第24話
「認め、そして、嫁げと? それがご命令であれば、よろこんで従いますよ」
「えええ!? そ、そんなんじゃないわ!」
よろこんでとか言いながら実に嫌そうな表情でとんでもないことを言い出したリリーリアに、私は全力で首を振った。
「命令なんかじゃなくて、私はただ、助言のつもりで……。だいたい、命令だとしたって、結婚なんて重大な事、嫌だったら嫌と拒否すべきでしょう!?」
私は割と必死にリリーリアに詰め寄ったのに、当の彼女はきょとんと小首を傾げている。
「一般的に考えても侍女の結婚なんてものは、主が決めていいものじゃないでしょうか? それに私の命はエマニュエル様のものです。私が生きるも死ぬも決めるのはあなた様である以上、死ぬまでの生き方もあなた様の意向に従うべきでしょう」
「それなら私は、生きるも死ぬも死ぬまでの生き方も、あなた自身で決めてってお願いするわ。なんでリリーリアって、普段は全然私のことを敬ったりしないくせに、たまにとんでもなく重いのよ……」
私が思わずため息を吐くと、リリーリアはそれを鼻で笑う。
「いつだってこの上なく敬っていますよ? ただ、私は行動で敬意を示すタイプなだけです」
まあ、確かにリリーリアが辛辣なのは口だけで、なんだかんだ私に甘いというか優しいのは事実だけれど……。
「そうだエマニュエル嬢、君はこの上なく大切にされている。というか、リリーリアさんは君以外にはけっこうひどい。俺も父も、リリーリアさんのこの地への転居の予定すら知らされていなかったくらいだ」
ふと哀愁を纏いながらカランシアが漏らした嘆きに、私は目を見開いた。
不義理にもほどがある……!
「一応師匠には、出発当日の朝に手紙を出しましたよ。事前に挨拶に行かなかった理由としては、出発前日までは謹慎中だったからです」
私に信じがたいものを見る目で見られているというのに涼しい表情のリリーリアは、しれっとそう言った。が。待って欲しい。
「謹慎は私の話で、リリーリアは関係なかったでしょう!」
私は思わず叫んだが、相変わらず涼しい表情のリリーリアは、ただ淡々と応える。
「主の謹慎処分中に、浮かれて遊び歩けるわけがないでしょう」
「俺が学園を卒業してすぐ会いに行ったときに、ちょうどこんな感じに言われて、以後会うことも手紙のやり取りすらも拒否されてな。まあそれはリリーリアさんの忠誠心であれば当然だろうなと、一度は引き下がったんだが……」
カランシアはひとつため息を吐き、続ける。
「そのまま謹慎が解けるや否や何も告げられずに転居をされて、正直心が折れるかと思った。拒否はまだしもそこに重ねて無視はキツい。それで、どうにか己を鼓舞しここまでやってくるのに、上に配置転換を認められる時間含め、3ヶ月近くかかってしまったというわけだ……」
そう呟いたカランシアは、これまでの苦労を思うかのようにどこまでも遠い目をしていた。
「お、お疲れ様、カランシア。というか、逆に折れなかったのがすごいわね……」
思わず私が感心してしまうと、カランシアは遠い目のまま、弱弱しく微笑む。
「これまで俺以外の誰も彼も、同じように一律拒否されていたからな。単純にエマニュエル嬢以外は俺も俺以外も全員どうでもいいだけで、俺個人が特別嫌なわけではないだろうとはわかっていたから」
「まあ、だいたいあっていますね」
リリーリアがうなずくと、カランシアはほっと息を吐く。『どうでもいい』ですら安堵しちゃうんだ……。
「ただ、一応訂正させてもらうと、あなたのことは特別かわいいと思っているからこそ、特別突き放してきたんですが」
リリーリアが淡々と続けた言葉に、カランシアはヒュッと息を飲み、ピシリと硬直した。
「え。……か、かわいい?」
わりに厳つい見た目をしている、学園でもかっこいいという評判しか聞かなかったカランシアにとってあまりになじみがないらしい【かわいい】に彼が首を傾げると、リリーリアはふわりと、確かにかわいくて仕方ないと思っているかのような柔らかな微笑みを浮かべる。
「ええ、グラジオラス様はまるで馬鹿な犬のようで、とってもかわいいです。子どもの頃から見ていたせいもあるでしょうが、私にはあなたが、とてもかわいく見えるんです。その愚かなまでにまっすぐな気質は、まあ本当に馬鹿で馬鹿で馬鹿だなあと思うんですけど、だからこそかわいくて仕方がありません」
これ、褒めているのかなぁ……。
傍で見ている私はなんとも微妙な気持ちになってしまうが、言ったリリーリアは終始綺麗な笑顔だったし、言われたカランシアは真っ赤な顔で視線を泳がせているので、まあたぶん褒めたんだろう。
そういえば、リリーリアは犬が好きだし。
近衛の地位を捨ててまでここにやって来たカランシアは、間違いなく馬鹿だし。
その地位を蹴ったときに、高位貴族のお嬢さん方とのお見合いフラグとかもベキバキに折ってるだろうに、躊躇もせずにリリーリアにまっすぐ向かってきたことは、馬鹿な犬感あるし。
