第4話
「……とはいえ、エマ、やはりお前は罪を償わなくてはいけない」
私とディルナちゃんが微笑みを交わして、どこかゆるんだ空気の中落とされたのは、固い声音のそんな父の言葉だった。
「そうですね」
「な、なんでですかっ!? 当の私が、エマ様にはなにもされてない……、どころか、学園でもこんな感じで色々教えてもらっていだけだってわかってるのに……!」
私はそれを当然のこととしてうなずいたが、ディルナちゃんは悲痛な声でそう叫んだ。
「落ち着いてディルナ。この場の誰も、エマニュエル嬢が悪い、とは思っていない。しかし、神殿から親書まで送られてきている以上、なにもなしに、とはいかないんだ……」
なだめるように王太子殿下がそう言ってくれたが、納得いかない様子のディルナちゃんは、そんな彼をキッと睨みつけている。
「仕方のないことです。我が公爵家は、政治上の戦で負けました。神殿が勝手に言っていることであれば、まだ勝ち筋が残っていたかもしれませんが……。もはや世間も、エマこそが悪役で、女神のいとし子様はそれに打ち勝ち殿下と結ばれたと思っている」
父のその言葉に、まさかの国王陛下が頭を下げた。
「本当に、すまないと思っている。不誠実なことをしたのは、王家の方だというのに……」
非公式の場とは言え一国の王のそのふるまいに、私は気まずく震えてしまう。陛下のいとこでもある父はそこまで気にした様子もなく、なんとも読めない無表情でうなずいているだけだが。
「かまいませんよ。敗者にはペナルティ、当然のことです。それに、婚約破棄ひとつで、王家と女神のいとし子様に貸しを作れるなら安いものだ。女神様の祝福した2人の障害になりたい人間など、この国にはいないでしょうし。とりあえず、本日付けで、エマニュエルとフォルトゥナート殿下の婚約を破棄いたしましょう」
父はさらりとそう言った。
そう、ディルナちゃんは王太子殿下と心を通わせて、女神様の奇跡を顕現させたのである。女神様へ呼びかけられるのはいとし子であるディルナちゃん、ではあるのだが、愛の女神だからだろうか、彼女が力を使うには、殿下が傍にいて、そしていっしょに祈らなければならない。実に乙女ゲーム的。
とにかくそんなわけで、この2人はもう、なにがなんでも国も神殿も挙げて全力で祝福し、末永くしあわせになってもらわなければいけないのである。
だから2人の邪魔になっている私と殿下の婚約は破棄。それはいい。私も特に異論はない。
「……問題は、神殿と民衆が望んでいるそれ以上、【悪女】に対する相応の罰、だな」
苦々しい表情で国王陛下が言った言葉に、『ざまぁってやつですね!』とわくわくしてしまっているのは、どうやら私だけのようだ。
どうやら私に悪いことをしてしまっていると思っているらしい陛下、殿下、ディルナちゃんは罪悪感に押しつぶされそうな表情で固まってしまっているし、父も『どうしたものか』と顔に書いてあるかのようである。
「けれど実際、ディルナ様が」「ディルナちゃんでお願いします」
私の発言を遮る勢いで、すかさずディルナちゃんがそう主張してきた。そんなにか。
話を進めるためにも、私は素直にいとし子様のお言葉に従うことにする。
「……ディルナちゃんが、ほんの残り1割だけでも神殿のあげたようないじめにあっていた以上、私は彼女のクラスメイトとして、しかもその中でも皆をまとめあげるべき立場にあった公爵家の者として、責任をとるつもりがあります。悪女とされることも、相応の罰を与えられることも、当然のことと思っております」
「……すまない」
陛下に再び頭を下げられてしまった私は、焦りで若干早口になりながら主張する。
「いえ、これは私自身のためでもありますから。世間様に悪女であると思われている以上、ざまぁ……失礼。相応の罰を受けた、と思っていただかなくては、私刑を執行しようとする過激な方が現れないとも限りませんもの」
「それもそうだな。この国を救った【女神のいとし子様】の人気は、今や絶大だ。その熱がどう暴走するか、わかったものではない。お前を無罪放免としては、集まる同情も集まりようがないしな」
