第14話

 状況を整理しよう。

 ええと、私の手紙がどこかですり替えられたかこの地方独特の慣用表現を知らずに使用してしまっていた、あるいは手紙とは関係なくこの地にはよっぽど私がひどい目にあっているバージョンの噂が届いていたなどの理由で、私が王家とかディルナちゃんとか神殿とかに対して復讐したいに違いない、と思われている。ってことよね?


 誤解の原因はさっぱりわからないが、とりあえず復讐したいと思われていることはマズイ。非常にマズイ。そんなん国家反逆罪じゃん。

 私にそんなとんでもない野望なんて欠片もないし、ルース様を危険なことに巻き込むつもりだって毛頭ない。

 原因の究明は後にして、急ぎ誤解を解くべきだろう。


「ええと、まず、私とディルナちゃん……女神のいとし子様って、実はけっこう仲が良いんですよ。同じ学園に通ってあれこれ教え教えられした、エマ様・ディルナちゃんと呼び合う仲です。先日も、旅立つ私に特別な祝福与えてくれました」

 まず、一番敵に回したらいけない相手すなわちディルナちゃんと敵対する気はないのだということを伝えたくて、私はここから説明を開始した。


 けれどルース様は、不快そうに眉をしかめ、ぼそりと低い声でつぶやく。

「仲が良い友人の婚約者を奪ったあげく辺境に追いやる……、なかなかの邪悪さですね。そんなのを崇めてる神殿ともども、さっさと燃やした方がいいのでは?」


「燃やさないでっ! いやあの、このことはもうみんな知ってることなので言っちゃいますけど、私とフォルトゥナート王太子殿下との仲は、元々冷めきってました。そもそも政略極めていたし昔からよく知ってる親戚だからこそ、お互いに全く恋愛感情を抱けなかったので。よって、全然奪われた悔しさとかない、というか、正直奪われたとすら感じていないんです」

 ルース様の発言のあまりの物騒さに、私は必死に説明を重ねた。危ない。私が長年愛用している猫かぶり用猫が一瞬旅立ちかけたくらい危ない発言だ。


「けれど、王妃というこの国一番の女性の地位は、エマニュエル嬢にこそふさわしいでしょう」

 どこまでも真剣な表情でそう返してきたルース様に、思わず乾いた笑いを返してしまう。

「いえ、他に適当な方がいなかったから引き受けていただけで、私自身はそんな大仰過ぎる立場は、望んでおりません。地位には責任も伴いますから。だいたい社交界は殺伐としてますし王宮なんてその最たる最ですし、私はそういうのはあまり得意じゃないので……」

 いや本当に。その地位にふさわしくないと思われたらあっという間に引きずり降ろされる立場とか、少なくとも私はこわくて仕方がなかった。

 ディルナちゃんのように、ただそこにいるだけでも価値があるなら味方も多いし安泰なんだろうけど。


 いやあ、ほんと、ディルナちゃんが王太子殿下を選んでくれてよかったよ……。


 思わず遠い目になってしまっていたところで、ルース様がふむ、とうなずいた。

「自分も社交は苦手ですね……。まあ、うちは他と距離がありかつ領主がこの地を離れることはあまり望ましくないことから、だいたいそういうのは免除されていますが。とはいえ、エマニュエル嬢は美しいですから。それでもぜひ招待したいという人物も多いでしょう」

 美しい、うん、髪色がね。確かに謹慎処分になる前は、多数のお誘いがありましたよ。正直面倒だった。

 でも、私だってそこそこの魔術師なわけだし、もしや今後はこの地の防衛に役立つ人物になれるのでは……?


「私もこの地の防衛に専念したいとすれば、断っても角は立たない、ですかね?」

 私が期待を込めてそう尋ねてみると、ルース様は当然のようにうなずいてくれる。

「それは当然そうですね。うちは代々、そんな感じで過ごしているので」

「じゃあそうします! ふふふ、だいぶ楽ができますねぇ」


「……あの、うちはそんなに面白いものがあるわけでもないので、飽きたら遠慮なく遊びに出てくださって大丈夫ですからね?」

 苦手なものを今後は回避できそうだとうきうきしきった私に、ルース様が心配そうにそんな言葉をかけてきた。

「遊び? ルース様とピクニックとか遠乗りとかですか? あ、私実は冒険者稼業にも憧れておりますの! 名のある魔獣の討伐なんかもいっしょに行ってみたいですね!」

 更にわくわくとした気持ちでそう言ってみたのに、ルース様はなぜか、なんだか肩透かしをくらったかのようにかくりと体勢を崩し、心底よくわからないといった表情で戸惑っている。

「へ? え? あの、それで楽しいのでしょうか。というか、私なんぞが傍にいたら、息抜きにならないのでは……。いえあの、戦力として数えていただいているのであれば、もちろん尽力させてはいただきますが」


 ?

 んんん? なんか間違えたか……?


