人狼に捧ぐ小夜曲⑧

「おらぁ!」


 気勢をこめた声とともに、比翼の雌雄ソハヤマルの片翼を振るった。

 それに合わせるように黒い狼が後ろに身を引き、切っ先が鼻先をかすめる。同時に思いきり前に踏みこみ、懐に入ることで爪の間合いから離脱。代わりに噛みつきの射程圏に入ったが、臆することなくもう片翼を肩口に振り下ろした。


 突き刺す方がダメージはでかいが、そっちは選択しない。

 ペイントで染色された剛毛ごと、皮膚を切っ先で抉る。

 叩きつけると同時に刃を引けば、接触面に摩擦が再現される。その摩擦こそが、日本刀という武器ウェポンによる切断のメカニズムだ。朔のSTRで振るっていた時のような切れ味こそ出なかったものの、傷口からは黒い血霧ダメージエフェクトが噴き出した。


『……ッ!』

「鈍い! 【八艘跳び】ィ!」


 間合いに入った俺の頭を噛み砕かんと、音なき咆哮とともにごつい牙が横合いから迫る。

 しかし、相手にも攻撃されることを覚悟の上で突っこんだのなら、眼前の凶器に焦る必要なんてない。スキルを行使し、牙の間合いから紙一重で退避する。

 代償として肩の肉がちょっと削られたが、誤差だ。

 HPバーのチェックは徹底しつつ、俺は比翼の雌雄ソハヤマルを構え直した。


『――!』


 そんな俺に、今度は黒狼から跳びかかってきた。


「っ、とぉ……!」

『ッ!』


 後ろに飛び退き、振り下ろされる爪を紙一重でかわす。

 さっきの意趣返しとばかりに続けざまの追撃。もう片方の脚を使って大きく踏みこんできた狼が、その図体こそが武器とでもばかりに突進を仕掛けてくる。


 横に跳んで回避。一番わかりやすい逃げ道に素直に行かしてもらえるとは思えない、NG。

 上に跳んで回避。【八艘跳び】はまだリキャスト中だから間合い外まで跳べない、NG。


「それならぁ!」


 突撃に合わせるように、黒狼の鼻先めがけて蹴りをお見舞いした。

 さっきまでとは体格が一回り違うが、こちとらかけ離れた体格のアバターを乗りこなすのなんて日常茶飯事だ。足裏を狙い通りの場所にぶつけ、無理やり衝突の勢いを減速させた。


「くぁ~~~っ!」


 込めた運動エネルギーが桁違いなので、もちろん相殺なんてできない。殺しきれなかった衝撃に呻き声を上げながら、俺の蛮行に虚を突かれた黒狼めがけて比翼の雌雄ソハヤマルを振り上げる。


「【立待月タチマチ】ィ!」


 動作に合わせて唱えるシングするのは、朔のルー・ガルーのスキル。

 本来ならモーションを真似ることはできても、彼女のように即死判定込みの斬撃技を繰り出すことはできない。しかし、振り下ろした二振りの脇差からはカマイタチが射出され、至近距離の黒狼に被弾した。


『ッ、――ッ!!』


 響く咆哮に飛び散るのは、さっきとは比にならない量の血霧ダメージエフェクト

 HPを減らした確信に手ごたえを感じる一方で、手札が減ったことに小さく舌打ちをした。


「あらよっと!」


 置き土産とばかりに鼻を踏みつけスタンプしてから、いったん黒狼から距離をとる。

 そのままリキャストが終わった【八艘跳び】を使い、近くにある観覧車のゴンドラへと飛び乗る。大きく揺れたものの、人一人分の負荷でどうにかなるようなものでもない。すぐに揺れは収まり、俺に安定した足場を提供した。


 俯瞰のポジションから、もう一つの戦場を一瞥。ちょうど、朔が一撃――モーション的には多分【十日夜の月トオカンヤ】――を、白い狼にぶち当てたところが目に留まった。


 よし、いける!

