第11話
家族からの理解も得られ、ルース様との文通を中心にした私の
5月、もう来週には謹慎があけるため、そろそろ本格的に旅立ち&嫁入りの準備をしなければいけないなと考えていたある日の午後。
私に、思いがけない来客があった。
「エマ様ぁっ!」
迎え入れた我が家の応接間にて、挨拶をする間もなく私にぎゅうっと抱き着いてきたのは、女神のいとし子様、推定ヒロインのディルナちゃん。
そしてその背後でなんだか哀愁をにじませるなんとも言えない表情でたたずんでいたのは、フォルトゥナート王太子殿下。
断罪イベント(?)以来の2人だった。
……まあ友人同士だし非公式の場だし、堅苦しい挨拶はいいか。
今や誰よりも格上になったディルナちゃんが、していることだし。
「お久しぶりですフォルトゥナート王太子殿下、ディルナさ……ディルナちゃん」
ディルナ様と呼ぼうとした瞬間かわいらしくすねた顔で睨まれてしまった私は、かなり雑なそんな挨拶をしてから、やんわりとディルナちゃんを私から引きはがす。
「ひさしぶりになってしまって、ごめんなさい、エマ様。もっと早くに来たかったんですけど、なんのかんのと手続きだの鍛錬だの教育だの挨拶だのが、もう常にいっぱいいっぱいにつまっている状態でして……」
私にぬるりと逃げられ、殿下にそっと引き戻され、徐々にしょんぼりとしながら、ディルナちゃんはそう言った。
「お疲れ様。がんばっているのね。そんなに忙しい中会いに来てくれて、とっても嬉しいわ」
私がそう言って、よく学園でそうしていたように彼女の頭を撫でると、ディルナちゃんはご満悦でふにゃりと笑って、王太子殿下の哀愁は増した。
あちらを立てればこちらが立たずだな……。まあいい。殿下はほうっておこう。
「まあ、とりあえず座りましょうか。……え、ディルナちゃん、こっち? ……そう。まあ私はかまわないけれど……」
家人である私が着席を促すと、無言でぐいぐいと迫るディルナちゃんによって、なぜか2人掛けのソファに私、その横にディルナちゃん、その横90度の角度に置いてある1人掛けのソファに殿下が座ることになっていた。
……私の対面に2人並んで座ったらいいのに。
一応かつては殿下の婚約者であった私の目の前でいちゃつくまいという配慮だろうか。
ディルナちゃんはにこにこと上機嫌だが、殿下の哀愁がとどまるところをしらないから、勘弁して欲しいのだけれども。
「ええと、それで、今日はいったいどんな用件なのかしら? いただいた手紙には、『新しくできるようになったことを見て欲しい』とあったけど……」
私は、なんとか空気を変えようという気持ちで尋ねてみた。
ディルナちゃんはぱっと表情を輝かせると、にこにこと答えてくれる。
「あ、そう。そうなんです! 私、新しい魔法が使えるようになりました! それで、エマ様がこちらを出発する前に、絶対にかけておきたいと思って……」
「あら、どんなステキな魔法なのかしら? フォルトゥナート殿下といっしょにいらしたということは、もしや、いとし子様としての……?」
「んふふー。さっすがエマ様、そうなんですよ! つい先日、女神様が私の夢に現れて教えてくださって。こう、事前にかけておく感じのやつなんですけど……」
ディルナちゃんはそう言うと、すっかり蚊帳の外に置いていた王太子殿下と、ちらりとアイコンタクトを交わす。
「いとし子であるディルナとおまけの私が女神様から受けている数々の祝福の効果は、知っているだろう? その簡易版のような感じかな」
殿下の言葉に、私はそっとうなずいた。
知ってる。女神様の祝福って、あれだ。常にあらゆる状態異常無効で攻撃無効みたいな、無敵状態のやつ。
そんな、たぶん今世界が滅んでも生き残るであろう2人はおもむろに立ち上がり、手に手を取って、私の目の前に立つ。
「簡易版とはいえ、私に、それを……?」
正直畏れ多い。そう思うのだけれども。
「エマ様は、私たちの恩人ですから!」
「君には迷惑をかけている。せめてこれくらいは、させて欲しい」
「あ、ありがとう、ございます……」
2人の言葉と笑顔に押し切られる形で、私は礼を言った。
「それじゃあ」
「うん」
「はじめようか」
短くそう交わした殿下とディルナちゃんは、手を取り合ったまま、祈り始める。
「私たちの大切な友人、エマニュエルに」
「私たちの愛しい恩人、エマニュエルに」
「女神様の、加護と祝福を……」
ピタリと声を揃えて2人がそう言った次の瞬間、ディルナちゃんから発されたピンク色の光が、私の全身を包む。
