第22話

「たたたたた、大変! お、奥様の、エマニュエル様の恋人が、王都からここまでエマニュエル様を追いかけて来たって噂が……!!」


「は? あの奥様に、恋人? 旦那様以外に? あり得ないでしょう。それ、自称恋人の勘違い野郎とかじゃないの?」


「……そ、そう、かもしれないわ? で、でもでもでも、調べたら、エマニュエル様の幼なじみで学園でも仲が良かったという方が、近衛騎士の地位を蹴ってまでこんな辺境の地にまでやって来たってのは確かな事実なのよ!」


「近衛騎士!? ってことは……、実力だけじゃなくて家柄も容姿も素行もなにもかも優れている超エリートってことよね? ……それが、わざわざここまでやってきたっていうの?」


「そうなの! 調べついでに実物見てきたけどすっごくかっこよかった! ……ど、どうしましょう。奥様が不誠実なことをする方だとは思わないけれど、あんな方にそんなにも情熱的に言い寄られたら、ルース様に勝ち目なんてないじゃない……!」


「……短い春だったわね」


「諦めるのが早いわよ!」


「勝ち目がないって言ったのはあなたでしょう」


「そうだけど! でも嫌なのよ! エマニュエル様がいなくなってしまったら、もうこの家はおしまいだもの……!」


「そう、なのよねぇ。ルース様のしあわせは、あの方なしにはあり得ないわ。かといって、近衛騎士にまでなれる実力者をうっかり殺してくれる魔物なんて、心当たりないし……」


「いや発想が物騒」


「それ以外にどんな手段があるというの? そんな完璧かつ相当な覚悟を決めてここまで来たのだろう男とルース様が真っ向から勝負して、勝てる見込みなんて少しもないでしょう。……いやまあ剣の試合なら負けないでしょうけれど、真剣使用殺し合い上等の決闘なんて、今時受けてくれるわけもないだろうし……」


「うううー……。なんで、なんでエマニュエル様なのよ……! どうせ近衛騎士なんてひくほどモテるんだから、テキトーな美女と王都で楽しくやってりゃいいじゃない……! ルース様には、エマニュエル様しかいないのに……」


「近衛騎士の地位を蹴ってまでここに来るということは、他の女になびいたり他の女で忘れられる程度の想いじゃないってことでしょうね。さすがは奥様」


「奥様の魅力が上限知らずなばっかりに……。……いえでも、奥様は趣味が悪いのよ。近衛騎士と駆け落ちせずに、サントリナ家に嫁いで来てくださったのよ。もう籍は入っているのよ最近殊更仲睦まじいご様子なのよ。それでどうにか、元近衛騎士の誘惑をはねのけてくれたり……、しない、かしら……」


「どうかしらねぇ。もう、あの方がこの家に留まってくださるなら、愛人の一人や二人いてもいいんじゃないの? ルース様だってその程度は許容するでしょう」


「ダメよ、奥様は浮気が大っ嫌いだもの。『浮気をした者は、その髪をすべて剃り落とす。これを家訓にしましょう』って言ってたもの……。切り落とすじゃなくて剃り落とすよ? それを家訓よ?」


「あらまあ。ということは、その元近衛騎士の手を取るときは、ルース様とはきっちり別れた後、ってことね」


「……どうしましょう」


「そうね、魔物じゃなくて夜盗なんてどうかしら? 実力だけなら近衛騎士にだって負けない夜盗も、実力者揃いのサントリナ家のにならいると思うの」


「……もう、それしかないのかしらね。でも、うちの一番の実力者はルース様だけれども、あの方はエマニュエル様のしあわせを第一にさっさと諦めてしまいそうな気もするわ……」


「でしょうね。でもそれも、エマニュエル様の御心次第よ。実際奥様はその元近衛騎士を王都においてこちらに来ているのだし、最上級にイイ男なだけの、ただの勘違い野郎の可能性だってまだあるわ。奥様を追いかけまわす変質者相手なら、最強の夜盗が出現するでしょうね」


