第18話
サントリナ辺境伯家、使用人たちの休憩室にて。
「エマニュエル様がこちらに来てうちの奥様になられて、もう1ヶ月になるのね……。……ねえみんな、ここだけの話、奥様のことどう思ってる?」
「どうって……、まずとにかく美しい方よねぇ。あの美貌で公爵家のご令嬢ならプライドの塊になりそうなものを、案外気さくなところもあるし……、非の打ち所がないって感じじゃない?」
「私どもにまでお優しく、王太子妃すら務まるだけの素養と品があり、魔導師としても桁外れのお力を持っていらっしゃる。完璧過ぎるくらいでしょう。なにより、私は先代の奥様も知っておりますが、先代の奥様と違い、旦那様をないがしろにしたり延々とこの家への不満をあらわにしているような方ではないのがありがたいかと」
「あー、うんうん、私もとーっても素晴らしい奥様だと思う。そうじゃなくて、いやそれもそうなんだけど……、……私、あの奥様は、もしや本気で趣味が悪いんじゃないのかしらって、最近思うようになったの」
「……それ、奥様の、ルース様、旦那様への態度とそこから推測される感性の話?」
「そう。それよ。奥様って、旦那様のこと、割と好きよね?」
「割と、というか、どう見ても恋をしてる様子かと。それも、かなり熱烈に」
「最初は『妻となったからには』みたいな義務感から交流を試みているのかと思ったけど、あれは、どう見てもそれだけじゃないわよね……」
「当の旦那様は『自分にそんな幸福が降りかかるわけがない』って、まったく信じていないようだけれども……。まあ親がアレで育ちがコレじゃあ、ああなって仕方がないとは思うけど、さすがにそろそろ失礼じゃないかってくらい頑固よね……」
「でも、奥様は全くめげずにアプローチし続けてるじゃない。旦那様を手玉にとるための演技だったら、あそこまで頑なにされちゃそろそろ怒るとかなんとかボロ出してもいいはずだけど、たまーにちょっと悲しげなくらいでしょ。だから演技でそう見せているとかでもなくて、本当に純粋に好きなのかなって……」
「手玉にとるだけならあんなに好き好きでいかなくとも、ちらと流し目でもくれてふっと口角あげとけば十分よ。というか、何もしなくたって旦那様ならなんだってするでしょうよ」
「そう、だからさぁ、やっぱり奥様って、本気で趣味が悪いんだって思ったの」
「私たちの敬愛する主人を愛しているだけの奥様を『趣味が悪い』と称するのは、よろしくないと思いますが……」
「だからここだけの話って言ったじゃない。だいたい、それ以外になんて言ったらいいのよ。旦那様は姿以外は素晴らしい方だから、姿に関しては目をつぶる……ってわけですらなくて、奥様は旦那様に見惚れてもいらっしゃるじゃない」
「……一度王太子殿下の裏切りにあってしまったがために、旦那様のお姿がかえって好ましい、安心感があると感じるようになってしまったのかもしれませんね」
「うんまあ理由はどうだっていいのだけれど、とにかく、奥様はたぶん、本当に趣味が悪くて、本気で旦那様のことを愛していらっしゃるのよ」
「まあ、そうね。私も奥様の想いは本物だと思うわ。旦那様以外は、みんな段々そう思うようになってきているんじゃないかしら」
「そうよね。だから私、絶対に、あの奥様を逃がしたらいけないと思うの」
「ん? なにそれ?」
「どういうことですか?」
「どうもこうも、あの善良さあの能力の高さあの美貌あの趣味の悪さを兼ね備えた、まるで天が旦那様のためにあつらえたかのような貴婦人なんて、エマニュエル様以外に絶対いないって話よ! あの方を逃したらマズイって、私たちの共通認識にしとくべき! ……と思ったから、今こうしてみんなに話しているの」
「ああ、なるほど。旦那様のしあわせなんてご本人は諦めているようだし私たちも諦めつつあったけど……、奥様がこの家に居続けていてくださることこそ、旦那様のしあわせかもしれないわねぇ」
「先代の奥様のときは『やっと出ていったか』って安心したって聞いたことがあるけど……。エマニュエル様には、逃げられるわけにはいかないってことね」
「先代の奥様に関してあまり言いたくはありませんが……、……かの方は常にいらだっており、些細なことで使用人に対して鞭を持ち出す方だったということは、みなさんにも伝えておきましょう。エマニュエル様がこの屋敷の女主人であることは、私たちにとってもこの上ない幸福です」
「ひえ。こわ。旦那様は奥様のことを常々女神だと崇め奉っているけど……、確かにこの家の救いの女神ってやつかもしれないわね。うん、絶対に逃がしちゃダメだわ。まあ、私たちにできることなんて、今まで同様あの方ができる限り快適にここで過ごせるよう気を配るくらいだけれど……」
「でも、今までは極力旦那様の姿を視界に入れずに済むよう気を配っていたけど、そこは逆にした方がいいでしょう? やっぱりほら、好いた相手なら、少しでも姿を見られた方が嬉しいだろうし」
「そうね。奥様って旦那様を見かけると、犬か幼子かと見まごうくらい純粋な嬉しさ全開の笑顔で駆け寄っていくのよね……」
「旦那様のご意向に逆らうことにはなりますが、当の旦那様ご自身が『私よりもなによりもエマニュエルを優先し、誰と対立することになろうと彼女の味方をするように』と仰ってますからね。我々は、奥様の恋の味方として全力を尽くしていきましょう」
「ふふ、【恋の】だなんて浮かれた言葉なんだか恥ずかしいようだけど、そんな浮かれたことのために頑張れる日が、このサントリナ辺境伯家に仕える私たちに来るなんてねぇ」
「奥様がいらしてから、この家雰囲気いいわよね。あれだけ美しい女主人なんて、いてくれるだけでも張り合いになるけど、ああまでしあわせそうにどこまでも楽しそうに恋をしてくれていたら、私たちだって浮かれてしまうというものよ」
「そしてその恋の相手が旦那様なんだから、本当に奥様の趣味が悪くてよかったとしか……。貴族の夫婦関係なんて、ギスギスしていて当たり前らしいじゃない。そんな家に仕えることになったら、やっぱり私たちだって息が詰まるでしょう」
「ありがたいことです。後は旦那様の頑なさだけが問題ですが……。あれが解きほぐれるまで奥様にがんばり続けていただくよう、やはり私どもは奥様の味方に付き、奥様を励まし続ける他ありませんね」
「うん、がんばりましょう。主人の幸福と、ついでに私たちの平穏のために! エマニュエル様は、絶対に逃がすわけにはいかないのよ……!」
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