第2話

 たぶん、いわゆる悪役令嬢転生ってやつだったのかな、と思う。


 私、エマニュエル・ベイツリーは、平成の日本からここ剣と魔法の異世界に転生してきた、いわゆる異世界転生者だ。

 こちらでの生家は公爵家、婚約者は私のはとこでもある王太子。

 国で随一の美貌といわれる姿かたちをしていて、魔法の才能にも恵まれている。

 おまけに、得意な魔法は氷と闇。

 このスペック、いわゆる悪役令嬢っぽい気がしないだろうか。少なくとも、私はそんな気がした。


 となれば当然、破滅エンドを回避すべき、ではあるのだが。

 ひとつ、大きな問題があった。

 これが『私は悪役令嬢転生を果たした!』ないし『私こそが悪役令嬢である!』と断言できない理由でもあるのだが、


 私、んだよなぁ……。


 いやなんとなくこの世界乙女ゲームっぽいな、とは、思ったけれども。世界観とか、起きている出来事とかから考えて。だから、たぶんこうなるのかな? みたいな推測は、一応立ったけれども。

 でも、具体的なストーリーや登場人物には一切ぴんとくるものがなかったし、この世界そのものすら完全に未知のものだった。

 誰の姿を見ても、どんな名前を聞いても、いかに印象的な会話を交わしても、挙句の果てに国を揺るがす事件が発生し本編ストーリーっぽいものが進行しはじめてすらも!


 さっぱり、ひとっつも、なーんにも、知らなかったしわからなかった。


 いやだって実際知らないし、

 そう、この世界は、ちょっぴり、いやかなり、もしかするとはちゃめちゃに、変、なのだ。

 というのも、この世界は、美醜の感覚が、私の知るそれとは、盛大にズレている。


 まあ、あらためてなにが美でなにが醜なのかと考えると、時代や文化でも変わるものだし、言葉にしづらい。こう、なんとなくバランスがいいとかそんな感じが美……? と、もごもごしてしまうところではある。

 それでも、とにかくこの世界のルールはおかしい、とは断言できる。

 非常にシンプルでわかりやすくはあるのだろうが、私はどうにも奇妙に感じてしまう。なにせ、


 この世界の美=髪の色が濃い

 この世界の醜=髪の色が薄い


 なのだから。

 まあ、一応の根拠というか、原因っぽいものには覚えがある。

 というのも、この世界では髪の色=神様の祝福のあらわれと考えられている。

 実際、赤は炎、青は水、みたいな感じで、そういう色の人はそういう魔法が得意だ。また、色が濃ければ濃いほど使える魔法が強い。複数の属性の魔法が使える人物はそれを掛け合わせたような色をしていて、その究極、黒髪の人物ともなれば、それはもうだいたいどんな魔法でも使いこなせたりする、

 だから、だじゃれとかではなく本当に、髪はエレメント的なあれそれをそれぞれ司る各神様の影響を受けてその色になっている、のかもしれない。

 いや魔法が使える理由とか私は知らないし、推測でしかないのだが。

 でも一応、この国の宗教ではそういうことになっている。


 それはまあ、いい。

 だからって、なんでそれが美醜の基準にもなるのかが、いまひとつ納得できないだけで。


 最初になんか変だなと思ったのは、私の今世の両親に対する世間の評価だ。

 わが母はちょっとぽっちゃり気味だがおっとりにこにことしたかわいらしい人で、わが父は無駄に顔のいいイケオジだ。と、私は思っている。

 ところが世間の評価は、艶やかな美貌の公爵夫人と、容姿に多少の難はあるが優れた地位と頭脳と財産で夫人を射止めた切れ者公爵、なんだそうだ。

 理由は2人の色だ。


 母の髪は艶のある黒で、瞳は栗皮色。

 父の髪は亜麻色で、瞳は黒。

 主に美醜の基準にされるのは髪だが、それにつられるかのように、瞳の色も濃い方が人に好まれやすい。

 よって、母は絶世の美女となり、父は瞳が多少カバーしてくれるのを加味して、並より少し下くらいのブサイクとなるそうで。


 いやいや。いやいやいや。

 母、癒される顔立ちはしてらっしゃるが、そこまで美女ではないと思うんだが……?