 黒狼から意識は外さず、俺は口を開いた。


「スイッチ!」


 合言葉を叫べば、白狼に追撃を与えようとしていた朔が迷うことなく向きを反転させた。

 華奢な体が、しなやかな動きで走り出す。

 白狼は慌ててその後を追い始めるが、四つ足の移動速度をもってしても朔のルー・ガルーとしてのスペックを取り戻した朔には追いつけない。白い獣を置き去りに、朔は瞬く間に観覧車の足元までやってきた。


『……ッ!』


 ゴンドラに飛び乗ろうとしていた黒狼が、俺を追うのを諦め、朔と対峙する。

 弾丸のように飛びこんできた朔めがけて、前脚が振るわれる。それに合わせるように朔もまた刀を振り抜き、二種類の武器が火花を散らさんばかりにぶつかりあった。

 その激突を横目に、俺はゴンドラから飛び降りた。


「おらぁ!」


 落下予定地点は白狼の頭上。【八艘跳び】によるブーストで一気に落ちていき、飛び蹴りならぬ飛び降り蹴りをぶちかます。

 片足が、白狼の脳天にめりこんだ。


『ガァ!』

「っと……!」


 しかし、さすがにこれくらいじゃ奴も怯まない。苛立たしげな咆哮とともに勢いよく頭を振り、俺の体を振り落とした。

 空中で回転し、着地。そこにすかさず、殺意と怒りを滾らせる獣が突っこんできた。


『グルァ!!』

「ナメんな!」


 突撃を紙一重でかわし、すれ違いざまに比翼の雌雄ソハヤマルの片翼で斬りつける。

 白い獣から零れる黒い血霧ダメージエフェクトが、その一撃によって増える。それでHPの残量を予想しつつ、意識ヘイトを俺に固定した白狼と改めて対峙した。


 ――――弐の偉業セカンドミッション【人狼と真の絆を育め】をクリアしたことで、俺と朔の入れ替わりは解除された。それだけなら、俺たちはさっさとアーサーたちのところに戻っていただろう。

 だが、ミッションクリアがフラグになっていたのか、俺は新たなスキルを取得していた。

 戻るのを遅らせてでも、朔との打ち合わせがいるレベルのスキルが。


 スキルの名前は【一心同体エンゲージ・リンク】。

 その効果は、


 つまり、RTNのエンドコンテンツたるストラテジーエネミーのスキルを、プレイヤーが使用することができるのだ。ぶっ壊れスキルだろこれ。

 身体能力ステータスを向上させるパッシブスキルの恩恵もかなりあるが、何よりでかいのは高い打点が見込める攻撃スキルを使えるようになったことだろう。


 RTNというゲームにおいて、ヨシツネというプレイヤーは継戦能力と既知対象との戦闘に長じている。その代償として、DPSはあまり高くない。VS朔のルー・ガルーもVS幻日のアルターマーナガルムも、決定打に欠けるという問題点は解決できないまま臨んでいた。


 だが、今の俺には朔のルー・ガルーの攻撃スキルが使用できる。

 スキルのメインは他に類を見ない高倍率即死だが、即死効果が発生しなくても火力技として運用可能。同時撃破というレイドエネミーにあるまじき勝利条件を満たす上で、高火力スキルが使用できるようになるのは正直かなりありがたかった。もしかしたら運営は、これを見越してこんな壊れスキルを作ったのかもしれない。

 しかし、だからといって繊月十日夜の月トオカンヤ三日月の三連撃ヨシ! とはいかない。なぜなら、強いスキルには相応の代償リソースがつきものだからだ。


(スキルは……被ダメ考えたら、あと一,二発が限界か)


 HPバーを一瞥。

 それを見て、脳内に攻略チャートを走らせる。


 月の名前を冠した剣技スキル群はSANを消費せず、リキャストもないに等しい。その代わり、これらのスキルはリソースとして無視できない量のHPを要求してきた。

 いわゆる自傷スキル。自分の命を削り、相手の命を奪う技だ。

 初見殺し【満ちず欠けてツキハミ】を使った後の朔は、見るからに消耗していた。俺はそれを固有のデメリットだと思っていたが、実際にはHPを消費するスキルを一度に六つも消費したからその分だけ消耗したということらしい。


 朔を倒した時、内心超高難易度エンドコンテンツにしてはHPが少なかったなと思っていたが、HP消費スキルをバンバン使いながら耐久戦なんかしたらそりゃあHPもゴリゴリ削れる。AIさくの思考ルーチン、前のめりすぎないか? 薩摩武士じゃねえんだぞ。