やがて決意を固めるようにぐっと拳を握りしめたカランシアは、期待のこもったまなざしでリリーリアを見つめ、一度深呼吸をしてから、震える唇を開く。
「……リ、リリーリアさん、あの、俺、学園、卒業したんだ。近衛、は、もう辞してしまったが、一応、国の騎士としても認められた。あなたより歳が下なのはどうにもならないが、でも、以前あなたが言っていた【親のスネかじってるような子ども】ではもうないと、認めてもらえるだろうか……?」
「ええ。立派になりましたね」
「で、では、俺とけっこ……」
「あなたは魅力的です。だからこそ、こんな色で年かさで家にも恵まれていない、とどめに唯一絶対をエマニュエル様と定めている私などには、もったいないでしょう。かわいいあなたを、不幸にさせるなど我慢ならない。断固として、お断りさせていただきます」
みなまで言わせぬうちにリリーリアが笑顔でばっさりと切り捨てると、カランシアはぐっと言葉を詰まらせた。
「だいたい、先ほども申し上げましたが、私は結婚相手だって、エマニュエル様の意に従いたいんですよ。この方の利になるように動くことしか考えられません。私はもとより、私の結婚相手を自分の意志で選ぶつもりはないということです」
淡々と告げたリリーリアに、さっきからちょっと引っかかるものを覚えていた私は、人のプロポーズの場面に口を挟むのもどうかとは思いながら、そっと尋ねる。
「えっと、リリーリア、じゃあ、カランシアのことが嫌とか嫌いとかでは、ないのね? むしろ、もしかして、どっちかというと、……好き? だったりする?」
確信めいた私の言葉に、カランシアはぽかんとして、リリーリアは苦虫を嚙み潰したような表情で口を開く。
「……コレに愛を囁かれて、好きにいられずにいる女がこの世にいると思います?」
「たまにはいるんじゃない? 少なくとも私は、全然興味ないわね。でもとりあえずリリーリアは、好き、なのね?」
私が重ねて問うと、とうとうリリーリアは、しぶしぶうなずく。
「まあ、好きか嫌いかの二択でしたら、……好き、なのかもしれませんね」
ぴしゃごーん! と、あまりの歓喜に衝撃を受けて硬直しているカランシアはとりあえず放置して、私はさらに、リリーリアに詰め寄る。
「あなたさっき、私の命令に従うと言ったわね? 私の利になる結婚なら、受けてくれるのよね?」
「当然です。エマニュエル様の幸福のために必要であれば、たとえ小児性愛の変態の愛玩人形にされてもかまいません」
「なんでそんな鬼畜なことを命じなきゃいけないのよ。まあ、いいわ。命じます。リリーリア、あなた、自分の好きな人と結婚なさい。そして、めいっぱいしあわせになりなさい。色素が薄くともここまで愛されるのだと、しあわせになれるのだと、しあわせになってもいいのだと、私の旦那様に示しなさい!」
「……あー……、ああー……?」
まだ今一つ呑み込めていない様子のリリーリアに、私は重ねて命じる。
「さあ、自分の気持ちに素直になりなさい! 素直になったらどうなるか、ルースに見せて欲しいのよ!」
「なる、ほど……?」
首を傾げ、まだ私の命令の意味を考えているらしいリリーリアはいったん置いて、私はカランシアに向き直る。
「グラジオラス、さっきは殴ってごめんなさいね! 色なんて関係なくリリーリアのことを愛してくれるあなたがここに来てくれて、よかったわ。さっきリリーリアはあなたを不幸にさせたくないって言ったけど、あなたのしあわせは、王都で適当な黒髪のお嬢さんと結婚することなの?」
「違う! それが幸福だと思えないから、この地に来た! 俺はリリーリアさん以外なんて、好きにはなれない!」
とっさに力強く反論してきたカランシアに、私は満面の笑みを向ける。
「そうよねそうよね! 容姿とか条件とかがいくらよくたって、好きでもない相手と結婚したってしあわせになんかなれっこないわよね! ……で、リリーリア、私はこういう私と同じ考えの人をあなたが受け入れることで、臆病な旦那様が勇気を出すきっかけになるんじゃないかっていう期待があるの」
「私がグラジオラス様を受け入れることが、エマニュエル様の利になる、と」
ぽつりとそう返してきたリリーリアに、私はにっこりとうなずく。
「この上なく。そんなに私の役に立ちたいのなら、遠慮とか後ろ向きな感情はいったん捨てて、自分の気持ちに素直になって、カランシアと向き合ってみてくれないかしら?」
「……かしこまり、ました」
ようやくうなずいてくれたリリーリアの肩をぽんと叩いてから、私はくるりと屋敷に足を向ける。
「それじゃあリリーリア、カランシア、これ以上邪魔しても悪いから、私は屋敷に戻って、旦那様を探しておくわ。それで、旦那様にカランシアのことを紹介しようと思うんだけど……」
紹介する段階で、カランシアはリリーリアへの求婚者のままか、2人が婚約者同士になっているか。
後者だと嬉しいなーと言外ににおわせてから、私はその場を立ち去った。
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