 私とルース様が首をひねりあっていると、私の背後から、リリーリアの重たいため息が聞こえてきた。

「説明をさせていただきますと、エマニュエル様は、変わった感性をしてらっしゃるのですよ。男兄弟に挟まれて育ったせいか、令嬢生まれのくせに妙に庶民的というか、案外野蛮というか……。とにかくエマニュエル様は華やかなことがそう好きではないたちなので、王妃よりは辺境伯夫人の方が向いているのは事実です」

 前世庶民なのでそれが抜けきっていないのは事実だが、野蛮はひどくないか。

 まあいい。そう、私は辺境伯夫人の方が向いている。そこが大事。よくぞ言ってくれたリリーリア。


「そう、そうなのです。そういったわけで、私は先の殿下との婚約破棄に関してはどうとも思っておりません。この地に来れて、むしろよかったと思っております。なので、復讐は、不要。ここまでは大丈夫ですか?」

「……エマニュエル嬢は優し過ぎるのではという気がしますが、まあ、いいでしょう。復讐は不要。承知いたしました」

 しぶしぶといった様子ではあるものの、なんとかそう認めてくれたルース様に、ほっとため息が出た。

 よかった。ノー国家反逆罪。平和が一番。


 さて、復讐は不要、となったところで。

 そもそもなんで、あの浮かれ切った手紙からこんな珍妙な誤解が生みだされたんだ……?

 その原因を探るべく、私は慎重に尋ねていく。


「あの、ルース様、ところで、私の手紙はすべて読んでいただけた、とのことでしたが……」

 手紙を書くときは浮かれ切って書いていたが、さすがに面と向かって『私からのラブレター読んでくれたよね?』と確認するのは恥ずかしくて、私は尋ねながらも段々と声が小さくなってしまったし、たぶん頬も赤くなっている。


 私の照れがうつってしまったかのように頬を赤くしたルース様が、こほんとひとつ咳ばらいをしてから、口を開いた。

「あ、ああ、……その、すべて、拝見いたしました。あの、ご安心ください。妙な勘違いなどはしておりませんので」

「いやしてたでしょ。さっき、思いっきり勘違いしてたじゃん。なにをどう読んだら復讐が必要ってなるのよ?」

 あ。猫が旅立った。うっかりぞんざいにツッコんでしまった。帰って来ーい猫や。


 私はかなり焦ったもののルース様は特に気にしていらっしゃらないようで、照れたように顔を赤くしたまま、私の質問に答えていく。

「その、エマニュエル嬢の手紙は妙に詩的というか、情熱的な表現が多かった、ですよね?」

「ええ、はい、自覚はあります」

「その、まるで私に好意を抱いているのではないか、と勘違いしてしまいそうな程の表現でしたので、これはさぞや、追い詰められていらっしゃるのだろうな、と」


 ………………は?

 追い詰め、られ? いや勘違いじゃなくて、まるでとかでもなく、事実、単純にあなたへの好意があふれ出しただけの手紙だったんですが?


「その、いえあの、『この前よこした品はなかなかよかったぞ』という意味も含まれていたのだとは、わかっておりました。また、先ほどのご説明からすると、『辺境伯領での静かで安定した生活を望んでいます』という意味だったのかな、と、今は思います。ただあの、あまりに、あまりに情熱的な表現を多用されていたものですから、『現状がとてもとてもつらいので、助けて欲しい。私がここまでおだててやっているお前のその力を、私のために活かせ』と、私を鼓舞していたのかと思いまして……」

 呆然としたままの私に、ルース様ははにかみ笑いで説明を続けた。

 かわいい。じゃなくて。


 なに、それ。

 えっ。なにそれ。

 なんでそんな裏読みをしたの!? この地方独特の文化とか!?


「な、なんで、どうしてそんなひねくれた読み方をっ!? 私、そんな上からな感じしますかっ!?」

 ようやく口が動くようになった私が心底焦って尋ねたのに、ルース様はきょとんと首を傾げている。


「どうしてと言われましても……。だって、私が人に、それも若い女性に好かれるわけもないことは、わかりきったことですし。上から、というか、エマニュエル嬢は実際に私よりも上の立場ですから!」

 爽やかな笑顔とともに断言されて、くらり、と眩暈を感じてしまった。


 おま、お前。お前お前お前!

 そんな! 魅力的な笑顔の持ち主が! 若い女に好かれないわけないだろ!!

 平成日本に行ってみろよ! ルース様のルックスの男なんぞ、ただそこにいるだけでモテにモテ過ぎて、私ごときじゃ近づけもしないわ!!

 ああもう、なにから説明したら良いわけ!?


「ああ、申し訳ございません。昼食がまだでしたね。すぐに用意させましょう」

 怒りと混乱から来た私の眩暈を空腹のあまりと勘違いしたらしいルース様がなにやら扉の外に指示を出しに行くのを、止める気力もわかない。事態がまだ呑み込めていない。


 私の手紙、そんなひねくれた読み方されていたんだ……?

 そりゃ、過剰戦力な程の騎士をよこすわけだ……。

 あ、この前菜おいしい……。なんのムースだろ……。


 って、違う!


