人狼に捧ぐ小夜曲⑨

『ガァッ!』

「おらぁ!」


 振るわれる爪に合わせるように、比翼の雌雄ソハヤマルの片翼を振るう。

 硬い音が響き、火花が散る。

 鍔迫り合いの状態に持ち込まれても、スキル補正で規格外EXランク並みになった俺の筋力STRと、雷光の角アステリオスにひけをとらない防御性能を持つ比翼の雌雄ソハヤマルは動じない。そうして膠着状態に持ちこんだ隙に、もう片翼を白狼の手首めがけて振り抜いた。


 振り下ろす力を強める筋力STR、素早く刃を引く俊敏さAGI、そしてそれらの肯定を間断なく行うための器用さDEX。【恋獣ビーストハート】で大幅に強化されたステータスの恩恵によって、脇差かたなはその攻撃性能を遺憾なく発揮する。


『ギィ――!』


 0と1でできた肉が切り裂かれ、エフェクトという名の血が迸る。

 痛みのSEを零しながら、白狼は鍔迫り合いを放棄。前脚に込めていた力を緩めると同時に、首を大きく振って体当たりを仕掛けてきた。

 伏せてかわすのは退路が減る。後ろに飛び退き、鼻と前脚のサンドイッチから逃れた。


『ウォォォォォンッ!』


 逃がすとばかりに【咆哮ハウル】が飛ぶ。

 四月一日ヒーラー不在の状態で一番受けたくないスキルだが、それはついさっきまでの俺の話。何度でも言おう。今の俺は、朔とスキルを共有している!


「ハッハー! きかねえんだよなあ!」


咆哮ハウル】無効のパッシブスキル【魔獣の女王おう】。その恩恵をフルに受けた状態で、【八艘跳び】込みの走り幅跳び&跳び蹴りをぶちかます。

 スキル使用直後のわずかな硬直クールタイム。本来ならデメリットにならないはずの代償それは、空中でのジャンプすら可能にする【八艘跳び】で一息に距離を詰めてしまえば正しく代償となる。無防備を晒す鼻先に、俺の足裏がクリーンヒットした。


『グ、ァ……!』


 綺麗に一撃をもらった白い獣が、苦悶の声を零す。

 黒い方も【咆哮ハウル】を使ってきていたら、手札としてはいまいちだっただろう。しかし、どうやらあっちには使用できないらしい。明らかに使った方がいいタイミングでも使ってこなかったから、使わないんじゃなく使えないのは確定と見てもいいだろう。

 そのおかげで、【咆哮ハウル】無効という不意打ちは見事に白い方に刺さってくれた。


「跳び蹴りからのぉ――かかと落としィ!」


 ステータスに任せた、虚構ゲームならではの無茶な空中旋回を決める。

 アクロバティックな体勢のまま、跳び蹴りによって上向きになった鼻に今度はかかとを思いきり振り下ろし、吠え声を放ったばかりの顎を無理やり閉じさせる。くぐもった声とともに、面長の顔が深く沈んだ。


 踵落としの勢いを利用して、そのまま空中バク転。からの着地。10点、10点、10点。

 惚れ惚れするような着地を決めた後、即座に地面を蹴る。そして、白い獣の脇を駆け抜けるとともに、比翼の雌雄ソハヤマルの片翼ででかい胴体を斬りつけた。


 血霧ダメージエフェクトが飛び散るのを視界の端に収めつつ、急ブレーキをかけて体を反転させる。

 ケツめがけて斬りかかろうとしたが、大きな尻尾が牽制のように叩きつけられた。

 毛のせいで柔らかそうだと錯覚しかけるが、あれは巨大な鞭だ。当たったらひとたまりもない。ギリギリで踏みとどまり、白狼がこっちを向くのを待った。


『ガルァ!』


恋獣ビーストハート】の特性リミットを知らない白狼は、体の向きを入れ替えた途端、素直に跳びかかってくる。ただし今回は爪で引き裂きにはかからず、俺を圧し潰さんとばかりに巨体は上に跳んだ。

 相手が次の攻撃に移りやすい分、何気に回避に頭を使う攻めだ。


 あえて逃げずに迎え撃つ? いや、全体重がかかった攻撃を迎撃するのはさすがに無謀が過ぎる。というか比翼の雌雄ソハヤマルがぶっ壊れる。


「ちっ!」


 舌打ちをしつつ、一気に距離を引き離せる跳躍じゃなく対応がしやすい走りを選択。朔VS黒狼にかち合わない位置取りは意識しつつ、横方向にステップを刻む。


『ガァッ!』


 案の定、奴は着地と同時にもう一度跳躍し、今度は低めの高さで跳びかかってきた。

 根本的にリーチが絶望的に違う。白い獣の牙が、瞬く間に眼前へと迫る。


 現実リアルの反射神経をそのまま持ってこられたら、絶対に回避できない。【死に覚え】を始めとする、ヨシツネというプレイヤーの動きを支えるスキル群もこいつ相手にはあまり効果を発揮できないから、素のヨシツネでもきつい。

 だが今、反射神経を司るDEXのステータスはプレイヤーの限界を突破している。

 捉えられるなら、合わせることは難しくない!


「牙ぁ!」

『グゥ……ッ』


 言葉とともに、ばかでかい犬歯に比翼の雌雄ソハヤマルを叩きつける。

 反動で体が浮き、後ろに飛ばされる。代わりに白狼の攻撃は勢いを殺され、生物としてデリケートな場所に衝撃を食らった巨体は俺に追撃を仕掛けることができなかった。

 迎撃が成功したことに、痺れる手を無視しつつ内心ガッツポーズをとる。


恋獣ビーストハート】発動中かつ慣れたアバターなら、優勢で事を進められる。横目で朔の方を見る限り、あっちもステータスの暴力で黒狼を圧しているようだった。

 問題はやっぱり、とどめのタイミングだ。


。後はどこに挟みこむかだけど……ん?)


 スキルのカウントダウンを意識から外さずに考えを走らせていると、お互い攻撃が届かない状態だというのに白狼が顎を開いた。

咆哮ハウル】の前兆動作モーション。だが、俺にきかないのはさっき証明されている。

 これがただのエネミーならAIの判断ミスと思うところだ。しかし、幻日のアルターマーナガルムのAIを舐めて辛酸を舐めさせられた経験が警鐘を鳴らした。


 思考数秒。

 


『ウォォォォォンッ!』

「――きかねえって言ってんだろうが!」


 硬直クールタイムに合わせるように、【八艘跳び】を噛ませた跳び蹴りで一気に距離を詰める。

 狙うのは、さっきと同じくでかい鼻。足裏は、寸分違わず鼻先に向かっていき――――


 本来なら動かない狼の顎がさらに大きく開き、自分から飛びこんできた獲物おれを噛み砕く。

 その口の中で、獲物おれの体は煙か霧かのように霧散した。


不知火の影ウツツノユメ】。

 本体おれは白い獣の真横に立ち、無防備な下腹めがけて比翼の雌雄ソハヤマルの片翼を振るった。


「――――っ、がぁ!?」


 直後。

 体が鞭のようなものに強打された。


「っ、な」


 視界の端にちらつくのは、毛に覆われた尻尾。

 それに殴られたのだと理解すると同時に、忌々しい夜、二人がかりのレアスキル硬直デバフがきかなかったことを思い出した。


(一回引っかかったのは驚いただけかよ!)


 そんなのありか、と。

 ふざけたAIに毒づく俺の目が、白狼の顔を捉える。

 にやり、と。

 あの夜と同じ笑みを浮かべながら、白い獣の咢が今度こそ俺の体に食らいついた。

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