第5話

 私はかまわない……どころか、むしろ大喜びだというのに、まだ涙目の父は、なんだかんだと食い下がり、私を説得しようとしてくる。


「わかっているのかディルナ。かの方は、瞳も髪もくすんだ灰色で、【色なしの辺境伯】とまで呼ばれている方だぞ」

「あの輝きは銀色だと、私は思いますが。それに、私は好きですよ、あの方の見た目」

「!? い、いや、仮にお前が見た目を気にしないとしても、かの方は非常に魔力が少ない。『神に見捨てられた』とまで評されてしまうようなそれも、気にならないと言うのか?」

「確かに魔力は少ないようですが、だからこそ、私が辺境伯家に嫁ぐ意義があるのではないでしょうか。足りない部分を補い合う、良い夫婦関係が築けるかと」

「補い合う、というか、お前にばかり負担がかかるのでは……」

「いいえ、そうは思いません。魔力は少なくとも、辺境伯様は素晴らしい剣の腕をお持ちです。あの、隣国と接しているだけではなく凶悪な魔物も多数出現する過酷な領地を、実際に守っていらっしゃるほどの。先の魔物の氾濫の際にも、彼の方が私たちを守っていてくださったからこそ、私は安心して長い詠唱の必要な大規模魔法が使えたのです」

「……年も、お前より10も上だし……」

「100は違わないのですから、さしたる問題ではないかと。というかお父様自身、確かお母様とは8歳差ですよね?」

「……その、……辺境伯領は、あまりに遠い」

「そうは言いましても、同じ国の中のことでしょう。私を隣国に留学させるおつもりであったのなら、むしろ近くなっているのではないでしょうか」


 私が淡々と反論していくうちに、父は段々とトーンを落としていった。

 そろそろ諦めて欲しいものだ。

 黙り込んだ父に、私は畳みかける。


「というか、そもそも、辺境伯様との婚約が私への罰になるだなんて、私は思っておりません。まあ、王太子妃から辺境伯夫人と考えると、格としては多少さがっているのでしょうが……。けれど、先の魔物の氾濫を乗り越える中で交流した結果、私はルース様のことを、たいへん好ましく思っておりますので」

 私の言葉に、一同信じがたいものを見る目で私を見た。


 守護竜様が弱っていたため強力な魔物が大量に出現し、ディルナちゃん含む私たちひよっこ学園生までも駆り出された戦いにおいて、ルース様は前線で大活躍なさっていたのだ。

 そこでほれ込んだ、というのは、そこまであり得ない話ではないと思うのだが……。

 なんでだ。髪と瞳が銀色だからか。でもどんなブサイクだって関係ないくらい、めちゃくちゃかっこよかったのに。

 あの活躍ぶりなら、いや実際ルース様は私からするとものすごくかっこいいルックスをしていらっしゃるのだが、たとえそうでなくとも、私はきっと惚れていた。

 幾度か会話もさせていただいたが、責任感が強く善良で、とても素敵な方だった。密かに憧れてしまっていた相手だ。


 だから私はしっかりと顔をあげて、心の底からの本心を、堂々と告げる。

「国外追放の憂き目に遭いそうなところを、ルース様に救っていただく。世間や神殿がどう思おうと、私はそう思っております。お父様にも、この場の皆様にも、同じように考えて欲しいです」

 私の言葉に父はうつむいて、陛下はそんな父をなぐさめるかのように肩をそっと叩き、殿下とディルナちゃんはなにやらアイコンタクトを交わした。


「そこまで言わせてしまって、すまない。本来なら王家のものであるはずの責務を果たす君の献身に、どう感謝を示せばいいのか……」

「わ、私、神殿でちゃんと本当に偉くなって、きっとエマ様にご恩返しできるようになりますから……!」

 殿下とディルナちゃんが、なにやらまだ誤解がありそうなことを言っている。


「いえあの、本心。本心です。我慢してるけど皆さんに気をつかわせまいと健気にふるまっているとかではなく、私は、本当に、心から、この縁組をよろこんでいるんですってば!」

 私は必死に訴えるが、殿下とディルナちゃんは、泣くのをこらえるような表情で、うんうんとうなずいているばかりだ。絶対伝わってない。


「……まあなんにせよ、そこは思い切り、恩を着せておきなさい」

 父がぽそりとそう言った。

 まあ確かに、今後この国のトップに立つことが確定しているこの2人に恩を着せておいたら、後々便利なのか……?