ふわりとあたたかくて、どこか清涼な香りがするような。
心地いいその光は、すう、と私の肌に吸い込まれて、消えた。
「どうですどうです! 私、今、いとし子っぽくなかったですか!?」
消えていった光から目が離せずぼっとしていたら、いつの間にやら私の隣に座りなおしたディルナちゃんが、得意げな表情でそう訊いてきていた。
今の彼女からは威厳を感じないので、先ほどのように学園にいた頃のように気安く接してしまいそうになるのだけれども。
確かに、さっきのディルナちゃんは、すごく神秘的だった。
「とても、美しかったです。ありがとうございます」
私が頭を下げると、ディルナちゃんは頬を膨らませてしまう。
「敬語とかやめてくださいよぅ! あと、お礼よりもほめて欲しいです!」
「効果も説明しないままでは、ほめようがないのではないかな」
「あ、それもそうか」
殿下に冷静に指摘されたディルナちゃんは、ぽんと手を打った。
「さっきので、エマ様はそうそう死ななくなりました」
「えっ、なにそれこわい」
ディルナちゃんはこの上ないドヤ顔だったが、思ったよりも大変な効果のものを与えられてしまっていた私は、震えた。
「ディルナ、説明が雑過ぎるよ……。ええと、私から説明させてもらうと、エマニュエル嬢は、今後ケガなどで死ぬような目にあったときに、自動で死ぬような目にあった前の状態に戻るというわけなんだ」
「それは……、やはり、えらく大層なものを与えていただいてしまったのでは……」
王太子殿下の説明に、私はやはり震えた。
なんというリレ〇ズ。いかにここが魔法の存在する世界とはいえ、ここまでの効力のものなんて、聞いたこともない。
「いやー、そうでもないです。割と制限が多いんですよ、コレ。まず、私たちが心底親しく思っている相手じゃないと、かけられないんです。あと、受けた当人の魔力が豊富でないと、事前にかけておいてもいざというときに発動しないらしいです。エマ様なら、どっちも問題ないですけど。とどめに、愛し合う人からのキスが必要なんだそうですし」
ディルナちゃんは、軽い調子でそう言った。
待って。最後、なんか変なのまざらなかった?
「……愛し合う人からの、キス?」
嘘だと言って欲しい。そう思いながら私は尋ねたのに、ディルナちゃんは当たり前みたいな表情で、当たり前みたいにうなずいてしまう。
「です。前の状態に戻すにあたって、体を1回ふかくふかーく眠らせる必要があるそうなんです。で、愛し合う人からのキスがないと、その眠りから目覚められないって、女神様が言ってました」
「……なぜ?」
「なんか、『愛し合う人のいない世界に生き返ったって、意味なんてないじゃない』って、女神様が言ってました」
「ううん、実に愛の女神様的理論っ……!」
私がそう呻くと、ディルナちゃんはけらけらと笑った。
リレ〇ズじゃなくて、リ〇イズ(乙女ゲーム仕様)だったか……!
「あまり長く昏睡状態が続けば、当然衰弱してしまうだろう。最悪そのまま……ということも考えられる。このことは、いざというときのために、君の周囲の人間に伝えておいた方が良いと思う。ディルナと私からも、説明させてもらおう」
冷静にそう言った王太子殿下に、私は尋ねる。
「それはありがたいのですが、『愛し合う』という部分が、なかなかハードルが高いような気が……。親子愛などでも可、なんでしょうか……?」
「それはわからないが、キスとあるからには、キスをするような間柄の愛である可能性が高いだろう。けれど、こんなものは、発動しないに越したことはない。私個人としては、女神のいとし子が君に特別な祝福を与えたことを、周囲の人間、更にそこから漏れ出て広く世間に知られることにこそ、意味があると思っている」
「ああ、和解の証的な……」
なるほど、それは、ありがたい。
死にかけなければ発動しない祝福なんて、発動した後のことなんか考えない方がいいくらいのものだろう。
大切なのは、私はもう女神のいとし子様にゆるされ、祝福までも授けられたという事実。それを周囲に吹聴しておくべき理由まであるなんて、実にありがたい。
「ありがとうね、ディルナちゃん。こんなステキな魔法を使えるようになったなんて、とってもすごいわ!」
私は心からのお礼と彼女リクエストの褒め言葉を告げて、ディルナちゃんの頭をふわふわと撫でる。
ディルナちゃんは実に満足そうに笑って、王太子殿下の顔面からは表情が抜け落ちた。
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