなずいた彼は、ちらりと私にアイコンタクトを送ってきた。
まあ、リリーリアから聞き出さなくても調べれば良いということだよね。
ついては彼女の雇い主である私も調査に協力しろっていう意味のアイコンタクト、だろう。たぶん。
そう辺りをつけてうなずいた私とカランシアをちらりと見やったリリーリアは、再びあきれたようなため息を吐く。
「エマニュエル様、グラジオラス様、私は何事もなくこうしてここにいるのですから、それでいいじゃないですか。さっきも言いましたが、私が、遠慮なく殴り飛ばしたんですよ? 下手につつかれると、むしろ私が法で裁かれる可能性も……」
「ああ、リリーリアさんの全力なら、よくても半殺しか……」
ぽつりとカランシアがつぶやいた言葉に、危機感を抱く。
「え、さすがに殺してはいないのよね……?」
そっと私に問われたリリーリアは、実に綺麗な笑顔で小首をかしげた。
うん。重ねて訊くのはよしておこう。
口を閉ざし愛想笑いを返した私に満足げにうなずいたリリーリアは、すっと真顔に戻って淡々と告げる。
「私の両親もさすがに懲りたのか、私が貴族令嬢としては行き遅れの域に達したからか、2年前を最後に手紙すら来なくなりました。……2年前私がいい加減にしろと談判しに行った際に、『お父様もお母様も相変わらず作り物のようにお美しい御髪ですね』と申し上げたら、私とは親子でなかったことを思い出してくれたようで、そのおかげかもしれませんが」
ああ、私の呪いのせいで白髪だかハゲだかになった子爵夫妻は、作り物=カツラ装着だったのか。そしてそれを指摘されてキレたと。
この世界、髪色=神様からの祝福説があるからか、髪色をごまかす行為がものすごく忌避され馬鹿にされる。
カツラや白髪染めなんてものは神への冒涜とまでのたまう過激派までいるらしい。
だから、カツラであることが露見することを恐れ社交界から足が遠のいていて、それを即座に見抜いたリリーリアからは手を引いた、と。バラされるわけにいかないもんな。
「……では、俺の出番はない、か。しかしそこまで完璧に自分だけで立ち回られてしまうと……」
「かわいげがない、ですか?」
カランシアのつぶやきにリリーリアはシニカルに笑ってそんな問いを挟んだが、問われた彼は、きっぱりと首を振る。
「いや、かっこよすぎると思ってな。俺がリリーリアさんに認めてもらえる日は遠そうだ……」
「そ、う、ですか」
カランシアはなにやらうつむき考えこんでいて気づいていないみたいだが、リリーリアの耳がわずかに赤くなっているし、彼女にしては珍しく声に動揺が見られた。
リリーリアは姉属性があるから、実はかっこいいとか頼りがいがあるとかそういう褒め言葉に弱い。
……この2人、なんでこれでくっついてないんだろ。
そう、そもそも、この2人がくっついてくれていればよかったのだ。
2人がいちゃラブな恋人同士であれば、妙な誤解は発生しなかったはず。
「ねえリリーリア、小児性愛の変態という誤解は解けたのだし、少しはカランシアのこと、認めてあげたらいいんじゃないかしら……?」
私が期待を込めてそっと問うと、リリーリアは苦虫を嚙み潰したような表情に変じ、カランシアはぱっと期待に満ちた目で顔をあげた。
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