 もっとも、俺というプレイヤーが朔のルー・ガルーメタに近いのは否定しないが。


 そして、そのスキルに加えて比翼の雌雄ソハヤマルがダメージを後押ししてくる。

 

 回避合戦だった俺と朔の死闘を見てそんなことを再認識したというかっこつけたがりロールプレイヤーは、新しい相棒である比翼の雌雄ソハヤマルに理想の剣戟に耐えうるだけの防御性能と、レイドエネミーと渡り合えるだけの攻撃性能を両立させた。


 それができるなら死が二人を離別つまでカルペ・ディエムでやれよと思うだろう。俺も思った。

 だが、この攻撃性能というのは刀の性能――すなわち、摩擦による切断を再現することで付与できたものだ。要するに、高いSTRで振るって初めて名刀並みの切れ味を発揮する。ちなみにSTR:Sじゃ基準値に届かないらしい。プレイヤー使えねえじゃん。


 だが、【恋獣ビーストハート】発動中の俺なら話は違ってくる。

 EXランクを誇る朔のルー・ガルーのSTRと渡り合える以上、俺のSTRも一時的にそのランクに達している。つまり、基準値を十分に満たしているのだ。

 なお、RTNに存在する日本刀モチーフの武器に「摩擦による切断」なんて性質はない。あるのは純粋な攻撃力だけだ。四月一日あいつ、データマンでもないくせにデータ勘はめちゃくちゃいいから、既製品にない性能をバンバン付与できるんだよな。

 閑話休題さておき


 以上の理由により、火力は確保できている。だが、連発はできない。

 もっと言うなら、使うなら確実に当てなくちゃならない。


 戦う相手を入れ替えることで被ダメ量は調整してきたものの、さすがにそろそろ対応されるころだろう。あえて駆け引きをしない力押しの交代スイッチは効果的だったが、いつまでもそれに翻弄されてくれるような相手でもない。

 決めるなら、このタイミングだ。


「朔とやりあった時ほど、良い意味でのモチベは高まっちゃいないが――」


 比翼の雌雄ソハヤマルの柄を握る手に力を込めながら、目の前の白い獣を睨みつける。

 幻日のアルターマーナガルム。あるいは、ハティ。

 四月一日曰く「憎しみ」と「敵」を意味する狼は、その名を体現するように激しい憎悪と敵意を俺にぶつけてくる。その負の感情は、相手がゲームのMobということを忘れるほど真に迫ったものだった。

 そして、元のアバターに戻った今だからこそ、わかる。

 激しい憎悪の裏に隠された、もう一つの感情に。


 あれは――――だ。

 人間たいましに、退魔士プレイヤーに、何よりヨシツネというおとこに嫉妬している。


 多分あいつは、人狼の少女ルー・ガルーに慕情を抱いているんだろう。

 だからこそ、彼女を自分のものにしようとその力を喰らい、彼女と相対できる退魔士プレイヤーという存在に、彼女に背を預けられている俺というおとこに憎悪と敵意を向けずにはいられない。


 その嫉妬には、共感できる。

 だって、俺だってそうだった。

 俺以外の誰かが、朔のルー・ガルーを倒す。その可能性を疎み、その誰かに嫉妬して、俺はあの満月の夜、朔のルー・ガルーに挑んだのだから。


 だから、共感できる。

 そしてだからこそ――――俺はこいつのことが、絶対に許せない。

 ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じながら、俺は言葉の続きを叫んだ。


「女の子をひとりぼっちにさせたクソ犬に対する怒りは、こちとらずっと燃え上がってんだよ! 朔に寂しい思いをさせた落とし前、きっちりつけさせてやるから覚悟しやがれ!」

『――オォォォォン!!』


 俺の怒声に煽られるように、白い獣が咆哮を上げ。


「【恋獣ビーストハート】ォ!!」


 俺もまた、変化したスキルを吠えるように唱えたシングした

 SANは事前に変若水おちみずで回復している。よってリミットは、フルの四分弱。

 今回は要所だけで使うつもりはない。

 この四分弱で勝負をつけるべく、俺は跳びかかってくる狼に立ち向かった。

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