「変質者だとしても、正攻法で追い返すのじゃなく、夜盗の襲撃なのね……」


「不安の芽は徹底的につぶすべきでしょう。あなたも言っていたじゃない。ルース様にはエマニュエル様しかいないの。あの方を、絶対に逃がすわけにはいかないのよ」



 ――――



 街歩きデートを経て、いい感じにルース様との距離も縮まった、と、思ったのに。


「ふざっけるなカランシア・グラジオラス! 腹切って詫びろ!!」

「すま、すまない! 俺の考えが足りなかった……、しゃ、謝罪するか、ら、攻撃をいったん止めてくれ!」

「うるさい! 一発くらえ! 話はそれからだ!」

「いやこれ一発でもくらったら死ぬやつじゃないか!?」

「蘇生してやるから安心なさい!」

「君回復魔法はそこまで得意でもないだろ……!」


 街歩きデートから3日後、私はサントリナ辺境伯家の裏庭で、迷惑にもこの地にやって来てしまったカランシアと、不毛な追いかけっこをしていた。

 魔法で氷の塊を上空からバカスカ降らせる私、それを華麗に避け逃げ続けときに炎の魔法で氷を溶かし消し去るカランシア、ついでに私の背後でその様子を眺めているリリーリア。

 カランシアはこのリリーリアにほれ込み私に仲介を頼んでいた男なのだが、世間の噂ではなんと、なぜか私の恋人ということになってしまっているらしい。

 おかげで使用人のみんなには『ルース様を捨てないでくれ』と泣かれるわ、当のひどく傷つけてしまったであろうルース様にはあからさまに避けられるわで、一発ぶち当てないと気が済まない。


「ちぃっ! ちょこまか逃げるなカランシア・グラジオラス!」

「エマニュエル嬢、君人が変わっていないか!?」

「うるっさい知ったような口をきくな! また誤解されちゃうでしょ!? お前私の素も趣味も一切知らない、ただお互いにフォルトゥナート王太子殿下の取り巻き仲間だっただけの間柄のくせに、なーにが幼馴染だ!」

「そ、それに関しては俺が自称したわけでもない! 客観的な世間の評価だ! 実際幼い時からの顔馴染みではあるだろう!? ただ、リリーリアさんへの手紙や贈り物のすべてがどうやら君宛だと思われていたらしいことに関しては俺の責任だ! 考えが足りなかった謝罪する!」 

「謝罪するなら私の旦那様にしなさいよ! カランシアが好きなのはリリーリアであって私には一切興味がないと、ちゃんと説明しなさい!」

「する! するから辺境伯様に取次ぎをだな……」

「あんたのせいで! 避けられていて! 私も今日は顔すら見れていないぃ……」


 ううう。涙が込み上げてきた。と同時に私の魔力が揺らぎ、氷が途切れる。

 それに気づいたカランシアも足を止め、す、と私に向かって頭を下げた。


「すまない。本当に悪いことをしたと思っている。まさかこんな噂になるとは思わず……」

「まあ、美男と美女が並んでいると絵になりますからねぇ。仕方ありませんよエマニュエル様」

 肩で息をする私の背中をさすりながら、リリーリアが言った。が。待って欲しい。


「いやリリーリア、他人事みたいな顔をしないでちょうだい。そもそも、あなたがきちんとカランシアを納得させてからこちらに来ていれば、こんなことにはなっていなかったのよ?」

「私はきちんと幾度もお断りをしました。ここまでしつこい方が悪いのではないでしょうか」

 私に睨まれてもしれっとした表情のリリーリアは、まあ確かに、カランシアに思わせぶりな態度など一切取ったことがない。

 贈り物はすべてその場で受け取りを拒否するか(だから私が託されることになってしまったのだが)返送するかしていたし、常に無表情でばっさばっさと切り捨てていた。


「……そうね。恋人でもなんでもないただ惚れた女を追いかけるのに、近衛騎士の地位まで捨ててここまでやってくる奴が悪いのよ。というわけでカランシア、一発殴らせて」

「なぐ、……まあ、君の拳ならそう痛くはなさそうだし、それで謝罪になるならかまわないが」

「よし歯食いしばれ」

「ぐっ! ……驚いた、意外に力があるな君。ためらいなくあごを狙う殺意の高さもなかなかだ」


 あごに一発ぐーをいれられたというのに、カランシアは一瞬呻いただけで、特にダメージは負っていないように見える。私は拳が痛い。やっぱ魔法ぶつけときゃよかった。

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