第17話

 しまった。もうちょっと可愛い子ぶるべきだったか……?

 そう気づいたのは、順調に準備を終え順調に山へとやってきて、順調に7体目のワイルドボアを狩った後だった。


 私が魔法で山全体を探り、ワイルドボアだろうと推測される強めの魔獣の気配を探知。遠くからなのでせいぜい動きを鈍らせる程度しかできなかったものの私得意の闇魔法でデバフをかけた魔獣のところまでハイキング、デバフとか必要なかったなという圧倒的強さでルース様が瞬殺。最後に私が麓の村に張らせてもらっておいた転移陣に、魔獣の死骸を魔法で丸ごと転移させ……、と、まあ、ここまで完全に流れ作業だ。

 ちなみに、死骸はワイルドボアの被害を受けた麓の村で処理してくれる予定になっている。解体やらの手間はあるが、やつらの素材を売れば損害の穴埋めになるはずだ。

 うん、あまりに順調で、実に無駄の無い流れ作業である。


 無駄の無い流れはいいのだが、魔獣こわーいだの、村までは馬で来たのだが馬のれなーいだのと甘ったれてみた方が、もうちょっといい雰囲気になったのでは?

 そう思ってしまうくらい、なんだか淡々とここまで来てしまった。

 いやでも無能と思われたくはないよな……。できることをできるだけやったら、ルース様と私の能力が高過ぎてただの作業になってしまったわけで……。

 それにほら、親しみを持ってもらうという意味では成功している気が……、いや、連携はとれているけど、夫婦らしいきゃっきゃうふふな空気は少しもしないな。あってもせいぜい仕事仲間の連帯感。

 7体目に至る前に気づけという気もするが、気づく間もないうちにここに至るくらい順調過ぎたのだと思う。


 とにかく、これはデートとは言い難いだろう。

 現状ここまで、ピンチでドキドキで吊り橋効果とか全くない。

 いやルース様の戦いっぷりを間近で見られたので、私としてはキュンとした瞬間はあったけれども。ハイキング途中登りにくい箇所で手を引いてもらったりしたときにも、キュンとはしたけど。

 逆にただ後方で控えていたり、へばり気味に山を登っていただけの女を見てキュンはしないだろう。

 私の見せ場が足りないというか、私のやっていることがあまりに地味すぎるんだよな……。


「エマニュエルは使う魔法までも、実に美しいですね」

 ところが、死骸の転送を終えた私を眺めていたと思ったら、ルース様がどこかうっとりとした声音でそう言った。


「え、あ、そう、かしら?」

 密かに反省をしていたところに思いがけないことを言われた私は、若干しどろもどろにそう応えてから首を傾げる。

 私の魔法、豊富な魔力でゴリ押しする感じだし……、さっきから地味なことしかできていない気がするし……。美しい部分、あったかなぁ?


「ええ。見ているだけでも酔いしれてしまいそうなほど豊富で高純度の魔力、それに振り回されることなく呼吸をするかのように高度な魔法を使用し続けるあなたは、まさに女神の風格と言えましょう」

「いえ、そんなことはないと思うの。ルースの繊細なコントロールの方がすばらしいわ。山に入ってからずっと、体の中に魔力を巡らせて身体能力を強化している、のよね? そんな魔法、あなた以外に使える人を私は知らないわ」

 幻滅からの親しみどころか、更なる崇め奉りの気配を感じた私は、慌ててルース様の言葉を否定し、逆に彼のすばらしさを褒めたたえてみた。

 いや実際すごい。自分の身の内で魔法を行使なんて、血管や神経のひとつひとつまで気を配らなければできない。私がやったら絶対血肉がはぜる。


「ああ、自分のこれは、代々あまりに魔力が少ない我が一族が、それでもどうにか戦おうともがいた結果でして……。確かに珍しくはあるようですが、こうして身体強化して剣を振るうより、火球のひとつでも飛ばせた方が遥かに効率的でしょう」

 ところが彼は、情けないと感じているかのような表情でそう言って、頬をかいた。

 確かに多くの貴族が誇っている魔導士らしい戦い方ではないが、卑下する必要は少しもないのに。


「そうかしら? 魔法は強力かもしれないけれど発動には時間がかかるし、私の防御力なんて紙みたいなものよ。あなたはそんな私の弱点を、完璧以上にカバーしてくれている。今あなたに見捨てられて魔獣あふれるこの山で1人放置されたら、私は秒で死ねる自信があるわ」

