第3話

 悪役令嬢の断罪イベントって、こんなに地味でいいのかしら……?

 それなりに覚悟を決めて迎えた今日のこの日、まず感じたのは、そんなことだった。


 国が平和になり、そろそろエンディングを迎えるのだろうと思われる2月下旬の今日、私が呼び出された場所は王城の応接間。

 ただし、一応城の奥まった部分にはあるものの、王族の方がごく親しい者と小規模なお茶会なんかをするときに使用される、比較的小規模の部屋だ。

 参加者は、推定悪役令嬢である私エマニュエル・ベイツリー、私の父であるベイツリー公爵、現状まだ一応私の婚約者であるフォルトゥナート・デルフィニューム王太子殿下、殿下の恋人にして推定ヒロインであり我が国を救った【女神のいとし子】であるディルナ・ラークスパー男爵令嬢、国王陛下。以上。


 ……もっとこう、大衆の集まる場で、高らかに私の罪を暴き立て、鮮烈な婚約破棄と断罪をするのがセオリーではないの……?


 まあ、ああいうのはあくまで物語的な演出であって、実際に物事が決まるのは、案外こんなような、当事者だけを集めたひっそりとした会議なのかもしれない。そう思っておこう。

 さてさて、私に下される判決はなんだろうか。

 王都からの追放とかで済むと嬉しいなぁ。

 今、国王陛下によってつらつら読み上げられている私の罪状、ほとんど心当たりないし。


 どうも、学園で、推定ヒロインなディルナちゃんに対する、物を隠しただの嘘を教えただの悪い噂を流しただのといったいじめが、あったようだ。私はほとんど知らないけれど。

 ただ、罪状のすべてに付いている『誰それを使って』だの『なにがしに命じて』だのの、誰それさんやらなにがしさんらの名には、覚えがある。すべて私と仲のいい友人か、わが家と派閥を同じくする家の子女らだ。

 使った覚えも命じた覚えもないが、本当にあったことなら、みんな私のためにしたのだろう。


 婚約者の心を奪われていたのは事実だけど、私たちの婚約は政略も政略で、特別な感情はすこしもなかったが。その上、乙女ゲームなら負け確定の悪役令嬢である自覚があった私は、早々に諦めていたが。

 正直に言ってしまえば、余計なお世話でしかなかった。けれど、みんなは私のためにと動いてくれたのだろう。たぶん。

 そんなことをあの子がするかなと疑問なことにもきっちりうちの派閥の人物名が添えられていて、それ、どこかの誰かがやったことを、ついでに全部うちに押し付けてない? と、思わないこともないけど。


 なんにせよ、派閥一同政治で負けたということだろう。そのトップである公爵家の長女として、私が責任をとらなければならない。

 ディルナちゃんが女神様のいとし子様であると発覚した以上、彼女がこれまで軽んじられていたことに対する落とし前は、誰かしらにつけさせなければならないのだろうし。

 女神様に祝福された2人の結婚を盛大に祝うために、『いやいや、略奪なんかじゃないですよー。というのも、前の婚約者ってのがそりゃあもうひどい女でね。王太子妃にはふさわしくないと、婚約を破棄されたところだったんですよー』ってしたいんだろうし。


 仕方ない。これも、この立場に付随する責任というものだ。


「『……以上が、エマニュエル・ベイツリーの罪であり、神殿は厳格なる処罰を国に求める』……と、これが、神殿から私に送りつけられてきた親書の全文だ」

 ところがそう言った後、国王陛下は、手に持っていた紙の束(どうやら神殿から送られた手紙だったらしい)を、雑に机の上に放り捨てた。


「まったく、実にくだらんな」

 ついで不機嫌そうに鼻をならしてそう言った陛下に、私は首をかしげてしまう。


 あれ? もしや陛下は、私を糾弾しようとしている神殿に、あまり同調してらっしゃらない……?


「本当ですよ! エマ様は、なんにも悪いことなんかしてません! 今のお手紙の9割くらいを占めていた『~という誤った作法・慣習を教え、いとし子様が失敗するよう誘導した』シリーズ、全部、純然たる私の自爆ですし! そんな回りくどい嫌がらせなんか、エマ様も誰もしていませんから!」

 ぷりぷりと怒りをあらわにしながらそう言った推定ヒロイン、ダークブラウンの髪と瞳がいとし子様の力を使うときだけピンクに光る、なかなか面白い生態をしているディルナちゃんに、ますます私の困惑は深まる。怒りのあまり暴走しかけているのか、若干桃色になりつつある。


 いや、まあ実際、それほど堅苦しくない田舎の男爵家でのびのびと育ったディルナちゃん、あんまり貴族的作法・習慣、身についてなかったけれども。

 その上わりと考えなしに行動するから、私が止める間もなく元気いっぱい自分でやらかしていたけれども。

 むしろ、クラスメイトとして、やらかしたことをフォローしたり正しいやり方を教えているうちに、いつの間にやら【ディルナちゃん】【エマ様】と、愛称で呼び合うほど仲良くなったのだけれども。


 でも、あなた、私がきちんと断罪されなきゃ困る立場に自分がある自覚は、ないの……?