 父、わが父ながら無駄にキラキラしい美形なんだが……?

 父が母の美を日々熱烈に褒め称えるのはまあ夫婦仲がよろしくてよろしいですねで済むが、世間様も母の方に見惚れるの……?

 母が父の容姿を気にせずに愛を返していることが母の美点として評価されるほど、父は醜いと世間様は思っている、と。

 それほどまでに、色彩だけで美醜が決まる……。


 孔雀か?

 この世界の人類、美醜の感覚レベルが鳥か虫。


 この事実を知った幼い日に、そう思った記憶がある。

 その後、逆になぜ目鼻立ちや体格体型は美醜の考慮にいれないのかを周囲の人々に尋ねてまわったら、「なぜそんなものを気にするのか」だの「何代か前の王が、くるぶしのまるみ加減で妃を選んだらしい。その方に似たのだろうか……」だの、さんざんな反応が返ってきた。


 私の美醜感、まさかの【くるぶしのまるみ加減】と同レベルの、特殊なフェチズム扱い。

 いや、顔立ちや体型が、そのレベルの【どうでもいいもの】扱いされていると言った方が正確か。

 うん、実に異世界な異世界に転生してしまったものだ。


 この世界が乙女ゲームだとするならば、この辺が攻略対象者なんだろうなと思われる男子たちも、ステキなのは主に髪色である。全員ほぼ黒に近い色をしている。よっぽど極まった黒髪フェチが通した企画なのだろうかと思わずにはいられない。

 まあみんなその分魔法も強力なものが使えるし、顔もだいたい良い感じではあるのだが、乙女ゲームの攻略対象者っぽいか? と考えると……。正直、いささかモブっぽい容貌の人物も堂々とメンバーに並んでいるので、【珍奇な乙女ゲーム】だと思わずにはいられない。

 というか、最終的に推定ヒロインちゃんに攻略された我が婚約者、王太子様その人こそが、いささかモブっぽい容貌だったりする。

 私からすると落ち着きを覚えるような、過剰な華はない柔和な印象な顔立ちの彼は、しかしながら髪も瞳ももうほぼ黒な黒褐色なため、この世界的にはとてつもなくかっこいい、らしい。

 とてつもなくかっこいい(髪色の)王子様である。


 そう、私が悪役令嬢っぽいという根拠に【国で随一の美貌】とかあげてみたが、つまりは彼と同様、国で随一の美貌(髪)なのである。

 母譲りの、お日様の下だと青系統らしいことがなんとかわかる程に黒い髪というのは、そりゃあもう最高の美女(髪)なのである。

 あ、ついでに父譲りの黒い瞳もそこそこのポイントになるらしいので、正確には国で随一の美貌(色)だろうか。


 なんにせよ、実にむなしい。


 実にむなしいが、まあとにかくこの国では恵まれているスペックではある。

 悪役令嬢らしく隙のない美貌(色)、人が羨むような出自、裕福な家庭。その恩恵をフルに受けた贅沢でしあわせな暮らしを、今日この日まで享受してきた。

 体が弱く早世した前世から考えると、いくらでも学べて思い切り体を動かせるだけでもありがたかったのに、それ以上、この上ないほどの生活をさせてもらった自覚はある。


 だから、十分だ。

 これから悪役令嬢として裁かれ、きっと破滅エンドと思われる結末を迎えるのだとしても、魔法の才も、それを十二分に伸ばしてくれた高度な教育も、私には与えられている。

 そこまでの重罪は犯していない。

 罰としてあり得るのは、ベイツリー公爵家からの絶縁と貴族籍の剥奪、何年間か神殿に身を置いての社会奉仕活動、最悪重くて国外追放といったところだろう。

 どれであろうと楽しく生きていけるだけの能力は、既に与えてもらっている。


 そう腹をくくって、今日この日、私、悪役令嬢エマニュエル・ベイツリー公爵令嬢の断罪の日を、迎えたのだけれども。

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