「私があなたを守れる幸福を手放すわけがないでしょう。仮定にしたってあり得ません」

 私の反論に食い込む勢いでえらく真剣にそう言われて、一瞬言葉に詰まる。

 ルース様、私に対する敬意と好意は常に全開なんだよなぁ……。


「……あ、ありがとう。その、私とルースはそれぞれ違う力を持っていて、それぞれ違うことができて、そしてそれは、互いの短所を補い合える関係というか……、そう、いいパートナーだって、言いたかったの」

「あなたの盾として剣としてお役に立てるなら、私はこんな戦い方しかできなくて、かえってよかったのかもしれませんね」

 段々恥ずかしくなってきた私の声は次第に勢いを落としていたが、ルース様はどこまでも綺麗な笑顔で、実に嬉しそうにそう言った。


 ああもう! どこまで自己評価が低いのかしらとか、パートナーって認めてくれたんだかくれてないんだかわかんないんだけどとか、言いたいことがいっぱいあるのに!

 そんな好意全開で嬉しそうに笑われたら、『ああもう、好き!』で全部が埋め尽くされちゃうじゃないの……!


「はい失敗した今回は私の負け!!」

「えっ!?」

 突如叫んだ私に、ルース様はびくりと震えた。


「え、あの、失敗とは、……なにか私がしでかしましたでしょうか?」

 びくびくとこちらを窺う彼に、ヤケクソ気味に首を振る。

「いいえ! ルースは終始かっこよかったわ!」


「では、あの……、いったいなにが負けでなにが失敗なのでしょうか……」

 おそるおそる尋ねてきたルース様に、ひとつため息を吐いた。

「惚れたが負けと言うでしょう。だから、私の負けということよ」

「……へ?」


 ぽかんと首を傾げた彼に、この表情かわいいな……、なんて思いながら、私はつらつらと白状していく。

「私、今回私のことを見直してもらおうとこの山に来たの。けれど、ただ私があなたの頼りがいを再確認して、あなたに再度惚れ直しただけだったわね。なので失敗で、なので負けです。次のデートは、冒険とかじゃない感じにしましょう。今度は、いっしょに街に出かけて楽しくお買い物をしてみたりしませんか?」

「え、いや、あの、な、なぜ?」

 反省からの改善案の提案に、返ってきたのは疑問だった。いきなりすぎたかしら?


「なぜ、ええと、そういうのが普通のデートの定番だと、リリーリアに教わったから、かしら。今日出発前に準備を頼んだら、『ピクニックや遠乗りならまだしも、デートで魔獣狩りはありえません。まさか本気だったなんて……』と、ひどく呆れられたわ。ルースにいいところを見せたくて強行してみたのだけれど……」

 結果は失敗だった。

 言いながらしょぼしょぼとうなだれた私を励ますかのように、ルース様は首を振る。

「え、いえ、エマニュエルのいいところは、十二分に見せていただいたかと。あなたの魔法には実に目を惹かれましたし、これほど楽に確実に奴らを仕留められるのであれば、今後もどうにかお力を貸していただけないものかと考えていたくらいでして……」


「まあ、私、この地とルース様のお役に立てまして?」

 嬉しい言葉にぱっと顔をあげれば、ルース様はどこまでも真剣な表情でうなずいてくれる。

「はい、この上なく」

「では、ご褒美をください。私と街歩きでお買い物デート、してくださいな」

 現金な私がそう言って差し出した手を、ルース様はいぶかし気に眺めた。


「……私の同伴がなくとも、街での買い物であれば我が家のツケで済ませられますが」

「あら、私持参の資産って、それなりにあるのよ? 1日の街歩き程度で金銭の心配なんてしないわ。なんならなんでも奢るから、いっしょに来てくれないかしら?」

 私の誘いに、ルース様の首の角度といぶかし気な感じは、ますます深まってしまった。なぜ。


「……ええと、我が街はさほど治安が悪くはないので、護衛はそこまで必要ありません。エマニュエルが街に出る日は警邏を増やし、随所で騎士の目を光らせておきます。それで十分かと。逆に人目は多いですから、荷物持ちは見目で選んだ方がよろしいかと思いますが……」