「ごめんなさい、エマ様。私が、無知で馬鹿な田舎娘なせいで、変な言いがかりをつけられてしまって……」

 うるりとその大きな瞳をうるませてディルナちゃんがそう言って、私はぎょっとしてしまう。

「いえ、そんなことは……」

「いや、ほんとに。さっきの手紙で、あー、私ってそんなにやらかしてたんだなーって、恥ずかしくなりました。あ、ちゃんと反省して学習するために、さっきのやつ、書き写したりした方がいいですかね?」

 私の反論を遮り、ことりと小首をかしげながらそう言ったディルナちゃんの肩をそっと優しく抱きしめるのは、彼女の隣に座る、フォルトゥナート王太子殿下。

「今や王族以上の立場になった女神のいとし子であるあなたがするなら、特に間違いではないものも多数含まれている。わざわざこんな悪意に満ちた禍々しい物を教材としなくていいと思うよ」

 愛しさが全面に出た甘い声音でそう言った彼から、なんとなく目をそらしてしまう。

 直視できないくらい甘い。甘すぎる。勘弁してほしい。


「じゃあやめときます! ……しかし、そんなに色々変わっちゃうんですね。む、難しいなぁあ……!」

 殿下の甘さなんてなかったかのように、どこまでも元気よくそう言い、ううーと呻いて頭を抱えたディルナちゃんに、苦笑いが漏れてしまう。


「ディルナ様は、お立場が急激に変化されましたものね……」

 私が思わずそう言ってしまうと、ディルナちゃんはぱっと顔をあげた。

「エマ様までディルナだなんて……! 寂しいです! 今までみたいにディルナちゃんって呼んでくださいよぅ……」

 めそめそと半泣きになりながらそう言ったまでは、苦笑いで流してあげられたのだけれども。

「今まで私のことを【ほぼ庶民】とか【おいそこの】とか呼んでいた学園の人たちだって、急に女神のいとし子様って……。別にそのままでいいのに。私なんか、ただ」「それ以上はいけません」

 さすがに流してはあげられない発言をしたディルナちゃんの言葉を、私は遮った。


 そのまま、彼女が先ほど、自身を【無知で馬鹿な田舎娘】と言ったときから言ってやりたかったことを、言ってしまうことにする。

「ディルナ様、おそれながら申し上げさせていただきます。あなた様は愛と癒しの女神様のいとし子様としての力を発現させ、国の守護竜様を復活させたお方です。おかげでこの国は救われました。あなた様が守った命がどれほどあるか、あなた様に感謝する者がどれほどいるか、よく考えてください」

 常より硬く厳しい私の言葉に、ディルナちゃんは真剣に耳を傾けているようだ。私は、続ける。

「この国の成り立ちをなぞるような奇跡を見せたあなた様は、この国の誰よりも貴い身分となられました。そのあなた様が自身を低く扱われるということは、その下にある我ら貴族も国民一同も、まとめて下げる行いと自覚して欲しく思います。あなたに感謝しあなたを崇めるすべての者を、愚弄する行いだと理解してくださいませ」


 きっぱりと言い切ってから『さしでがましいことを言って、これでまた罪状が増えたかな』と考える。

 まあいい。きっと、100かそこらが101かそこらになるだけだ。大して変わらないだろう。


「私も、エマニュエル嬢の言うとおりだと思うよ」

 王太子殿下がやわらかく苦笑しながらそう言って、どこか呆然としていたディルナちゃんは、ゆっくりと幾度もうなずきながら、まるで自分に言い聞かせるように語りだす。

「……なんか、今ので、最近教えてもらった色々なことが、すーってひとつに繋がった気がします。そっか。だから私は、人に侮られないふるまいをしなくちゃいけなくて、なんでも自分でやっちゃいけなくて、謝罪を気軽にしちゃ駄目で、感謝をするときもあくまでも上からで、ああー……!」

 最後は頭を抱えながらも、とにかくなんだか納得してくれたらしい。


「……ありがとうござい、……いいえ、ありがとう、エマ様。あなたがはっきりとおっしゃってくれなければ、私はこれからも、あなた方を貶め続けてしまったことでしょう」

 ディルナちゃんはぎこちなくも、なんとかそう言った。さっそく私に敬語を使うまいとする姿勢は素晴らしい。

 ただ、『おっしゃって』だと、私をあげてしまっているんだが……。まあそんな細かいところは、講師役の人間がこれから教えていくことか。


 今は、彼女の背筋がのびて、ちょっぴり威厳のようなものを感じられるようになったことを素直に喜んでおこう。

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