 速やかにサーブされ始めた食事を一口口に運んでしまったところで、ようやくまともな意識が戻って来た。


「あの、ルース様、もう直球で言いますけど、私はあなたのことが好きです。飛竜から守っていただいたあの日から、ずっと。あの瞬間、私はあなたに恋をしてしまったのです」

 手紙だから誤解が生じたのだ。

 そう信じてまっすぐに彼を見つめて直球の告白をしたのに、なぜかルース様はこちらを安心させるような慈愛の瞳で微笑んでいる。

「ご無理をなさらずとも大丈夫ですよ。私はエマニュエル嬢の、忠実な僕です。そのような飴を与えずともいかような命令でも遂行いたしますし、けして裏切ることはありません」


「ちっがうんだよなぁ! え、なに、どうしたら信じてもらえるのこれ!? っていうかルース様こそ、どうしてそこまで私を崇めるような感じになっちゃってるんです!?」

 またもや猫の旅立ちがあった気がしながら、私は叫んだ。


「それは当然……、私がエマニュエル嬢を愛しているからですね」

 照れているのか頬を赤くして、けれど案外言葉としてはさらりと、ルース様はそう言った。


 ……えっ。

 両想いじゃん。愛し合う成立だよ。私もう死んでもルース様からのキスあったら生き返れるじゃん。いや別にルース様に心が無くともこの方からのキスとかもらえたら根性で地獄の底からでも舞い戻るけど。


「……なぜ」

「まあ、お恥ずかしながら、一目ぼれでした。なんて美しい方なのかと。ただその後、実際に会話をさせていただいて、色なしの私に顔をしかめも泣きもせず、必要なことにきちんと答えてくださる芯の強さと責任感、魔獣の氾濫という危機から民を守り抜く決意に、心打たれました。今はもう、あなたのすべてが愛おしい」

 私のなぜ、は、なぜせっかく両想いのはずなのにここまで頑なに私の想いを信じてくれないのか。だったのだが、ルース様は、なぜ私を愛しているのかを、照れたように頬をかきながら、答えてくれた。私への評価は的外れな気がするけどかわいい。私の方が愛してますが。

 でも私の愛は信じてもらえないらしい。両想いなのにゴールが遠い。どうしたらいいんだこれ。


「失礼。口を挟む無礼をお許しください。まずエマニュエル様、これ、信じてもらうには相当時間がかかりますよ」

 そのとき、リリーリアがすっとそう言ってきた。

 私もそう思う。

 私がひとつうなずいたのを確認した彼女は、次にルース様に頭を下げる。

「次いで辺境伯様、僭越ながら申し上げさせていただきます。エマニュエル様は、本当に趣味が悪いんです。これほど醜い私のことも、少しも気にせず近くに置いているくらいには。実力主義を極めていると考えていただいてもかまいません。エマニュエル様があなたの剣に惚れたというなら、それは事実だと思います」


 り、リリーリアっ……!

 言い方はともかく、私のことをよくよく理解してくれている彼女の援護射撃に、思わず感激の涙がこみ上げる。


「なるほど。エマニュエル嬢は、名のある魔獣の討伐にご興味がおありとのことでしたね。私の剣も、当然エマニュエル嬢のものです。存分にご活用ください」

 けれどルース様は、実にキリリとまるで忠実な騎士のような決意を返してくれた。

 ダメだどうしても通じない……! あなたの剣にだけ興味があるわけじゃないのに……!

 髪色明るい仲間からの言葉でもダメだなんて……!


「剣の腕をきっかけに辺境伯様自身に惚れている、とは考えていただけないようですね。ま、実際信じられませんよね。私も出会って3年くらいは警戒してました。そのうち、『こいつめちゃくちゃ趣味悪いし、このお綺麗でなにか深い考えがありそうな容姿は見てくれだけで意外となんも考えてない、というかむしろ割と考え足らず』なのだと気づく日が来るとは思いますが」

 へ、と皮肉気に笑ったリリーリアの言葉にルース様は首を傾げ、私はしょんぼりとした。

 そんな風に思われてたんだ……。しかも3年も警戒されていたとか……。


「エマニュエル様、今は諦めてください。私どものような者が人に心を開くには時間がかかります。これまで数えきれないほどに、心を閉ざしたくなる目にあっているので。そうでなくとも、信頼には年月が必要です」

 次いで真剣に告げられたリリーリアの言葉に、私はこれ以上、なにも言えなかった。


 うん。確かに、いきなり信じて欲しいと言われても困るよね。

 それに、悪いのはこの世界だ。

 魔力量も連動するからか、この世界は醜いとされる人々に対する差別が激し過ぎる。

 いっそこことは常識が異なる世界に生きていた前世の話をすべきかと思ったが、それはそれであまりに信じがたい話だろう。

 永遠の愛を誓う間柄になる予定であるし、年月をかけて色々信じてもらうしかないのだろう。

 いやでも、この3ヶ月だって一日千秋の思いだったのに。


「……3年は、さすがに長いと思うの……」

「そこはまあ、どうにかがんばってください」

 私の弱音を即座にばっさりと切り捨てたリリーリアは、けれど彼女にしては珍しく、私を励ますかのように優しく微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る