「と、とにかく! 私はよろこんでルース様に嫁ぎます! 1ヶ月後の学園の卒業後すぐに!」

 これだけは決定事項としておきたい私は、そう宣言した。


 顔色を悪くした父が、慌てた様子で私に叫ぶ。

「さ、さすがに1ヶ月後はないだろう! 婚約期間を、1年はとるべきだ!」

「なぜですか?」

「な、なぜって、色々と、準備が……」

「なにかと準備が必要となる式はそのくらい後としても、私があちらに行き、籍を入れることはできますでしょう。先方がおっしゃっている期日を、なんの理由もなく破るのは、いかがなものかと」


 一歩も譲るつもりのない私が父と睨み合っていると、ふいに誰かのため息が聞こえた。

「……3ヶ月間の、謹慎処分」

 ついでぽつり、とそう言ったのは、国王陛下だった。


「……?」

 首を傾げた私に再度ため息を吐いた陛下は、難しい表情で告げる。

「エマニュエル・ベイツリー公爵令嬢、先ほどの神殿からの親書に、どう返したものかと、考えたのだがな。確かにエマニュエル嬢の言う通り、サントリナ辺境伯との婚姻は、罰にはならない。罰だとしてしまえば、それは辺境伯への、ひどい侮辱となる」

 うん。それはそうだ。

 私がひとつうなずいたのを確認してから、陛下は続ける。

「だから、君への処罰は、本日から3ヶ月間の謹慎処分だ。社交も、公的な場へ出ることも、学園の通学や行事への参加も、もちろん辺境伯領に嫁ぐなどということも、3ヶ月間は慎むように。……急に遠方に娘を嫁がせることになってしまった父親に、せめてそのくらいの心の準備期間は与えてやりなさい」


「陛下……!」

 感激したかのように父がそう言って、まあ仕方がないかと、私はため息を吐く。

 まあね。ご褒美だけじゃ、バランスとれないよね。

 おそらく針の筵になるであろう卒業式やら好奇の目さらされるだろう社交界やらに出なくて良いというのは、正直私も助かるし。結婚の前に、家族との時間をとっておいた方がいいのだろうし。

「……かしこまりました。陛下のご決定に、従います」

 私がしぶしぶそう言うと、陛下はやわらかく微笑んだ。


 だいたいの話はまとまった。

 そんな気の抜けた雰囲気のところに、なぜかむしろ表情を引き締めた陛下が口を開く。

「すまないな。エマニュエル嬢には、苦労ばかりをかける」

「え、いえ、そんなことは……」

「辺境伯家とのことを抜きにしても、婚約者がいる身にもかかわらず、君を尊重せずに他の誰かと心を通わせてしまったのは、我が愚息の言い訳の余地すらない愚行だ。改めて、謝罪させてほしい」

 すっと下げられてしまった陛下の頭に、私は慌ててしまう。

「いえ、いとし子様が心を通わせたお相手が、殿下でよかったと思います」

 いや本当に。

 だって、これが乙女ゲームだとしたら、他のルートだって当然あっただろう。

 その相手の家によっては、建国王の再来の新国王派と現国王派とかに、国が割れていた可能性が高い。


 なにより、殿下がディルナちゃんに選ばれなかったら、私はルース様には嫁げなかったわけだし。


「……君の思慮深さには、頭が下がる。私もフォルトゥナートも、君のためなら、できる限りのことをすると、ここに誓おう」

 私のちゃっかりとした本心など知らないのか、知ってその程度は目をつむってくれているのか、わからないけれど。


 推定悪役令嬢は、断罪イベントを乗り越え、理想の婚約者と、国王陛下と次期国王殿下と女神のいとし子様という豪華すぎる面々の、負い目と感謝を手に入れてしまったようです。

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