第20話

 しばらく、私とルース様は特にこれという目的は決めずに、気ままにあちこちの色々な店を冷やかしてまわった。

 本当に色々、メインストリートにある少し格式の高いブティックから市場の屋台から裏通りのちょびっとあやしげな店まで。いやちょびっとあやしげなのは店構えだけで、ルース様の案内で行ったそこは、古くからある魔術用品店で店内は見ごたえしかなかったんだけど。

 そんな、実に多種多様だった行った先々の店々で。


「領主様、そちらが若奥様ですか? まあまあなんて綺麗な方でしょう! ご結婚おめでとうございます!」

「いやー、奥様は若いのに見る目がありますな。見てくれなんぞに騙されず、よくぞ我らがルース様の素晴らしさを見抜いてくださった!」

「なんとまあ、睦まじいご様子で……。私どもまで嬉しくなっちまいますねぇ」

「強くて公平で善良で有能なわしら自慢の領主様は、どうも女にだきゃあ恵まれてこなかったみてぇでやきもきしてたんですが……。こんなにいい女と結婚できたんなら、今までの全部報われたってもんでしょうな」

「ルース様、結婚できて、ましてこんな美しい人で、なにより、なによりすっごくしあわせそうで……、よか、よかっだでずね゛ぇええ」


 ルース様を慕う領民の皆さんが、しっかりと手を繋ぎ寄り添う私たちを見ては、やたらに喜んでくれた。

 涙と鼻水でずびっずびになるほど感動してくれたらしい人までいて、一瞬、すわ実はルース様を密かに狙っていた恋のライバルの悔し涙かと焦った程に。ひたすら喜んでいたから違うとは思うけど。たぶん。


 お祝いだとあれこれサービスまでされてしまい、いかにルース様がこの地の人々に慕われているかと、それほどまでにこの方の結婚は絶望的だと思われていたらしいことがよくわかってしまった。

 いや、ここまで慕う、間違いなく良い領主と思っているだろうこんなにステキな人が、いかにこの世界的に不利な容姿だからと言っても、そこまで結婚には恵まれないだろうと思われていたって……。28歳まで婚約者すらいないというのは確かに貴族としては遅い方だけど、男性だし結婚自体はこのくらいでも不思議はないんだけどなぁ。

 なんだか微妙にもやもやとした気分になる。

 まあ、ルース様があまりにいい領主なだけに、みんながそのしあわせを願って待ちに待っていたってことだろう。そう思っておく。


「……そういえば、誰一人として、私を【いとし子様を迫害した悪女】と罵ってきたりしなかったわねぇ」

 再びメインストリートに戻って歩きながら、ふと気づいたその事実が自然と声になって私の口から漏れて出た。


 ルース様はふむ、とひとつうなずくと、ふわりと微笑んで口を開く。

「噂なんてものに左右されようがないほど、実際のあなたが素晴らしい方ですからね。この街の人間はうちの使用人とも交流がありますし、きちんとあなたの実態が伝わっていたということでしょう。それに元々、うちの領は守護竜とやらの加護があまり及んでいないので、愛の女神やらその神殿への信仰は希薄なんですよ」

「ああー、ルースがちょいちょい神殿に対して物騒なことを言い出す理由が、今ちょっとだけわかった気がするわ……」

「いえ、私はあなたのためなら、なんだろうと、たとえ世界のすべてだって敵に回してもかまいませんが」

 愛が一々重い。

 一転真顔で断言したルース様に、私もスンと無表情になってしまった。


 そこまで私のことが好きなら、私の言う『あなたを愛している』も無条件で信じてくれないかな……。なにせ私が言ってるんだからさぁ。


「……なんだか疲れたわ」

「ああ、かなり歩きましたからね。この近くだと……、ああ、ちょうどそこのカフェは、特に若い女性にとても人気のある店だと聞いたことがありますよ。あちらに入って休みますか?」

 疲れたのは精神的になんだけれども。

 ただ、すかさずルース様が示してくれた先のカフェは、確かにかわいらしい雰囲気のお店で、オープンテラス部分では若いお嬢さん方が色とりどりのケーキをつついている。


「……あーんとか、デートの定番よね」

 思わずぽつりとつぶやいたら、ルース様はこてんと首を傾げた。

「あーん……? それは、どういう……」


「よし行きましょう。すぐ行きましょう」

 こういうときに余計なことは言わないに限る。

 あーん=食べさせ合いがしたなんぞと言ってしまえば、ルース様はきっと恥ずかしがって絶対について来てくれないだろう。


「いえ、私は店外で待ってます。私のような醜い人間がああいった華やかな場に立ち入るのは他の客にも迷惑ですので……」

 なんと。あーんの正体がバレるまでもなく拒否された。

 私がぐいぐいと手を引いているのに、ただ特に力を入れずにそこに立っているだけに見えるルース様は、びくとも動かない。


「醜くなんてないし、仮にそうでもみんなケーキに夢中で隣の席の人間がどんな誰かなんて見てないわ。大丈夫よ」

「店員は見ますよ。入店を拒否されるかもしれません」

「この街でそんなことはあり得ないでしょう。……じゃあ、あれよ。毒見をしてちょうだい。ほら、誰が作ったかわからない菓子を私が食べるのよ?」

「確かに毒見役が必要ですね。かしこまりました。その役目、謹んでお受けいたします」

 一々愛が重い。

 ものすごい上からのわがままを言ってみたら、即座に引き受けられてしまった。

 ルース様の中の私は、いったいなんなんだろうなぁ……。


 まあ、推定悪役令嬢の私は毒も呪いも使いこなす方の人間だから、そういうの一切効かない上ににおいだけで発見余裕だから、実際にルース様に危険は一切ないんだけども。

 いやでも、ルース様はその事実を知らないはずなのに迷いなく引き受けないで欲しい。

 辺境伯、体大事にしなよ……。

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