第7話
「おい、ベイツリー公爵令嬢の処分の件、もう聞いたか?」
「ああ。たしか、3ヶ月の自宅謹慎だろ? ちっと生ぬるいっつーか……」
「ばっかそっちじゃねえよ! それは国と神殿が公表した、表向きの処分だろ?」
「え? 他にもなにかあるのか?」
「王太子の婚約者から外されたのは知ってるだろ? その次の婚約者が決まったんだ。相手はなんと、【色なしの辺境伯】ルース・サントリナだってよ!」
「そりゃ……、……なんっつー残酷な……」
「だよな、お前もそう思うよな!? 確かに女神のいとし子様をいじめたっつーのはいただけねぇが、聞いた限り、やったのはみみっちい嫌がらせだけらしいじゃねぇか」
「自分の婚約者に粉かけられたらまあそんくらいするよなって感じのな。たまたま相手が悪かったってだけで。なのに、あれほど美しいお嬢さんに、あんなののとこに嫁に行けなんざ……」
「さすがにやりすぎじゃねーか、なあ?」
「お二人さん、それは違うらしいですよ」
「ん?」
「お?」
「なんでも、前々から、辺境伯領には王家から魔力の高い姫君を嫁がせるべきだと、議論になっていたらしいのです」
「ああ、まあ、あそこはあらゆる意味で最前線だもんな。今代の辺境伯は魔力ほとんどなくてもなんかすげー強いらしいけど、次代はどうせなら魔力持ちのやつの方が確実に強いもんな」
「あそこはなにかと重要な拠点だから、王家ともしっかり結び付いてた方が安心だろうしな」
「そういうことです。そういった国のためのあれこれを慮って、ベイツリー公爵家のご令嬢が自ら名乗りをあげたと聞きました」
「そりゃ……、……案外、【悪女】ってわけじゃ、ないのか?」
「どころか、割と……いい人?」
「国といとし子様たちのために王太子妃の座を譲り、国のためにあの辺境伯様のところに嫁ぐのですから、それはもういい人、どころではないと思いますが」
「……元々王太子との仲が冷めきってたっつーのも、色恋に浮かれる感じの人じゃなくて、そういうどこまでも生真面目でストイックな方だったから、なのかもな」
「……なんか、しあわせになってほしいな、エマニュエル様。ほら辺境伯、容姿はマズイけど、金はあるだろうし……」
「辺境伯領は豊かな領地ですからね。凶暴な魔物が出やすい地ではありますが、そういった魔物から得られる希少で強力な素材が手に入る場所という意味でもありますから」
「隣国との輸出入なんかも活発でかなり儲けてるみたいだし、強い冒険者もだいたいあそこに集まってて栄えてるらしいよな。あ、そういや聞いたか? この前……」
――――
断罪(?)イベントから2週間後。
世間でどんな噂をされているのかすらわからない絶賛謹慎処分中のエマニュエル・ベイツリー公爵令嬢こと私は、現在自宅に引きこもり、婚約者となったルース様との文通を楽しんでいます。
初めての色恋に浮かれ切った私は、毎日毎日彼への恋文を送り付けてしまっているのだが、ルース様は、律儀にそれに返事をくれる。暇と魔力を持て余した私が、魔法で自動で私の元へと返ってくる返信用レターセットを毎回作成して、いっしょに魔法で送りつけているからだとは思うが。
彼からの返事はすべて、要約すると『手紙をありがとう。今日こちらではこんなことがありました。あなたに会える日が楽しみです』程度の簡素なものだが、もはやただの締めの定型文と化している『あなたに会える日が楽しみです』がそれでもどうにも嬉しくて、私は浮かれ切っていた。
辺境伯領の暮らしも知ることができるし、もうやめられないとまらない。
「エマちゃん、また辺境伯様からの手紙を読み直しているの?」
庭のよく見える自宅のサロンでにやにやと辺境伯様からの手紙を読んでいると、ふいに母が通りかかり、呆れたような声でそう言ってきた。
そのまま私の対面のソファに腰かけた母に、私はにこりと微笑んでみせる。
「はい、お母様。私、辺境伯様の字も、幾度見ても飽きないくらい好きなんです。丁寧で美しく堂々とした筆致で……、もしもこの字で恋文なんていただいたりしたら、私、嬉しさのあまり背中に羽が生えて、辺境伯領まで飛んで行ってしまうかもしれません」
ほう、と私がため息を吐いて彼の字を撫でると、母はなんだか疲れたようなため息を吐いた。
「よくもまあ、型通りの時候の挨拶が添えられただけのなんの面白みもない報告書のような手紙に、そこまでうっとりとできるものね。……エマちゃんがあんなに熱烈な手紙を送っているのにその返事って、私ならとっくに怒って文通なんてやめているわ」
「仕方ありませんわ。私は辺境伯様だからこそ嫁ぎたいと思っておりますが、辺境伯様としては、魔力の多い娘であればだれでもよくて婚約をしたのでしょうから」
私の言葉に、母は不満そうに頬を膨らませている。
「でも見てください。最近はこのように、私を案じてくださるような文章も入ってきていますのよ!」
私がそう言って最新の手紙に書いてあったその部分を母の目の前に突きつけると、彼女はしばらくそこを眺めた後、首を傾げた。
「……『エマニュエル嬢の身辺警護のため、近日中にこちらから幾名か騎士を送りたく思います』? ……これ、離れて暮らす婚約者のことが心配でというよりは、『逃げようとしたりするなよ。近々監視役を送るからな』って言っているように、私には読めるのだけれども」
母は不機嫌そうにそう言ったが、私はそうは思わない。
いや、もしも辺境伯がそんな執着めいた感情を私に抱いてくれているのだとすれば、それはそれで嬉しいが。
「違いますよ! どうやら辺境伯領に、いとし子様過激派の、なんだか危険そうな噂が届いてしまったようでして、とっても心配してくださっているのです。その証拠に、かなりの精鋭の方々を送ってくださるつもりらしく、お父様が来られる予定の方の名簿を見て、『過剰戦力……』とつぶやいておられましたわ」
「ふうん? 国内の噂は、
母は不思議そうに首をひねったが、浮かれ切った私は浮かれ切ったまま続ける。
「なんにせよ、それだけ私のことを大切にしようと思ってくださっているに違いありませんわ。確かに手紙は少しクールな印象ですが、毎日のように贈られてくる品々は、どれも私のことを考えて選んでくださったと感じるステキなものばかりですもの」
「……まあ、そうね。エマちゃんにふさわしいだけの品々を、ぽんぽんとよこす殊勝さと財力は、評価してあげてもいいと思うわ」
「もう、お母様ったら」
私が苦笑すると、母はつんとすねたような表情で視線を逸らせた。
母はこんな感じで、浮かれ切った私にどうにか冷や水を浴びせようとするかのように、日々ルース様にいちゃもんをつけるのに余念がない。
ただし、一番の問題とされるルース様の見た目に関しては、一度もこき下ろしたことがないが。
たぶん、母は、私とけっこう感性が似てるのだと思う。
日々『男は容姿じゃないの。裕福さと包容力よ』なんてうそぶいているが、時折うっとりと父の整った顔に見惚れているのを、私は知っている。この世界の美醜感からいけば特殊とされてしまうそれを、どうやら彼女は秘密にしたがっているようなので、確かめたことはないけれど。
だから、色以外の姿かたちは完璧で、それ以外のスペックに関しては文句のつけようがないほどのルース様のことだって、なんだかんだ評価してくれているはずだ。たぶん。きっと。だといいな。
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