第9話

 デルフィニューム魔導学園。

 王家の名を冠する、女神のいとし子ディルナちゃんと王太子殿下の恋、すなわち推定乙女ゲームの舞台にもなった、私がつい先日まで通っていたそこ。

 個々の事情によって多少そこからズレることもあるが、まあだいたい15歳から18歳の魔導の徒が国中から集うその学園は、半年前、学園始まって以来の危機を迎えていた。


 近年守護竜様が弱り、国のそこここで魔獣が活発化。氾濫といって差し支えないほどの勢いで、魔獣の群れがあちこちで暴れまわるようになってしまった、その中で。

 ある日とうとう、端の端とはいえ、守護竜様の住まう王都にある魔導学園、その裏手の山でまで、魔獣の氾濫が発生してしまったのだった。


 優れた能力資質が無ければ入学することが叶わないそこに通う私たち学園生は、未来のと前に付く気はするものの、一応はエリート揃い。自分たちの通うここを守りたいという気持ちも強かった。

 なにがなんでもここで食い止め王都も守るという決意で、学園生ひよっこたちはぴよぴよと懸命に危機に立ち向かおう……、とは、したものの。

 学園生の中には王太子殿下なんてものもいたし、私のような高位貴族の子女も多数含まれていたし、なにより、学園から先には、王都があったわけでして。

 当然、援軍が来た。


 私たち学園生と教職員が力を合わせ結界を張って魔獣たちを山に封じ込め、とはいえずっと封じ込めておけるものでもないので急いで迎撃態勢を整えているうちに、国から、魔獣の対処に慣れているエキスパートたちが派遣され、私たちと力を合わせ戦うことになったのだった。




 はー? なんかめっちゃくちゃキラッキラしてるイケメン騎士様がいるんだがー? なんだあれ、かっこよすぎやしないか。ふざけているのか。


 エキスパートの集団を学園に迎え入れるそのとき、その集団の先頭に立つルース様を見た瞬間、私はあまりに自分の好み過ぎるルックスの彼に、そんな謎にキレ気味の感想を抱いていた。

 長年の公爵令嬢生活で培ったすまし顔の仮面を必死にキープしていたものの、その仮面をただ歩いているだけで叩き割ろうとしてくるルース様に、静かにキレていた。

 きゃー! かっこいいー! えっ足長いですね何頭身あるんですかうわぁ顔もいい! ちょっと握手とかしていただいてもー!? とか叫びそうになってしまうのを、必死に、それはもう必死に堪えていた。


「なんて醜悪な……」

「おいあれ、色なしのルース・サントリナ辺境伯だろ? ろくな魔法も使えないできそこないが、なぜこんなところに……」

「実力は確かだし、魔獣との戦いに慣れているのは事実だろう。……まあ正直、士気のことも考えて欲しかったが」


 ところが。周囲の私以外の学園生たちは、私の内心とは完全に真逆の方向でざわざわとしていたので、めちゃくちゃびっくりした。


 えっえっえっ。

 醜悪ってどうし……、あ、髪と瞳が銀色? 色が薄いから? どうでもよくない? 魔法が使えないって、ここは魔法が使える人間がめちゃくちゃ揃ってる学園だよ? むしろ、バランス的に、これ以上魔法使いはいらなくない? あのお方歩き方に隙がないし見た感じかなり鍛えてそうだし、なによりサントリナ辺境伯は超一流の剣士だって評判でしょう? できそこないって、むしろお前らひよっこのことでは?

 というかみんな、助けに来てくださった、それも辺境伯様にめちゃくちゃ失礼でしょ……。

 学園の仲間たちに戦慄を覚えた私は、ひよっこどもをぐるりぎろりと一睨みしてからルース様たちに駆け寄り、彼らに声をかけることにする。


 ほら、学園の最高学年の3年生、王太子の婚約者でもある公爵令嬢の私こそが、責任者とか準責任者とか、そういう感じのあれに違いないでしょうし? あ、それこそ、真の責任者であろう王太子殿下のところに彼らを導くべきは、私だろう。

 というのは歩きながら考えついた言い訳で、単に、この世界に生まれてぶっちぎり一番にかっこいいと思ったその人、ルース様に、お近づきになりたいだけだった。


「皆様のお越し、心より感謝いたします。私はデルフィニューム魔導学園3年生、ベイツリー公爵家長女のエマニュエルと申します」

 私がカーテシーをふわりとキメながらそう言って、にこりと笑みでしめたのに、なぜかルース様は硬直していた。


 ……。


 そのままなにも言ってくれず、名乗りも返してくれないルース様に、嫌な汗が背中を伝い始める。

 礼儀作法の授業は、いつも満点だったんだけどな。先生は、私の礼も笑顔も『実に美しい』とほめてくれたのに。好印象を抱いてはいただけなかったのか。私は知らずになにかやらかしただろうか。


 そう不安になった瞬間、彼の後ろに控える壮年の騎士様に背中を叩かれたルース様は、ぼぼぼっと一気に赤面されたかと思うと、急に慌てた様子で喋りだす。

「……っ! 失礼、その、ああいや、ちょっと予想外というか、見惚れてしまったというか……。あ、気持ち悪いですよねっ! あの、自分の方がベイツリー公爵令嬢よりもはるかに格下ですのでそこまで礼を尽くされなくとも十分ですよ、というか、あ、あ、失礼! 私は、一応サントリナ辺境伯のルースと申しましてっ!」

 なんだかパニックになっていらっしゃる様子のルース様に、思わず笑ってしまったのは、仕方ないことだと思う。

「ふふっ、サントリナ辺境伯様こそ、そこまで動揺なさらないでくださいませ。確かに私の父は公爵ですが、今の私は、まだまだひよっこの、いち学園生にございます。魔獣との戦いにおいて、私ども学園生はあなた様方の指示に従うべきですから、礼を尽くさせて欲しいと思ったまでですわ」

 くすくすと笑いながら私がそう言うと、ルース様は急に真顔になってしまう。


「……女神か?」

 ぽつり、とルース様の口から漏れた言葉の意味は、よくわからなかった。


 ???


 私が首を若干傾げながらとりあえず笑っておけ精神で微笑んだところ、ルース様はげふんげふんとなんだかわざとらしい咳ばらいをしている。


「失礼。若い女性にこの距離まで近寄られることもそうなければ、ましてこんなに美しい方に笑顔を向けられるなんてことに慣れておらず、取り乱しました。ええと、ベイツリー公爵令嬢、まずは現状を確認してもよろしいですか?」

「かしこまりました、こちらへどうぞ。ああ、それと、私のことは、エマニュエルと呼び捨てていただいてかまいませんよ。家名など関係なく、あなたの配下の魔導士として扱っていただきたいので」

『美しい方』などと言われた私は、浮かれ切った心地でにこにこと笑いながらそう言ってみた。


 嘘である。

 配下だのどうだのは今考え付いたこじつけで、単にルース様と親しくなりたいだけである。

 ずいずいとファーストネーム呼びをねだり、ぐいぐいと急激に距離を詰めようとする私に、けれど確かに女性にあまり慣れていないらしいルース様はひどく赤面し、そして、困ったようにへにゃりと眉を下げて笑った。


 くうっ、イケメンの照れ笑い、すごい破壊力あるな! まさに、かっこいいとかわいいの贅沢詰め合わせセットっ……!

 ヤバイ、好きになっちゃいそう……!


 仮にも婚約者のいる身の私は、そんな心から漏れ出そうになった感嘆と懸念をぐっと飲みこみ、言葉にはしなかった。

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