人狼に捧ぐ小夜曲③

 幻日のアルターマーナガルムには、三つの形態がある。


 最初に相手取る、アパートサイズの【巨狼形態フィンブルヴェト】。

 そして、最後に戦う象サイズの【凶狼形態ラグナロク】。


 前者は一定以上、後者はHPを完全に削りきることで撃破できる。ダメージを通すために特殊なギミックをこなす必要はなく、【朔のルー・ガルー】と同じくシンプルな戦闘を要求してくるタイプの形態と言えよう。

 そんな中、二つ目の形態だけ毛色が違う。


群狼形態ギャラルホルン】と呼ばれるこの形態で相手取るのは、名が体を表すように狼の群れだ。笛の代わりに終焉ラグナロクの前兆を告げる狼たちは無限湧きし、倒しても次から次へと現れる。こいつらがいなくなるのは、十五分という時が過ぎるまでだ。


 すなわち、耐久ギミックである。

 はい、せーのっ。


「めんどくせー!」


 このギミックに直面したプレイヤーの総意を叫びながら、俺は狼の体を十字切りにした。

 HPも防御力も低レベル帯のコモンエネミー並みなので、高レベルステータスの暴力で殴れば呆気なく塵になる。だが、すぐにおかわりが入るので積もって山みたいなものだった。

 火力だけは推奨レベル80台くらいなので全く気が抜けない。すぐ後ろで朔が刀を振るってなければ、とっくに集中力が切れて消耗度外視の特攻スタイルに切り替えてスイッチいただろう。

 だが、ノーデスを目指している状況で薩摩になるわけにはいかない。

 集中力を維持しつつ、俺は戦況に意識を向けた。


 戦場はメインゲートから移動し、アトラクションが集まる広場へと移っていた。

 俺と朔はメリーゴーランドを陣取って狼の進行方向を限定し、四月一日はひしゃげた観覧車のゴンドラで術式こえを張り上げている。


「ふっ……!」

「【詠唱省略エリプシス】――【ARROWアーチャー】! 【詠唱省略エリプシス】――【THUNDERトール】!」


 刀を振るうたび、術式攻撃まほうが炸裂するたび、白い狼は黒い霧となって散り散りになる。


 特に、自慢の創作詠唱をレアスキルで省略した四月一日のキルスコアが凄まじい。SANをリソースに放たれる矢や稲妻は何匹もの狼を屠り、観覧車の周りが残骸で煙るほどだった。

 倒した数に応じて最終形態の強さが変わってくるから、少しでも総数を減らす必要があるのがこの形態の大変なところだ。ただ逃げ回るだけよりは歯ごたえがあっていいが、気を配らないといけない今だとなかなかの負担である。


 アーサー?

 奴さんならジェットコースターのレールで鬼ごっこ中ですよ。


 もちろん遊んでいるわけじゃなく、奴も仕方なく鬼ごっこに興じている。

無比の六発ゼクス・クーゲル】は条件さえ揃えれば――朔がいくらか削っていたとはいえ――レイドエネミーの第一形態すら一撃で終了させるバ火力を誇る。当然連発されればゲームバランスもクソもないので、相応のリキャストと代償がセットでついていた。


 リキャスト、貫録の七分。

 そしてその間、【悪魔の采配ザミエル・ツァイト】という特殊状態が使用者には付与される。


 この特殊状態が厄介極まりない。

 何しろ射撃武器を使えば、その弾は全て敵じゃなく味方に当たるという強制フレンドリーファイアを引き起こす。武器を入れ替えることもできず、術式も使えないため、十分の間はただのお荷物と化すのだ。


 そんなデメリットを考慮しても初手ぶっぱが最善手という結論が出たので仕方ないが、その分一人当たりのノルマが増える。範囲を焼ける四月一日が多く引き受けているものの、キルスコアが多いということは一番目立っているとも言えるわけで。


「ヨシツネ、砲台かいくぐる奴が増えてきてる!」


 アーサーの声を受けて改めて観覧車の方を見れば、白い狼が何匹か観覧車の乗降口まで辿り着き、そこから骨組みを伝って登ろうとしている光景が視界に入った。

 アーサーが第一形態での切り札なら、四月一日は第二形態時での生命線だ。

 あいつの火力がないと十分に個数を削ることができないし、物量に押し負ける。個人的に一番ダメージを食らってほしくないのは朔だが、最終的な勝利を見据えて動くなら彼女を守ることにかまけてはいけない。