父が認めた通り、守護竜様が弱り魔獣たちが国のそこここで暴れ、あわや国家滅亡かと暗く沈んでいた国を救った女神のいとし子様の人気は、もはやカルト的なほどだ。
そしてこの話の流れが、この国の建国の神話を、ほぼなぞっている状態なのだ。
元々小さな集落が寄り集まったような状態だったこの国の基となった地域に、【愛と癒しの女神様】と心を通わせた乙女が出現。後に初代国王となったとある集落の長である青年と心を通わせ、『私の祝福する2人が、あなたたちの愛するすべてを守れるように』と、この国の守護竜様が女神様より遣わされた。
乙女と青年の祈りに応えて力を振るう守護竜様により、人々を襲う凶悪な魔獣からこの国は守られることとなり、国は急速に発展し永く繫栄した。というのが、この国の建国の神話だ。
それを再現したかのようなディルナちゃんと王太子殿下の間に立ちはだかった【悪役令嬢】が、いかに許されざる存在かわかるだろう。
ざまぁされなきゃ、私が困る。ここでやりすぎなくらいにざまぁされておけば、我が公爵家が、後々世間の同情を得ることだって叶う。
「えっと、ちなみに今のところ、私に対する罰ってどんな候補があります……?」
ざまぁの必要性を改めて痛感した私がそっと問うと、難しい表情で黙り込んでいた父が、顔をあげた。
「国外追放、ということにして、隣国への留学を考えていた。……の、だが。お前と殿下の婚約が破棄になるだろうと判断した、とある家がとある提案をしてきて、神殿と貴族議会が、『それはちょうどいい』と賛同しているような状態だ」
婚約破棄、からの。ということは、よっぽど、悪役令嬢にふさわしい罰になるような過酷な婚姻を結べ、ということか。
私の推測を裏付けるように、その話を知っているらしい国王陛下と我が父は、揃って悲痛な表情だ。
……どうにか国外留学ですまないものだろうか。
いや、でも一応、どんなひどい結婚なのか、試しに訊いてみようか。
「それは、……どういった、提案なのでしょうか」
そろりと私が問うと、国王陛下が重いため息を吐いた。
ため息を吐いたまま少しうなだれた陛下は、頭痛を堪えるかのように額を手で押さえながら、ゆっくりと教えてくれる。
「元々は、王家が対応しなければならない話であった。国防の要であるそのとある家に、王家から魔力の高い娘を嫁がせるべきである、と、前から議題にあがってはいたんだ。ただ……」
「ああ、王家の未婚のお子様方は今、王子殿下ばかりですものね。王家に一番近い独身者と考えると……、うん、私、ですね」
それは仕方ないのではなかろうか。もしかするとお相手がひどく年上だったりするのかもしれないが、貴族の娘の婚姻なんて、そんなものだろう。
当然の義務を果たしただけで世間様がざまぁされたと思ってくれるなら、それはそれで別に……。
あれ。
でも待って。
……国防の要? で、婚約者がいないとなると、まさか……。
「国防の要であるとある家、つまりはサントリナ辺境伯爵家だが、から、エマニュエルを、学園を卒業する一ヶ月後にでも、すぐに花嫁として迎えたいとの申し出があった」
「国一番のブサイクとの婚姻――、それが、エマニュエル嬢に対する罰の、現状、最有力の候補だ」
父と陛下の悲壮感漂う声音の言葉に、感じたのは、とてつもない衝撃。
サントリナ伯爵家から、国で一番ブサイクな方と、婚姻を結べとの提案。
それって、それって……!
はやる気持ちをどうにか抑えて、震える声で、私は尋ねる。
「国一番のブサイクって……、
私の言葉に、父は苦々しい表情でうなずいた。
同席していた面々は皆、どうやら私に対する同情から、揃って悲痛な面持ちだ。涙ぐんでいる者すらいる。
信じられない。
ありえない。
でも、どうやら本当のことらしい。
「つまり、ルース様に、
ああ、声が震える。
表情を律することができない。
衝動的に動きたがる自分の体を押さえつけるのすら一苦労で――、
「ただのご褒美じゃないですかっ!」
つい漏れた私の心からの叫びに、その場のみんなが、ぴしり、と硬直した。
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