「それは、お義母様かあさまのことかしら?」

「ああ、そうですね。母は街に出るときには、幾人もの美男子を侍らせていたと……」

「よーし嫁姑戦争(物理)よめしゅうとめせんそうかっこぶつりだ」

「え」

 憎しみのこもった私のつぶやきに、ルース様が驚きをあらわにしている。いけない。


 私はこほんとひとつ咳ばらいをしてから、とびきりの笑顔でごまかしにかかる。

「ああ、なんでもないわ。そうね。ルースには、護衛というほど気を張らずについて来て欲しいわね。いっしょに楽しんでくれるかしら」

「あ、あの、ですから荷物持ちならば見目で……」

「見目で選んで、あなたが良いと言っているの。もちろんあなたの見目だけじゃなく、性格にも能力にも惹かれてはいるけど、見目だけで選んだってあなたがいいわ」


「んんん? え、ええと、エマニュエルには、引き立て役など必要ないかと思いますが……?」

 己がブサイクだと思ってるであろうことは若干腹立たしいが、そのコンプレックスは根深く解消には時間がかかりそうなので、今はそこは置いておく。

 ますます困惑を深めたルース様に、私はにやりと笑ってみせる。


「つまりルースは、引き立て役なんて必要ないくらい、私が美しいと思ってくれているってことよね?」

 うぬぼれ過ぎていて恥ずかしいが、今世の私は美(髪)少女だと奮い立たせてそう尋ねれば、ルース様はうっとりとした笑顔でうなずいた。


「ええ! 世界の誰とも比べようがないほど、エマニュエルは絶対的圧倒的に美しいです! 太陽の輝きにも揺るがないその黒、指先までも洗練されたその振る舞い、気品は感じるのに気取っているとは感じさせない嫌みのない笑顔を振り撒くあなたに、魅了されない者などいるわけがありません」


 そこまで言ってくれなくて良かったんだけどな……!

 羞恥に心折れそうになりながら、一応は狙い通り私の美しさを認めてくれたルース様に、私は質問を重ねる。


「じゃ、じゃあ、街歩きで連れ歩いたら、私は私の隣を歩く殿方の、自慢になれるかしら?」

「当然でしょう。あなたの隣を歩ける男は、この世で一番の果報者です」

「それがルースだったら、嬉しい?」

「もちろん。その権利を得るためならば、私の全財産を捧げてもかまいません」

「今ならあなたなら無料よ。よかった、私を連れ歩いてくれるのね! というわけで、次のお休みは、2人で街に出ることにしましょう!」

「あ、はい。かしこまりました。……あれ? え、え、えええ!?」


 私の誘導にはまったルース様は今さら驚き戸惑ったが、既に言質はとった。

 あちらが見目で選ばれる自信がないのなら、こちらが見目で選んでもらえばよろしいということで。作戦成功である。


「さあさあルース、次の予定も決まったことだし、今日の作業をさくさく終わらせてしまいましょう! 次は、ここから西の、少し下ったところにいるみたい!」

「西ですね、かしこまりました。いえ、あの、話を戻すと、私を連れ歩いてはあなたを不快にさせてしまうかと……」

「そんなことないから大丈夫よ。あら、こっちちょっと急勾配ね」

「お手を。もし不安なら、エマニュエルくらいなら背負って降りられますよ。って、そうではなく……」

「ああルース、あなたはどこまで頼りになるのかしら! もしどうしてもダメそうなら、そのときはお願いするわ」

「遠慮なくおっしゃってください。それでその……」

 なんだかんだと食い下がろうとしているルース様を笑顔でスルーして、イノシシ狩りに戻る。


 その後はやはり特筆することもなく、順調に狩りは終了。

 彼に負担はかけたくないので山中では我慢したけれど、広くて頼りになる背中の感触は確認しておきたかったので、麓の村の近くに到ってから限界を訴えおんぶはしてもらった。予想通り広くてしっかりとしていて実に頼もしい背中であった。言質は撤回させることなく守り抜いた。


 全然デートっぽくはなかったけれど、大満足の戦果と言えよう。

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