 耐久開始から六分が経った。

 アーサーの復帰まであと一分。

 作戦会議に参加していない朔に役割を振ることはできない。

 つまり、俺しかヘルプに行けなかった。


「~~~~っ! 朔! 悪いっ、しばらくソロで耐えてくれ!」


 俺は心で血涙を流しながら、朔をメリーゴーランドに残して駆け出した。


「わかった!」


 心の救いは、応じる声が弾んで聞こえたことだろう。

 それに安堵と罪悪感を覚えつつ、足裏に強く力をこめた。


「【恋ゆえに貪るビーストハート】!」


 メリーゴーランドと観覧車の間には決して短くはない距離が開いている。それを強引に埋めるように、俺はスキルを唱えるシングする

 直後、華奢な体が弾丸のように射出された。


【八艘跳び】よりなお速い跳躍を経て、俺の体は観覧車の足元に到達する。制御できない速度の中、それでも強引に体を動かし、一番手前にいた奴にライダーキックをぶちかました。

 黄金の右足はそのまま狼の体を貫通して、観覧車の足場に命中する。

 凄まじい音とともに観覧車が揺れ、その振動は俺の全身に返ってきた。


 何度も言うが、痛みはない。でも衝撃はばっちりくる。思わず状況も忘れ、俺はその場でのたうち回った。視界の端でスカートの裾がめっちゃ揺れる。ありがとう守護神スパッツ


「っ、で~~~~!」

「ちょっとヨシツネちゃん!? 落ちかけたんだけど!?」


 痛みを錯覚して悶える俺の頭上に、焦った声が降ってくる。

 それに少し遅れて、周囲にいた狼たちが突如飛びこんできた獲物おれに我先にと跳びかかってくる。だが甘い。【恋ゆえに貪るビーストハート】はまだ解除していないんだがこれが!


「ぅ、らぁ!!」


 美少女に似つかわしくないかけ声を上げながら、起き上がると同時に新たな相棒を振るう。比翼の雌雄ソハヤマルと名づけられた二振りの脇差は、まるで竜巻のように群がる狼を引き裂いた。


 それを見届けた後、即座にスキルを解除する。

 そこそこのリキャストを挟むからできれば解除したくないのだが、そうすると回復アイテムが溶けるのでやむを得ない。小さく息をついてから、俺は脇差を構え直した。


「足元は俺が引き受ける! 四月一日は全体焼くのに集中!」

「OK!」


 そんなやりとりをかわした後、小さな落下音の後にガラスの割れる音が響く。


「もうっ、変若水こんなもの使うほど術式連発するなんて初めてだよ!」

「たまには限界に挑むのも悪くないだろー!?」

「強キャラらしさゼロだよ! まったくもう!」


 自棄と楽しさが入り混じった声を浴びながら、俺は観覧車に群がる狼たちと相対した。


 頭を狙う個体を比翼の雌雄ソハヤマルの片翼で斬りつけた後、手の中で柄を持ち替え、足元に向かってくる奴に切っ先を振り下ろす。もう片翼は横合いから跳びかかってくる獣を貫き、返す刀で後続を切り裂いた。

 周囲に障害物の類いがないから、狼どもは好き勝手に襲いかかる。連携攻撃を仕掛けてくるほどの知性がないので多少条件反射に任せても問題ないが、それでも多角から数の暴力で殴られるのはなかなかに骨だった。


 対処できているのはひとえに、取りこぼした奴を四月一日が上から射殺してくれるからに他ならない。つまり、フォローが期待できないポジションは俺以上に大変ということだ。

 朔の周りには、ともすれば一番ヘイトを稼いでいる四月一日の周りにも負けないほど狼が群がっている。イレギュラー戦闘でもそうだったが、おそらく優先AIが組まれているんだろう。真っ先に仕留めんとばかりに、狼たちは俺の体に入った朔に襲いかかった。


 気が気じゃない。

 悪手とわかっていても、俺はメリーゴーランドの方をちらちら見ずにはいられなかった。


 屋根を支える支柱の周りにはスペースがあり、その空間を囲うように動かない馬が吊るされている。馬のおかげで狼たちは思うように跳びかかれず、必然的に一度に襲いかかってくる数は減り、やってくる方向は限定された。支柱を背にしていれば、少なくとも真後ろから襲撃を受けるということもなくなる。

 それでも、支援なしに一人で立ち回るのは難しい。特に朔は俺の体を未だ扱いかねているようで、リーチを見誤って攻撃を空振りさせる光景が何度も見られた。


 俺が何度目かの注視をした時も、振るった刀が狼じゃなく人工物の馬にぶつかった。

 四月一日謹製の太刀【連理の枝ダイトウレン】はさすがの切れ味で、表面に弾かれることなく硬そうな馬を容易く斬る。だが、何かを誤って斬ってしまったということは、斬り損なった何かがあるということで。

 視線の先で、一匹の狼が朔の肩口に飛びつくのが見えた。


「朔っ!」

『グルァ!』

『ガァ!』


 思わず声を上げた俺に、すかさず狼が左右から二匹跳びかかってきた。


「ちぃ!」


 舌打ちをした後、まずは右側の狼を斬り捨てる。返す刀で左側を処理しようと体の軸を捻ったところで、背を向けたばかりの方向から唸り声が聞こえた。

 直後、背中に衝撃が走る。

 次いで、火傷した時のジンジンするような疼きを背に感じた。


(やば……っ!)


 朔に意識を割きすぎて、接敵数を見誤った。

 視界の端で目減りしたHPバーに二度目の舌打ちを零しつつ、無理やりしゃがみこむ。頭上で何かがぶつかり合う音がしたのに合わせて、比翼の雌雄ソハヤマルを交錯するように振り上げた。


『ギャッ』

『ガ……!』


 手ごたえと短い断末魔が二つ。

 そして上から降ってくる黒い血霧ダメージエフェクトで、なんとか目下の危険は処理したことを知る。しかし、その代償として即座に体勢を立て直すことができない。

恋ゆえに貪るビーストハート】のリキャストは終わっていない。

 数秒後の自分に丸投げして、【八艘跳び】で強引に離脱しようかと考えたその時。


 ドンッドンッ、と。

 四発の銃声が耳に届く。


「ヨシツネ! !」


 それに続いて、アーサーの声が聞こえた。


「――――」


 離脱に向いていた思考を切り替えるスイッチ

 音と声がした方へ強引に顔を向け、ぐっと右の脇差を力強く握る。それから数回の瞬きを経た後、視線の先にいる狼たちの体が突如弾けた。


 それに合わせて、右手を勢いよく振るう。頭でいちいち指示するまでもない。その死に方は覚えているとばかりに、パッシブスキルが俺の体を動かした。

 次に視認したのは、空中で真っ二つにされた四つの弾だった。


「っ、ふ……!」


 脇差を振るった勢いに追従する形で側転し、体勢を立て直す。その直後、今度はメリーゴーランドの方角から連続した銃声が響いてきた。

 そっちに視線を向ければ、黒い血霧ダメージエフェクトを纏いながらも、狼からは解放されている朔の姿が目に留まる。少し経てば黒い霧の大半が風に流され、後は肩から零れるだけになっていた。


 ドンッ、とさらに銃声が轟く。それはメリーゴーランドに集まった狼たちを撃ち抜き、少し遅れて観覧車の周囲で蠢いている獣の数を減らした。

 視線を、狼の群れからジェットコースターのレールに移す。

 最後に見た時よりも観覧車から離れ、代わりにメリーゴーランドの方に近い位置には、アーサーが立っている。弾丸本来の飛距離をガン無視する魔銃使いは、黒い長ランをはためかせながら手に持つ二挺拳銃をかっこつけるように構え直した。


「フレンドリーファイアすんなよばーか!」


 その姿に安堵の思いを抱きつつ、俺は声を張り上げる。


「ははっ! 信頼の表れってやつだよ!」


 俺の抗議にアーサーは悪びれもせずにそう返すと、【手妻使いイカサマ】によってかさましされた銃弾を狼の群れに叩きこんでいく。どんどん数を減らしていく狼たちを見て、奴に負けじとばかりに俺と朔は剣舞ダンスマカブルに力をこめた。

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